鋭い姉と鈍い妹
天気が荒れてきた。
水っぽい雪がぴちゃびちゃと降っている車窓の外を見て、私は悠希さんに車で送ってもらってよかったと思った。
雲行きが怪しいから、と車を出してくれた彼の優しさに私は心から感謝した。
「今日はありがとう。ババロア、本当においしかったよ。」
私の家について、彼は言った。
清香と悠希さんは実に味わって食べてくれて、作ってきてよかったなと思った。
特に清香の食べっぷりは、ひと切れ食べた私が見ているだけでお腹いっぱいになるほど、素晴らしかった。
「喜んでもらってよかったです。」
お姉ちゃんのために作ることが多いお菓子だが、
彼女は基本的に文句、しかも、「砂糖が多いわよ。私を太らせる気?」と、自分中心的なことしか言わない。
だから、2人のような反応は本当に嬉しかった。
「送ってくれてありがとうございました。」
「どういたしまして。」
悠希さんは爽やかに笑う。
助手席に座っていた私は、今更彼との距離が近いんだということに気づいた。
意識した途端、私は何故か彼を直視出来なくなった。
勝手に気まずさを感じた私は、急いで車から出ようとしたが、悠希さんに引き止められた。
「ごめん。帰る前にメアド教えてくれないかな?
クリスマスのこと、後で詳しく連絡したいからさ。」
あぁ、と思い、私は携帯をポケットから取り出す。
音楽を聴くことが好きな私だが、バンドの演奏を生で聴いたことは1回もない。
気に入ったバンドのCDを買って聴いたりするだけだったので、実は誘われて嬉しかった。
プラス、美味しいものを奢ってもらえるなんて…私の方が得しすぎだ。
悠希さんに悪いから…また今度、お菓子を作って、持って行こうかな。
私達はお互いのメアドを交換し終わって、携帯をしまった。
「クリスマス、楽しみにしてますね。じゃあ、また今度。」
私は車から降りて、急いで雨が当たらないところへ走った。
車の中にいた彼はしばらく目を見開いていたが、すぐに嬉しそうに笑った。
私は手を振って、彼と別れた。
◇◆◇◆
「ただいまー!」
私はリビングのドアを開けてから、言った。
お母さんはキッチンで夕食を作っているらしく、リビングにはお姉ちゃんしかいない。
私はクリスマスのことを、一応お姉ちゃんに言っておかないとだなと思って、声をかけた。
「お姉ちゃん、私もクリスマスは予定入ったから、その日は何も頼まないでね。」
ソファーにもたれかかりながら雑誌を眺めている彼女は、チラッと私の方を見た。
「誰かと出かけて来るの?」
「うん。清香のお兄さんとバンドの演奏を聴きに行くの。」
私は楽しみだなぁという思いから、ついテンション高く答えてしまった。
「へぇ〜。」
お姉ちゃんは少しニヤリとして、言った。
なんだなんだ。
その面白いものを見つけた子供ような笑みは。
嫌な予感しかしないのは、私の気のせいではないと思う。
「美月はその人のことをどう思ってるわけ?」
はい…?
投げかけられた言葉の意味が瞬時に理解できなくて、私は固まった。
私がすぐに答えられず、黙っていると、
「あんたって…本当に鈍いわよね。」
つまんないわ…と呟いて、お姉ちゃんは視線を雑誌に戻した。
小馬鹿にしたような態度のお姉ちゃんに、いつもならムカつくはずだが、今はそんな気持ちにはならなかった。
ただ、考えた。
『悠希さんをどう思ってるか。』
なんで、そんなこと聞いたんだろう…?
どういう意味を含んでお姉ちゃんは聞いたんだろう?
私はモヤモヤした気持ちのまま、携帯に登録されたばかりの悠希さんのアドレスを眺めていた。