悠希視点 君の一番の理解者に
悠希視点です。
付き合い初めて半年以上たった後、ある目的で清香と2人で買い物に行く話です。
書いていて、悠希が予想以上にヘタレになってしまいました。イメージを大切にされたい方は読まないことをオススメします。><
夏も終わったいうのに店内と外の温度差が大きく、思わず声を上げてしまう。
冷房がガンガンに効いた店内から出るのを出来るだけ引き伸ばしたくなる、この暑さ。
太陽は憎らしいくらいに元気で、俺の額から汗が浮かぶのを笑っているようにさえ感じられる。
だが、今はそんなことにイラつく余裕などなかった。
胸の中をぐるぐると何かが暴れているようで気持ち悪く、頭もくらくらする。
完全に酔った。…臭いに。
「兄貴、大丈夫?」
「…無理。なんか飲み物持ってないか?」
「まったく、しょうがないわね。…買ってきてあげるから、そこのベンチに座ってて。」
お母さんみたいな口調で言う妹に軽く笑いながら、言われたとおりにベンチに腰かける。
妹に気を遣わせてしまうとは情けないな、と思う反面、仕方ないかなとも思う。
女性客が多い雑貨屋は化粧品やアロマキャンドルを販売しているため、臭いがキツい。
それ単品であれば、いい匂いでも複数のにおいが混ざると…なんとも言えない強烈な臭いが嗅覚を刺激する。
夏が終わったとはいえまだ暑く、店内は冷房をかけていることもあって、臭いは店内を充満させていた。
もともと酔いやすい俺は店内の商品をじっくり見ることもできないまま、即ダウン。
この調子じゃ…先が思いやられるな。
新鮮な空気を吸おうと深呼吸してから、大きくため息をついた。
いくら気持ち悪くても、まだ目的を達成していないのに帰るわけにはいかないのだ。
「そんなでっかいため息つかないでよ。人目を少しは気にしてよね。…ほら、お水。」
いつの間にか戻ってきた妹が呆れながら、ペットボトルを差し出す。
「あぁ、ありがと。」
ごくりと何口か飲めば、少しだけ気分も楽になったように思う。
けれど、清香に制止されて、もうしばらく休んでいることになった。
「で、目星はついたの?」
俺の隣に座ってから、清香が聞いてきた。
「いや、まだ。」
肩を落として答えてから、晴れ渡っている空をぼんやりと眺めた。
8月も終わり、9月に突入した。
9月といえば、俺にとっての一大イベントがあるのだ。
9月14日。
美月の誕生日だ。
その買い物を清香としに来たのだ。
今まで、彼女の誕生日の存在は知っていても、接点があまりに乏しく、誕生日プレゼントをあげる勇気がなかった。
『委員会が一緒で妹の友達だからって、メアドも知らない先輩から突然誕生日プレゼントをもらったら…普通引くわね。』
以前、清香に言われた言葉がフラッシュバックする。
さすが、容赦がない。彼女の言い分が納得いくから余計に心をえぐるのだ。
まぁ、そういう訳で去年は清香がプレゼントを買いに行くときに無理やり付き合ったりしていた。
我ながらなんて情けないんだろうと思う。
当たって砕けろくらいの意気込みで臨んだほうがよっぽど男らしいかもしれない。
いや、砕けてしまっては元も子もないけど…それくらい勢いがあればな、と男だから思うわけだ。
けれど、今年は去年のような消極的にならなくていいのだ。
今年は彼氏として、プレゼントを渡すことができる。
それは大きな、そして嬉しすぎる変化だ。
…だが、一つ問題があった。
「美月は物欲があんまりないからね〜。…まぁ、兄貴があげれば何でも喜ぶんじゃないの?」
そう。彼女は欲があまりない。
流行に左右されないし、熱中していることもこれといってない。
趣味のお菓子作りに関連して調理器具…なんて実用的なものを贈るのもどうかと思うし。
まぁ、そんな感じで、何をあげたら喜ぶか…悩みどころなのだ。
「そう簡単に言うなよ。それが結構難しいんだって。」
眉間に皺をよせて、ちらりと清香を見る。
清香は少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。
こうしていると、清香の方が俺よりも年上のように思えてくるから不思議だ。
「まぁ、私はもう決まったから、ゆっくり選ぶといいよ。今日は1日、付き合ってあげるから。」
善意で言ったのであろう妹の言葉に少しだけ、むっとする。
彼女へのプレゼントを即座に選べてしまうというのは…それだけ彼女のことを理解しているからだ。
こういうとき、無性に清香が羨ましくなる。
いつも彼女の近くにいれて、彼女の好みを俺よりも理解している。
俺が彼女の一番の理解者でありたいのに…その座はよりにもよって妹が確立している。
…妹に嫉妬してる兄って、余裕がなさすぎるな。
いや、余裕がないなんて今更だ。
彼女の前ではいつも余裕がないのだ。
俺は卑屈になり始めているのに気づいて、もう一度水を含む。
気分をあげるために勢いよく立って、清香の方を向いた。
「じゃあ、そろそろ行こう。もう、大丈夫だからさ。」
「了解。…美月も匂いの強いもの好きじゃないから、その辺は避けて見よっか。」
一瞬、面を食らった顔で清香を見つめた。
清香は諭すように言葉を続ける。
「あのね、美月との付き合いが長いんだから、私の方が美月を理解しているのは仕方がないことでしょ。
兄貴は焦るところ間違ってるわよ。私に嫉妬してる暇があったら…男を磨きなさい。」
………。
しばらく、思考が停止した。
清香の言葉があまりにも図星をついていて、そして…。
「…っ。あはははっ!!…男を磨けか。ぷっ。」
何故か無性に笑えた。
卑屈になったり、嫉妬をしている場合じゃないんだ。そんな余裕を感じるのすら、まだ早いってことか?
さすが、妹は手厳しいな。
こういうアドバイスをくれるから、やっぱり清香と一緒に来てよかったと思う。
まだ彼女の好みや苦手を理解できていないのを突きつけられるが、これからこうやって少しずつ知っていけばいい。
そう応援されている気すらした。…自惚れだと言われたら、おしまいだけど。
しばらくツボに入って笑っていた俺はやっと笑いが収まり、清香の方を向いた。
「ありがとな。おかげで大分スッキリした。」
「そう?こっちは真面目に言ってあげたのに大笑いされて、気分を害したけど。」
ひきつった笑顔を見せる妹に俺は平謝りしながら、再び店内へ入った。
そして、悩むこと3時間、彼女へのプレゼントを買った。
彼女の名前に入っている「月」に関連付けて、三日月の形をモチーフにしたネックレスだ。
きっと喜んでくれるわよ、と清香のお墨付き。
そのプレゼントを彼女が笑顔で受け取って、身に着けてくれるなら、俺にとっても最高に幸せだ。
…早く会いたいな。
綺麗にラッピングされた小さな箱を大事につかみながら、彼女を思った。