Episode3 銀の輪
傾斜した第9分隊専用強襲揚陸戦闘機の機内で、再び、身体に加重が掛かるのをアオ二等兵は覚えた。
Σ(シグマ)惑星には、地球とほぼ同じ大気層がある事が、数度の調査で分っており、当然、この惑星に降下するという事は、大気圏突入を行う事になる。
同機に取り付けられている窓からは、突入時に出る赤い放射熱がハッキリと見える。
しかし、同機内は、傾斜はしているが至って、静かなもので激しい振動など全く無い。
実際、ゲンジロウ軍曹は、立ったままコンソールルームに向き合うミヨと、何か会話を交わしている程だった。
この強襲揚陸戦闘機には、前方に高出力レーザー主砲二門、光子炸裂弾頭型ミサイル四基、機体中央付近に左右それぞれ、着座式迎撃用軽レーザー砲一門づつが搭載されている。
戦闘機と名が付くだけ、それなりの兵装がされているわけだが、それでもあくまで同機は強襲部隊を敵陣地にその名の如く、強行に兵員を上陸させるのが主目的である。従って、その装甲とカモフラージュは、かなり特殊な技術が使われていた。
特に、ステルス機能は、偵察機に次ぐ高性能であり、あらゆる電波によるレーダー観測や磁気センサーすらも感知し難いように同機全体が特殊素材によりコーディングされている。
また、有視界でも遮光機能があり、完全に周囲に溶け込む機能まである為、飛行中であろうと着陸中であろうと直ぐには分らない仕組みになっていた。
大気圏突入は、ものの数分で終わり、一気に窓が摩擦熱の赤から青い空に変わり、その下には、累々と白い雲海が広がる。
傾斜していた同機は、ゆっくりと水平に戻った。
とその時、耳を劈くような警報音が鳴り響いた。
敵機と目される接近している警告音であった。
「大気圏突入で侵入を察知しきたな。サブロウ! ステルスと遮光は生きてるな」
後方の情報集積コンソールルームから伍長、シロウ上等兵、アオ二等兵の横を大股で歩き、軍曹が前方の操縦席に向かう。
「完璧っすよ〜」
相変わらずの気合が抜けた返事が返ってくる。
「接近してくるのは、十機。全機が攻撃態勢ですね。ただ、進行方向から察するとこっちの存在は、分ってないみたいですよ。軍曹」
茶色の髪を振り回し、コンソールルームからくるりと振り返るとミヨが笑顔で答えた。
余裕満点である。それに反して、新人クローン兵のアオ二等兵は、鳴り響く警報音に目を白黒させていた。
その横に着座しているシロウ上等兵は、われ関せずに自分のレーザー銃の銃身を布で熱心に磨いている。
伍長は、さすがに警報音に目を醒ましたようであるが、ボンヤリと機内の窓の外を眺めている。
「まぁ、そう長く飛んでたら、発見されかねんな。ミヨ。安全に着陸出来る所はあるか?」
「アイアイサ〜!」
と両目をキュと閉じ、ややふざけ気味に額に敬礼をすると、またコンソールにミヨは向かい合った。
直ぐ、軽快に目の前のコンソールを前後左右に動かすと、線描画された周囲の地形が現れる。
「左三十度距離百キロ付近にある山麓に着陸できる広さの平地がありますね。周囲が山と森林に囲まれているので、空からは発見し難いと思います」
その情報を元にミヨが線描画された一点を指差した。
その画像は、操縦席に連動され、コックピットコンソールに表示される。
「サブロウ。そこに、着陸だ」
「了解〜」
軍曹のその指示に気の抜けた返答が帰ってきたが、機体の動きは機敏だった。
キッチリ機体の先端が左三十度に傾き、流れるように左に軽く動く。
再び、機体が傾斜し始める。高度を下げているらしく、アオ二等兵の体に加重が少し掛かり始めた。
機内の窓に広がっていた雲海へ機体が突入する。
窓の視界は、真っ白になり、何も見えなくなった。
「あれ何かしら?」
機体が雲海を抜けた時だった。ボンヤリと機内の窓を眺めていたはずの伍長が、アオ二等兵の後ろで不思議そうな声を上げた。
銃身を磨き上げるに熱心だったシロウ上等兵も気になったのか、伍長が眺める窓に目線を向けた。
それに吊られつようにアオも目線を向けると、窓越しに飛び込んできたのは、空中に浮く巨大な銀の輪であった。
「うひゃ〜デカイな何だあれ?」
その巨大な銀の輪をマジマジと見たシロウ上等兵は、素っ頓狂な声を上げる。
身を乗り出して、操縦席から軍曹もその空中に浮く、巨大な銀の輪を見ていた。
「ここから近いな。大きさからして直径三十キロはあるな……」
「おかしいですね。センサーとかレーダーには、反応を示してません。まるであんな大きなものが無いようになってます」
後方の情報集積コンソールルームでミヨが、首を傾げていていた。明らかに視界には、巨大な建造物があるが、その存在が丸出無いようだった。
「何かしら探知阻害をするものが周囲に放射されているかも知れませんね。もともと、あんなものがあるなんて報告ないです。最近、建造されたんじゃないかと」
「あのデッカイ輪の下に何かあるのかもな」
身を乗り出して軍曹は、そのゴツイ顎に右手を当てる。
「どうしますか? 旋回して近くに寄ってみますか〜」
操縦者であるサブロウが、抑揚のないヤル気のない声で軍曹に聞いた。
「いや、こいつで飛び回ってるのは、ちょっとヤバイな。先に着陸だな」
「了解〜」
その返事に答えるように、機体が更に急速に降下していく。
視界には、巨大な銀の輪とその下に広がる緑色の木々と青い葉を所々に散りばめた木々が広がっていくのが、窓越しにアオ二等兵の視界に今度は入ってくる。
機体は、飛行を停止すると今度は、垂直にその森林の一角に沈んでいく。
空気が吹きつけられるような音が、機内に響き直ぐに着陸した衝撃が彼らにそれぞれ伝わった。
上空で黒い数体の飛行物体が、空気を引き裂く様に山頂を越えていった。
大気圏突入した第9分隊専用強襲戦闘機を探索しているだろう正体不明機だろうが、ミヨが言うように同機が着陸した地点は、山の麓で鬱蒼とした原生林のが上手く、天然のカモフラージュを着地点に作っていた。
上空からでは、死角になって見えないだろう。
ましてや、遮光機能とステルス機能を展開中の同機を空から探し出すのは、容易ではない。
着陸後、後部ハッチが開いた。
「このΣ(シグマ)惑星の大気成分が地球と殆ど同じというのは、実に不思議〜。植物も地球のものと似てるし」
跳びはねるように外に出るミヨに付き従うようにメンバーが、外に下船する。
アオ二等兵にとっては、ガニメデと配属前にちょっとだけ立ち寄った月面基地以来の大地の感触だった。星が持つ自然の重力をしっかりと全身に感じるのも初めて出会った。
Σ(シグマ)惑星は、地球とほぼ同程度の大きさで、かつ窒素が約80%に酸素が約20%という大気成分で、瓜二つのような環境である。空に浮かぶ2つの太陽を除いてはであるが。
この二つの恒星の為か、この星の赤道から緯度50度近くまで、このような熱帯雨林のような森林が群生していると研究報告がされている。
地球人に有害な微生物、ウィルスなどは、現在のところまでは見つかってはいない。
ただ、地球人が快適に住むためには、この高温多湿の環境を改善しないと大量移住は難しいと考えられているわけだが、環境研究科学者や宇宙自然保護団体の反対もあり、テラフォーミングや開発は一切されていない。
そもそも、地球での人口増加問題がある不幸な事件で、その人口が激減してしまい解決したこともあり、間近に人口飽和を解決する手段として開発する必要も無くなった事もある。
「では、一気にあの銀の輪っかの下に皆で突撃と行きますか! ガハハ」
と下船すると唐突にゲンジロウ軍曹が豪快に笑いながら指示を出した。
それに対する伍長とシロウ上等兵、初めて顔を見たサブロウとミヨの顔が、全く一緒の「あ〜。また始まった」と言いたげな冷たく呆れた表情を見せる。
「軍曹?」
伍長が腰に両手を掛ける胸を張って立つ軍曹に声を掛けた。
「何か考えあって言ってますよね?」
「うんにゃ!」
アオ二等兵以外の皆の目が、冷たい視線を軍曹に注ぐ。
「目的は、行方不明の盟主へ交渉に出向いた全権大使の救出ですよね?」
「そうだ。と言うことで、皆で突撃して、ドンガンバンとやって、チャッチャと救出と……」
身振り手振りで軍曹は、全然、説得力のない作戦内容?らしきものをこれでもかという笑顔で伍長の目を見て答える。
呆れる一同。混乱する新人クローン兵アオ二等兵。
「まだ、何も現場の現状がわかってないんですが!」
と顔を引き攣らせて伍長が、軍曹に切り返した。
アオには、どっちが隊長なのか分からなくなる。
伍長がチラリとミヨに目線を送り、何かをアイコンタクトした。それに対して、ミヨがニヤリとすると右ほっぺ辺りで、親指を立てた。すると、スタスタと下船した機体に戻っていった。
「ま……まそうだな。現状は分からない。だが、ほらあの建造物が超怪しいし。あそこだな。うん。そうだ。間違いない。と言うことで、皆でGO! だな」
何だか、シドロモドロになっているような口調で、軍曹はその二回りくらい小さな伍長に対して、そのタレ目を泳がせる。
「隊長! 隊長!」
するとさっき機内に戻っていったミヨが、いつの間にか軍曹の傍にまで来ていた。その軍曹の右袖を引っ張って、声を掛けている。
ミヨの左手には、何か手荷物を持っていた。
横に並ぶと、軍曹の肘くらいの背しかミヨはない。
「なんだミヨ。今、私は伍長と今後の作戦行動を……」
と言いかけた時、口が止まり、タレ目の目がこれでもかと大きく開いた。
「それは!」
目線の先には、ミヨが手荷物から一冊の古めかしい本が取り出されていた。
「この前、月面基地に下船許可が出た時、馴染みのデータ屋さんが、探してくれたんですよ。昔の本を! これ隊長欲しかったんでしょ!」
「おおお〜。なんてこった! 『小学生でも解る将棋入門』ではないか!」
軍曹は、震える手でその本をミヨから取るとページを捲り、食入いるように読み始めた。
「ついでに、こんな物も手に入れちゃいました! 一緒にやりませんか?」
「ん? そ……それは! 将棋盤ではないか!」
感嘆とも言える声を上げ、満面の笑みを上げる軍曹。
「しかし……今は、作戦内容をだな……」
「それは、フネ伍長がやってくれますよ! そこに丁度いい場所あるんで、やりましょう!」
伍長の額に何か血管が浮いたようだが、アオ二等兵は見ないことにした。
既に、いつの間にか簡易のテーブルと二脚の椅子があった。
「いつの間に?」
とアオ二等兵は、準備の良さに驚いた。
ミヨが何か板のような物をテーブルに置いて、軍曹を手招きする。
「そ……そうか? フネ伍長。お願いできるかな?」
「え、え〜私は構いませんよ。軍曹」
既に心ここにあらずの軍曹に口元が引きつった伍長は、奥歯に何かを噛み殺すかのような声で答えた。額の血管が更に浮き上がっている様にも見える。
伍長の返答を聞いて、ゴキゲンな歩調で軍曹はミヨが用意した簡易の椅子に座り、早速、古本を読みだした。
アオ二等兵は、あらぬ方向を見て知らないふりを決め込んだ。隣に立つ、シロウ上等兵も同じであった。伍長の殺気がヒシヒシと伝播してくる。
「と言うことで、これからの作戦行動を決めます。私たちは、ある特別な人物を探索し、救出する任務を帯びてます。そこで、軍曹と私はあの銀の輪っかの下の様子を見に行くとして、シロウ上等兵は、新入りとここの観測所へ様子を見に行って、そこの現状報告を調べ……」
「え〜。オレ、新人っとすか? サブロウ兄貴は?」
シロウ上等兵が不服そうに異議を申し立てた。
「なに? 私の作戦行動にイチャモン付ける気?」
目が完全に釣りあがっている伍長に気圧されるシロウ上等兵。
「いえ。それで、異議はございません!」
素早くヘルメットに喰い込まんばかりの敬礼でシロウ上等兵は答えた。見事なまでの危機回避能力だとアオ二等兵は感心する。
「それに、サブロウ上等兵には、ミヨとここで待機してもらう。この機が発見されたら飛ばせるのがいないからな。シロウ上等兵は、操縦は出来ないだろ。サブロウ上等兵もいいわね」
機体の後部ハッチに腰を掛け足を伸ばして、タバコを吹かしていたサブロウ上等兵が右手で合図した。一応、サブロウと呼ばれる下級クローン兵は、上等兵だと言うことは、これでアオ二等兵にも分かった。
それに、伍長の言ってることも理にかなっている。
やや不服そうな表情を見せたが、シロウ上等兵も納得はしているのだろうそれ以上、異議は挟まなかった。
「これからそれぞれ別れて行動するが、無用な通信は控えるように。相手が正体不明な事もある。敵と思われる相手に出会って攻撃された際のみ、ミヨに連絡。相手の正体を知りたい。いいね」
「了解」
「今から5時間以内に目的地確認後、ここへ戻ってくる事。以上」
伍長がアオ二等兵に目線を合わせた。その澄んだ黒い瞳が、アオをドッキリさせた。暗に、初の作戦行動に焦るなと言っている様に読み取れる。
「さぁ、時間はそんなにないわ。早く探し出さないと、仲間が多く死ぬことになるんだから……」
「仲間が多く死ぬ?」
アオは、不意に口に出してしまった。
「そう、仲間が多く死ぬの。無駄死はさせたくない」
その伍長の言葉には、何か悲壮感と一緒に重い荷物を背負った言葉が乗っていた。
「さ、軍曹! 行きますよ。遊びは、後でゆっくりさせますから!」
と伍長は、軍曹の左耳を抓り、引っ張り上げる。
「イタタ! フネ伍長! ちょっともう少し読ませて!」
伍長の額に青筋が浮かび上がると更に、力が入ったのか軍曹が悲鳴を上げた。
「痛い! 痛い! フネさん! 少し、緩めてお願い!」
そのまま、耳を抓られながら軍曹と伍長は、巨大な銀の輪が見える方向の森林を分け入る様に消えていった。森林には、軍曹の悲鳴が響いていた。
「シロウ上等兵。聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「あの二人は、いつもあんな感じなんですか?」
「だな」
「そうですか」
呆然と二人は、立ち竦んだ。
すると、アオ二等兵の背中を誰かが突いた。
振り返るとちょこんとミヨが、立っていた。
「なんですか?」
「軍曹がこれ新入りに渡しとけって」
満面の笑みを湛えたミヨの両手が突き出された。その上には、一振りの日本刀があった。
「これは?」
「見ての通り、日本刀よ。と言っても、特製のものだけどね。背中にでも背負って持ってけって」
「これをですか?」
「そう」
右手でアオ二等兵は、その日本刀を受け取った。ズシリと重い。それを、黙って背中に背負った。
「ミヨ姉さん?」
シロウ上等兵が横でそれを見て、ミヨに尋ねた。
「オレには?」
「ないよ」
「え〜マジかよ」
「あんたには、その手に持ってるレーザー銃で十分でしょ。違う?」
「そりゃ、そうだな」
その笑顔に鼻頭を掻いて、シロウ上等兵は答えた。
「さぁ〜行った! 行った! 遅れるとフネ伍長の拳が飛んでくるよ」
とミヨが二人の背中を山の方に押した。
「ここの観測所は、この先の山の中腹にあるから登って2時間くらいのところ」
「2時間ね〜。いくぞアオ!」
一つ溜息をつくとシロウ上等兵は、重い足取りで森林を掻き分けて進みだした。それに付き従う様にアオ二等兵は、なぜ軍曹が日本刀を渡してくれたのか腑に落ちないまま初の作戦行動に入った。
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