プロローグ
切先が左から右に横一文字に冷たく宙を裂く。
その下にしゃがみ込んだ男の頭頂部。
その彼の口から舌打ちが零れた。
「剣筋が思ったより、早いじゃねぇ~か」
舌打ちした男から苛立ちを込めた言葉が吐かれた。
すかさず男は、しゃがんだ体勢で右足を前に地面を擦るように前方に突き出した。
男の態勢が、極端に低い前屈みになった。
頭上を冷たく過ぎ去った相手の剣の切先が、反射して閃くのが右視界に入る。
それは、左から右に振り切った剣が、折り返して、今度は、前屈みになった男の首筋に叩き込んで来る剣筋であった。
剣の切っ先が空を切る高い音が、前屈みの男の鼓膜に響く。
首筋に剣先が交差する刹那。
剣先が空を切り、甲高い金属音を響かせ、硬質の白い地面を砕いた。
首筋を狙われたはずの男の姿が剣の見える範囲から忽然と消えていた。
その時、電流を伴う配線がショートする音が地面を砕いた剣の持ち主の脇から鳴った。
振り下ろされた剣を前進して男が交わし、腰に挿している緩やかな反りをもった剣を瞬時に抜きさり、対する相手の胴を切り払ったのだ。
切られた相手は、金属音をけたたましく周囲に鳴らすと前に盛大に倒れた。
左胴部を斬り倒された機体は、正式名称、敵地制圧用戦闘型自立歩行ロボット試作機AF(AndroidFighter)ー1136。
青白い花火を上げ、微かに人間に似た両足を動かすが、関節の動力機構が虚しい機械音を鳴らしながら動く。
胸部と腹部の間にある主導力源からの配線を綺麗に切断されている事が致命的だったようである。
それを斬り伏せた相手は、切り払うと同時に背後に回ったのだろう。虚しく動く機械を鼻で笑うように見下ろしながら、引きぬいた反りのある剣の刃のない方を右肩に載せ、立っている。
短い頭髪に浅黒い肌を見せる三十歳前後の男は、左額に大きな切り傷があった。肩幅は広くいかにも兵士の雰囲気を醸し出す上下の緑の戦闘服装を着用していた。
男は、右足で自分の足元で機械音鳴らしてもがく、ロボット軽く蹴った。
「まぁ、前作より、いけてんじゃね? 切り返しも早いし」
浅黒い男は、右肩に載せた反りのある剣を右手で、軽く宙で一回転させ左腰に挿してある鞘に、金属が擦れる独特の音を鳴らし収めた。
気抜けた空気音が室内に響く。
男の背後の扉が開いたのだ。
そこから現れたのは、白衣に身を包んだ肩で切り揃えた金髪に、やけに冷たい雰囲気を漂わす切れ目と青い瞳を持った女性だった。
「どういう動体視力してるのかしら。動きとしては、前回の3倍になってるはずだけど」
白衣に両手をつっこんだその青い瞳の女性が、嫌味を込めるように言うと、軍服姿の男の横に立った。
地球連邦軍事技術研究所兵器開発主任研究員という長い肩書きを持つ、メアリ・マーコリー。
この無様に男に切り伏せられたロボットの開発主任でもある。
「まぁ、良く出来てるんじゃないの? 実戦投入出来るかは別問題だがな」
再度、眼下に転ぶロボットを右足で蹴り、男は鼻先で笑いながら答える。
男の名前は、地球連邦第三艦隊モックス強襲部隊第15小隊第9分隊隊長ゲンジロウ・サナダ軍曹。
「これでも情報部特殊部隊相手には、互角以上なんだけどね。ハリケーン・ゲンジロウには、赤子同然ってことかしら」
「ハリケーンね……」
そのゴツゴツした鼻頭を人差し指で掻き、口元を歪ませるゲンジロウ軍曹は、その自分に付けられた異名に何か言いたげだった。その美形とは言い難い角ばった顔つきとややタレ目が妙にマッチしていながらも、顔の端々に見える傷が兵士としての歴戦をくぐり抜けて来たことを醸し出している。
「ともかく、コイツはうちにはいらねぇな。足手まといになるだけだ」
「そうね。強襲部隊への導入は、一旦見送るとしましょうか」
自分の顎をさすりながら否定的な言葉を発したゲンジロウに、メアリは両手を広げながら同意した。今回の試作機をケンジロウ軍曹と対戦させたのは、導入可能かどうか見極めるためのものだったが、今一歩、実戦投入というところまでは行きそうもない。
今までどおり、戦局がほぼ決した状況下での面制圧での物量投下として使用するのが、まだ無難のようだ。
敵地のど真ん中へ強襲を掛けるには、正確な状況判断と共に戦力的解決能力の問題点がまだ現段階では解決できていない。その事は、メアリにも始めから解っていたが、上層部を説得させるためには、戦力として不足していることの証明がどうしても必要であった。
それが、今回の実戦経験豊富な兵士との対戦の本来の目的だった。
「お偉方もえらく、コイツの導入を急いでるようだな」
顎でゲンジロウ軍曹が床に転がる完全に動かなくなった試作機を指した。その目には、どこか侮蔑が込められている。一種の機械に対する嫌悪感をメアリはその姿で感じた。
「そうね。ガニメデにあるクローン兵士製造所が、もう生産過剰状態で北銀河連合の要求に答えられないのよ。費用的にもこれ以上の増産は見込めないし」
と答えると、白衣のポケットから手のひら大の端末を取り出し、メアリはしゃがみ込みながら動かなくなった試作機の頭部に近づける。稼動時のデータを覗いているのだろう。
「生産効率と費用的にこの自立型を導入すれば、10分の1以下になるってのはわかるがな。初期の導入時に糞の役にも立たないってことで、クローン兵士にした訳だよな。それ忘れて過去の失敗をまたしようって事かな?」
どこか小馬鹿にしたような口調でケンジロウ軍曹は、メアリの端末を覗き込む。それに横目でチラリとメアリは、冷たい目線を送るとまた無言で端末のモニターに目線を戻した。
「ともかく、今回の導入の話は、この結果を出して一旦、中止に持っていくわ」
「そう願いたいね。足手まといを入れられると、ウチのもんが巻き添えを食うハメになる」
タレ目の左目をウィンクするとしゃがむメアリの右肩を軽く叩いた。
「それにベリオン星系での防衛戦が激しくなってる。うちらもそろそろ参戦要請が来そうな気配だ。そこで、うちらが全滅なんて事は真っ平ごめんだ。お偉いさんは、連合に参戦不参加を掛け合っているということらしいが、下っ端の俺らには、情報が流れてこない」
横に立つゲンジロウ軍曹は、メアリが横目で見ても堂々とした偉丈夫とした体格をしている。が、この軍曹が筋肉バカだけではないこともメアリは、長い付き合いで知っている。最後の言葉は、メアリ自身に情報の提供を求めている。
「私は、ここの一研究員ですからね。主任という肩書きは付いてるけど。ただ……」
最後にメアリは、嘆息を交えて言葉を一旦止めると、立ち上がり端末を白衣のポケットにしまった。
「そのベリオン星系への参戦要請の件で、連合の盟主に交渉に向かった地球連邦の全権大使が行方不明になってるわ。上は、それで大騒ぎのようだけどね」
ゲンジロウ軍曹を真正面に見据え、メアリが答えた。
「ほう。行方不明……」
「そう、連合盟主のお抱えの戦闘種族・ガズルードの護衛がいたにも関わらずね」
タレ目のゲンジロウ軍曹の目がその話を聞くと目を細めた。北銀河連合盟主のお抱えの戦闘種族・ガズルードが護衛について行方不明という発言に、軍人特有の殺気を漂わす。
そもそも、地球が異星人と正式コンタクトを取ったのが、150年ほど前。その際、たまたま、相手が北銀河一帯を支配下に置く盟主と呼ばれる種族の従属系列だったことから、地球もその北銀河連合になし崩し的に加わった。
その後、紆余曲折有り、今の宇宙規模の戦乱に地球も巻き込まれるわけだが、その中でも盟主お抱えのガズルードは、北銀河連合中でも一、二を争う戦闘力を持つ、最強の戦闘種族でめったな事では、盟主の護衛を主任務としていることから傍から早々に離れない。
それが、たかだか150年そこらの新参者の地球側の要望に沿って、話し合いの場まで護衛する役目に担っている事が異例中の異例の事だった。で、その護衛がいたにも関わらず、地球側の全権大使が行方不明になるというのは、これまた前代未聞の事だった。
「どこで行方不明に?」
ゲンジロウ軍曹は、そのタレ目の上の太い眉毛が少し吊り上げメアリに対して、率直に聞いた。
「ケンタウル連星系付近。直ぐそこよ」
天井を指差し、メアリは答えた。彼女には、ゲンジロウ軍曹がこの話を聞く為にここに態々、出向いてきたのが分かっていた。
別にハリケーンの異名を持つ彼が来なくても。試作機との対戦は、彼の部下でも良かったのだ。
「でも、私も知っているのは、そこまでよ」
「分かってる」
そっけない返答をゲンジロウ軍曹がすると、足早にメアリの横を通り過ぎ、彼女が入ってきた扉に向かった。その背後に向かってメアリは、声を掛けた。
「分かってるでしょうが、勝手に動くと”また”軍法会議ものよ」
「何を今更」
嘲笑のような声で背を向けたまま、試作機を切り伏せた剣そう日本刀を腰に帯刀したゲンジロウ軍曹はメアリに答えた。彼女もそんな事を気にするゲンジロウ軍曹たちではないことは、重々知っていた。社交辞令みたいなものだ。
気の抜けた音が再度して部屋の扉が開くと、ゲンジロウ軍曹はそのまま通路へ消えていった。
それを見送りメアリは、一つ溜息を吐いた。
「また、一波乱ありそうね」
これも彼こと、ハリケーン・ゲンジロウ軍曹が試作機の対戦相手に来た時点で、既定路線だったのだろう。
何を思って、作者が血迷ったのか、SFでも書いて見ようかと安直に考えて書いたのは良いが、今後の更新がどうなるか分かったものではない。
ぶっちゃけ、構成なんて殆ど考えつかぬままプロローグ書いちゃった感じ。
それでも読んでくれたら、作者は飛び跳ねて狂喜乱舞するので、よろしくおねがいします。