お姉様はお見通し
何を言われたのか、理解するのに時間がかかった。
私は悠希さんの言葉にただ驚くしかなくて、いつの間にか思考が止まっていたらしい。
気がついたら、ブーツを履いたまま玄関に立ち尽くしていた。
目の前にも家の外にも彼の姿はもうない。
悠希さんとどのように別れたか、まったく覚えていない。
ちゃんと見送っただろうか。
返事をしなかった私に、彼はどんな顔をしていたのか。
気になることはたくさんあるけど、確認するすべもなかった。
メールで本人に確認するというのも変だし、何よりメールをどうやってすればいいのか分からない。
もはや、私は彼の言葉が本当に現実のことだったのか、信じられなくなって自分の記憶を疑った
……悠希さんが私を好き。
先ほどの彼の熱い視線と率直な告白を思い出して、私は悶える。
やっぱり、あれは妄想でも想像でも空想でも夢でもなく、本当に起きたことだったと確信した。
私は気を紛らわせるように、ただいまと大きな声をあげ、寒い玄関からリビングへ移動した。
「おかえり。」
お姉ちゃんはチューハイを片手に、テレビを見ていたようだ。
お父さんもお母さんもリビングにはいなくて、私は小さく深呼吸をしながらリビングに入った。
ちらっと、切れ長の瞳がこちらを向く。
探るような視線になんだか、怖さを感じた。
私は内心冷や汗をかきながら、何、とお姉ちゃんをちょっと睨む。
少し酔いが回っているらしく、艶めかしく笑いながら私の顔を指差して言った。
「顔がゆでダコみたいに赤いわよ。
もしかして、今日一緒だった彼に好きだとか言われちゃったの?」
「どっ!?」
私はさらに顔が熱くなった。
口はパクパクとするだけで、言葉が出ない。
どうして知っているの、という私の心の声を読み取ったらしく、呆れたような顔でお姉ちゃんは話し出す。
「あんた、鈍いのよ。
異性がクリスマスにデートに誘う、しかも家まで送ってくれる。
どう考えても、美月が好きなんでしょ。」
…そうなの?
私はここ最近の彼とのやりとりを思い出す。
家まで送ってくれるのは、親切心からだと思っていた。
今日だって、どうして誘ったのかなんて、頭をよぎっても、まさかそんな理由だとは思わなかった。
何気なく受け止めていた彼の行動に含まれる意味を知って、私はため息をつきそうになった。
これから、どうすればいいのか、どうしていいのか分からない。
だいたい、こんな事態は初めてなのだ。
恋なんて、私にはまだまだ無縁のものだと思っていた。
男子と話す機会は高校に上がって極端に減ったし、それでも別に気にしていなかった。
言い訳だと言われたらおしまいだが、気づかなかった理由の1つだと思う。
悠希さんを思い出すと、緊張感に似たような、でもどこか違う曖昧な感情で頭がいっぱいになっていく。
意識している証拠だ。
「こうなると思ったから、その人をどう思ってるか聞いたのに。」
まったく、というような雰囲気で、薄笑いを浮かべながらお姉ちゃんは言った。
それをきっかけに、お姉ちゃんと清香が言っていた言葉を思い出す。
あれはそういう意味だったのか、と今、理解した。
私はソファーで飲んでいるお姉ちゃんの横に座った。
「もっとストレートに言ってくれなきゃわかんないよ。」
私は自分だけが知らなかったという状況が恥ずかしくて、やつあたりのようにつぶやいた。
いつもなら、自分で気づくもんでしょとか嫌味を言いそうなのに、お姉ちゃんは何も言わない。
「私は悠希さんが好きなのかな…。」
一番の疑問が私の頭の中に渦巻く。
彼の姿を思い出しながら、私はクッションに抱きついた。
お姉ちゃんはチューハイを1缶飲みほして、私の方を見つめた。