もう一つの告白
私はお姉ちゃんがアドバイスをくれるのではないか、と密かに期待していた。
上目遣いでお姉ちゃんの顔を覗きこんで、様子を窺う。
形のよい紅桜色の唇が動くのを察して、私は耳を傾けようとスタンバイした。
「私、同棲することにしたの。」
…はい?
私の呟きは無視されたのか、どうでもいいのか、突然告げられた姉の告白に目を点にする。
本日、思考が何回フリーズしたことだろう。
もはや、驚くリアクションをすることに疲れてきた。
いや、もちろん驚いている。
話が飛躍しすぎて…いや、突然話が変わったからだろう。
何を言われたか分からず、頭の中を先ほどの言葉が巡りに巡って、やっと疑問が浮かんできた。
「け、結婚するつもりなの…?」
恐る恐る聞くと、お姉ちゃんは面を食らったような顔をして、次の瞬間には嘲り笑った。
「すぐにって訳にはいかないわよ。
私だって21だし、彼も27だもの。」
相手の人、…27なの。
彼氏がいるだろうことはもちろん予想していた。
バレンタインデーの一件もあるが、何より土日におしゃれして出かける回数が多いことが決定打だった。
けれど、まさか結婚を視野に入れた付き合いをしていたなんて、予想外だった。
悠希さんからの告白をどう対処していいか分からない私とは、根本的に違う。
途端に、私が凄く小さなことで悩んでいるような感じがした。
悠希さんのことが好きか嫌いかの選択肢で聞かれれば、好きに決まっている。
だが、いくら好きでも付き合うとなると、いろんな問題が出てくる。
分からない問題があれば、問題集を見て勉強すればいい。
今まで、苦手な勉強はこうして克服してきた。
だが、今はそういうことができない。
私はこういう考え方しかできないから、ダメなんだと思う。
けれど、積み重ねてきたスタンスは簡単には崩せないもので、なかなか変えられない。
隣に座る彼女を一瞥し、私はふと思った。
「お姉ちゃんはどんな感じで付き合い始めたの?」
頭に浮かんだ疑問を無意識に零していたらしい。
お姉ちゃんは少し間をおいて、ため息をついた。
「…随分、ズバっと聞くわね。まぁ、美月は恋愛初心者だし、しょうがないか。」
ゴクリとチューハイを一口飲んでから、お姉ちゃんはソファーに億かかった。
ほんのりと紅くなった頬がなんだか色っぽくて絵になる。
そんな彼女の口が発した言葉に、私は自分の耳を疑った。
「私が迫ったのよ。」
口角をあげて華やかな微笑を浮かべる彼女は石化した私を鼻で笑い、私が今まで抱きしめていたクッションを奪う。
「好きになったら攻めるタイプなのよ。
あんたは私とは対照的に攻められるタイプのようだけど。」
お姉ちゃんはイタズラが成功した子供のように意地悪で憎らしい満面の笑みを浮かべた。
まったく参考にならない。
私にはお姉ちゃんのような積極性と自信がないのだ。
大体、私達が対照的なのなら、解決策が同じ訳ありえない。
180度違った彼女の経験談は、正直役に立たなそうだ。
「せっかく教えてあげたんだから、チューハイ持ってきなさいよ!」
彼女からの命令が下され、私はやっぱり聞かなきゃよかった、と後悔してソファーから離れた。
真剣に悩んでいる時でさえ、私はお姉ちゃんの玩具かつ僕として扱われるという状況は変わり得ない。
やっぱり、こういうことは自分で答えを見つけなくてはいけない。
悩んでも結局分からないのだから、いっそのこと…。
私は冷蔵庫から出したチューハイをお姉ちゃんに渡して、足早に自室へ向かった。
携帯の画面に悠希さんの電話番号を写し、私は迷いなく発信ボタンを押した。