咲良視点 素直になれたら
やっと書き上げることが出来ました。
咲良が同棲を親に認めてもらった日のお話です。
本文に出てくる一樹は咲良の彼氏です。
少しでもお楽しみいただければ幸いです!!
「一樹さん、咲良のことよろしくお願いします。」
彼に向って、2人が頭を下げる。
私の目の前には、お父さんとお母さんが並んで椅子に腰かけていて、私の隣には一樹がいた。
いつもは穏やかな父と母が放つ緊張した雰囲気に私はなんだかおかしくなる。
それと同時に気恥ずかしさではんだか落ち着かない。
私はわざと、
「別にまだ結婚するわけじゃないんだから。」
と呆れた声で2人に言った。
◇◆◇◆
「…まぁ、咲良なら言うだろうなと思ってたけど、本当に言うなんてな。」
一樹の家でくつろいでいる私に、数十分前のことを思い出した彼がおかしそうに言った。
私は見透かされていたことに恥ずかしくなって、読んでいた雑誌で顔を隠す。
それを見た彼はこれまた予想通りと言うように、とうとう笑い声をあげた。
彼と同棲することに率直に了承してくれるなんて甘い考え、最初から持っていなかった。
それでも、2人に話し合いで負ける気はなかったし、負けるはずがないとも思っていた。
けれど、なんだかんだで2人は私の親だ。
美月が気付かなかったのは当然だが、父と母の洞察力は意外に侮れない。
私が家を出てて行きたいと思っていることに気づいていたらしい。
そして1人で暮らすわけではないということも。
…能ある鷹は爪を隠す、ってことかしら。
あまりに似合わない言葉すぎて、私は鼻で笑った。
「咲良はお義父さんとお義母さん、どっちにも似てないよな。」
「よく言われるわよ。2人は穏やかで、のほほんとしてて、いつか詐欺にあいそうで怖いくらいだわ。」
「咲良、それ笑えないから。」
一樹が眉根を寄せながら、私に言う。
緊張が解けた彼の表情はいつも通りで、なんだか憎らしかった。
同棲する、といきなり決めたわけではなかった。
私はまだ大学生だし、結婚するのは早い。
だから、婚約という形で、同棲しようという話になったのだ。
一応、これでも将来を真面目に考えていた。
昔から努力しなくてもそこそこいい結果を出せた私は妹と違って、頑張るだとか、努力するとかいう考えとは無縁だった。
必要最低限のことしかしない。
勉強や運動なんて、実際に社会で活用しそうなことを重点的に行っていた。
時間は1日24時間と決まっている。
その時間をどれだけ有効に使うか、またどういう風に使えば有効的なのかは人によって異なる。
考え方や性格、もとから備わっている才能や技量。
それらすべてで考え方は数えきれないほど存在する。
それがたまたま、私と美月は似ても似つかなかったのだろう。
テスト期間には必死になって徹夜で勉強して、
運動会のリレーでは転んで膝を擦りむいても全力で走って、委員会やクラスで任せられた仕事を嫌な顔せず引き受ける。
そんな妹の姿が時々眩しく思えて、小憎たらしいと感じたりする。
私にはすべてが面倒くさく思えてならなかったし、それをこなす妹を馬鹿だと罵るのがお決まりだった。
けれど、彼はそれを嫉妬だという。
純粋に羨ましいんだろう?、と諭してくれた彼に初めはイラついたが、今は納得している。
私は憧れや尊敬の対象として見られることが多く、人間関係にどこか壁を感じていた。
何でもできる私を気に食わない女子は昔からいたし、陰口を言われているのだって気づいていた。
まぁ、物的証拠が残らないように陰で細工をしつつ、ちょっとした仕返しをしたりした時期もあったけど。
それが小学生のころだから、私は相当子供らしくない子供だったのだと思う。
さすがに今はしていない。
相手にするだけ無駄だと割り切れるようになったのだ。
そんな歪んだ経験をしてきたわけで、普通なのに友達や環境に恵まれて、のほほんと生きている美月を身近で見るのはつらかったのだと思う。
そう、これは憧れを通り越して、嫉妬という感情だった。
彼に指摘されてから、少しずつ美月に対する嫌悪感はなくなり、今となっては私の退屈しのぎのおもちゃとしての地位を確立している。
美月自身に言ったら、顔を真っ赤にさせて反論しそうだが、その反応さえも私を楽しませるのだから、仕方がない。
始めは私が一樹のことを好きだったのに、今では私のことを一番理解してくれている。
私は人と共感すること、人に理解してもらえることがほとんどなかった。
けれど、彼は共感してくれる。
私を理解しようとしてくれる。
それがどれだけ嬉しくて、衝撃的で、幸せなことか。
私は彼と出会うまで、知らなかった。
「そうそう。噂の美月ちゃんと咲良は似てるよね。」
彼は優しい笑顔を私に向けて、意味不明なことを言った。
思わず、
「は?…どこが?」
と嫌な顔をしながら、彼に問いかけた。
一樹は笑う。
その笑顔は愛おしいものを見るように優しくて、心臓に悪い。
答えをせかすように小さく睨むと、彼は仕方がないといったような、呆れと楽しさを含んだ表情で私に言った。
「そういう、素直になれないところだよ。」
…聞かなければよかった。
私は赤くなった顔を気づかれないように、再び雑誌で顔を隠した。