IF:クリスマス
クリスマスパロ。サンタとトナカイ。
窓の外では雪が降っている。
俺は暖房の効いた暖かい車の窓越しに、煌びやかに輝くイルミネーションを見つめる。
「ボーッとすんな」
袋を持ったえだちゃん、もといさたn…サンタに視線を戻す。
「今日は俺の将来がかかってんだ。ちゃんと取り組め」
厳しい口調の割に、やる気のない顔なえだちゃんに頷く。
下界では恋人たちの甘いイベントのクリスマスイヴは、俺達サンタやトナカイにとっては気の抜けない一大行事である。
特に見習いサンタにとっては、この日の出来次第で一人前のサンタになれるから、人一倍気負って、下界のように浮足立つ余裕の欠片もない。
えだちゃんはそんな風には全く見えないが、内心はきっと緊張しているのだろう。
大丈夫だ、えだちゃんには俺がいる。
「トモ、大丈夫。お前にはオレがついてる」
運転手席に座る南條、もといトナカイが頼もしくそう言った。
助手席に座るえだちゃんはその南條に信頼感に溢れた、甘えたような微笑みを返す。
俺は慌てて口をはさむ。
「俺もっ、俺もいる!」
「佐藤がいるから安心できねぇんだよ」
えだちゃんの言葉がナイフのように心に刺さる。
くっそー、南條め!
そもそもなんでトナカイ界のカリスマがえだちゃんと一緒にいるんだ!
カリスマはカリスマ同士、サンタの工藤と仲良くやってろ!
えだちゃんには俺がいるんだからな!
嫉妬まみれの視線に気付いてるのかいないのか、南條は俺を完全に無視して、えだちゃんと和気あいあいと話し続ける。
完全に俺は外野扱いだ。
まあ、確かに外野といえば外野だけど。
トナカイにはパートナー制度というものがある。
生まれた時から一人のサンタに一人のトナカイがあてがわれ、よほどのことがない限り、それは変更することはない。
えだちゃんのパートナーは南條だ。
なんの因果か、俺ではない。
その俺が何故今回えだちゃんと共にプレゼント配りをしているかというと、お偉い方から命令されたからだ。
一生に一度しかないチャンス!と俺はもちろん快く承諾した。
ちなみにえだちゃんはというと、最後までしぶっていたと聞いている。
それを聞いて思わず泣いてしまった。
とにかく、そんなわけでえだちゃんには今回トナカイが二人もついているわけだ。
その一人である南條が運転をしていれば、必然的に余った俺は何もすることがないわけで、自分が何のためにいるのか、自分は何なのか、アイデンティティの崩壊にまで追い込まれている。
えだちゃんの役に立ちたいのに立てない不甲斐無い俺。
これじゃあ、南條にえだちゃんを取られても文句が言えない。
後部座席で一人落ち込んでいると、車が止まった。
目をこすり、窓の外を伺う。
高級マンションの前に車は止められていた。
次は金持ちの坊ちゃんか、と他人事みたいに思っているとえだちゃんに何かを投げられる。
「え?何?」
「次の配達はお前一人な」
ぽかーんと口を開けて、えだちゃんを伺う。
間抜けな顔だと笑われる。
「これは?」
「俺の代わりに行くから、サンタ用の衣装とプレゼントの手紙」
「手紙?」
「今回のプレゼントはそれ」
薄っぺらいシンプルな封筒に入れられた手紙を受け取る。
俺は何だか釈然としないものを感じたが、それでもえだちゃんの役に立てるなら、と早速着替えることにした。
車の中で着替えているから、これ他人に見られたら露出狂と勘違いされないかな?と少し不安に思いながら、素早く衣装を着る。
「あの、えだちゃん、これ」
「ぷっ。くふっ…に、にあって…ぶははは!」
俺はミニスカートを履きながら途方に暮れた。
あきらかに罰ゲームのセクハラのノリだ。
短すぎるというもんじゃない。少しかがめば下着が見える。
あれ、なんだか景色がかすんできた…。
「じゃ、佐藤、頑張って」
「ええええ!これでどう頑張れと!」
「ただ手紙渡してくるだけじゃん」
「嫌だ、こんな格好」
「文句言うな。上からの命令だ」
何命令してんだ、正気か。
セクハラで訴えられるんじゃないか?
「一時の恥だ。どうせ相手は寝てる」
「でも、マンションの住人に見られたりとか…」
「笑ってごまかせ」
「そ、そんなー!」
ゴチャゴチャ言うなとえだちゃんが南條に視線で何かの合図を送ったかと思うと、運転席から降りた南條が俺を無理矢理車の外に出した。
笑うえだちゃんと無表情の南條。
それを交互に見てから、諦めるしかないと悟るまでしばらく時間がかかった。
*****
不幸中の幸いで、マンションに入ってから誰かに会うことはなかった。
さて、どうやってプレゼントを渡したらいいのか。
考えてるまでもなかった。
トナカイの俺はサンタがどうプレゼントを人間に気付かせずに置いているのかわからないので、これしか方法はなかった。
ピンポーン。
ドアについたチャイムを鳴らす。
そして、頼むからさっさと開けてくれ、と気付けば必死な顔つきでドアを叩いていた。
「うるせえ!殺す!!」
ドアが乱暴に内側に開かれる。
その反動でドアを叩いていた俺は体勢を崩し、前方へ倒れこんだ。
鼻を男の胸板にぶつける。
俺は男のがっしりした体に受け止められていた。
慌てて体を離し、男から距離をとる。
赤い髪に青い瞳。
外国人の方ですか?と現実逃避しそうになる頭の中で警報だけが忙しなくなり続ける。
「……………サンタ」
「ひええええええ!!」
完璧不良だ!と震える俺の肩が男の両手につかまれる。
もがこうとしても、男の力が強すぎて、どうにもならない。
男は俺の奇妙な格好を頭のてっぺんから足のつまさきまでじっくりと観察したかと思うと、最終的にミニスカートから覗く素足に視線が止まった。
そして、気付けば男の右手が俺の太ももを触っていた。
これが他の男ならセクハラで訴えているところだが、男は威圧感たっぷりのいやらしさのかけらのない目で見ているため反応に困る。
一体男は何をしたいのだろう。
頭を悩ませる俺、真剣な目付きで俺の脚を見つめ、触る男。
そんなシュールな状態でしばらく沈黙が続く。
「………プレゼント」
ぽつりとつぶやかれた言葉に頭よりも体が反応した。
俺はポケットに入れていた手紙を取り出し、男に差し出す。
男は足からゆっくりと視線を戻し、渡された手紙をその場で開けた。
もう帰りたい、と男を伺う。
手紙を見ていた男の目が徐々に大きく開かれていった。
そのままだと目玉が落っこちるんじゃないかとハラハラしていると、男の目と目が合う。
口から情けない声がこぼれる。
「…………うれしい」
びびらせといてその台詞か!
こっちはお前に血走った眼で見られて、三途の川が一瞬見えたっていうのに!
「よよよよかったれすぅぅ」
文句を言いたかったけど、口からこぼれたのは情けなく震えた声だった。
「じゃあ、俺はここで…」
いつになく素早い動作で玄関を出ようとした。
でも、何故だろう。
全く体が動かない。金縛り?
「あの…手、離して…」
「何故」
「俺帰らないといけないので」
「どこに」
「えっと、家に」
「家はここだ」
何言ってんのこいつ。
ジョークにしてはおもしろくない。
それでも引き攣った顔で笑おうとしてみた。
その俺に男からプレゼントの品であった手紙を渡される。
読めってことか?
戸惑いながら、手紙に目を通す。
それには簡潔に一文、
『それがプレゼントです』
と書かれていた。
つっこみどころはたくさんあった。
まず、男がサンタからプレゼントを貰うような子供ではないこと。
そして、どこからどうみても『良い子』ではないこと。
最後にこれが一番重要だ。
人間、もといトナカイを普通はサンタのプレゼントとして贈らないということだ!
ふざけんな!!
「来い」
暴れたり、泣いたりと忙しい俺の体を担ぐ男に連れて行かれた先は寝室でした。
その後、俺がどういうクリスマスイヴを過ごすはめになったかというと…悲しいことに、そこら辺のラブラブな恋人たちと同じようなものであったことを追記しておく。