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古本の神様  作者:
9/17

第八話:男なら走りなさい

ご意見、ご感想などお待ちしております。

……いや、ほんとに。不安で不安でしゃーないんです。



「は? え? ちょ…嘘だろ」


 静かな部屋にポツリと呟きがこぼれた。

 最後の手紙は唐突に訪れた。何の前触れも無いものだった。何時も通り、時間が余ったので本を解読していただけだ。

 残りのページ数は、残り少なくなってはいたものの、まだもう少し残っていた。にも拘らず、強引にも思えるタイミングで、千羽桜は蒼太に別れを告げた。唐突に。

 何時か別れが来ることは朧げながら意識していた。しかし、それはまだもう少し先の話だと思っていた。

 身構えていない無防備な顔を、突然思い切り殴られたような衝撃が頭を走る。

 突然来た別れに、最初に生まれた感情は、悲しみではなく、怒りと困惑だった。


「……どうゆうことだよ!! おい!! くそっ!!」


 当然、頭の中がペシャンコにされたように混乱した。グチャグチャになった。

 思わず本を落としそうになって、慌てて持ち直し、次のページをめくる。次のページからは白紙。否、ビッシリと文字が印刷してある。それまでの”落書き”が無いだけだ。

 一文字一文字に丁寧に記してあった丸印が無くなっただけで、そのページが何も書いてない白紙のように見える。

 その次のページも、そのまた次のページにも、”落書き”は見当たらない。

 千羽桜は、このページから、手紙を書くことを止めていた。


 『数奇な運命』は突然静かになった。



「ふざけんな……ふざけんなよ!!」


 力任せに叫んだ。混乱した感情に任せて、『数奇な運命』を力任せに投げ付けた。

 分厚くて重い本は、激しい音を立てるでもなく、ボヨンボヨンと間抜けな音を立ててベットの上を数回バウンドして転がる。



「何がしてぇんだよ! てめぇ! 本に手紙隠すことまでして、自分の存在知ってもらいたいって言って、そんでくだらねぇ悪戯の話ばっかりして、自分の話は少ししか話さねぇクセによ! それで気が済んだからハイ御仕舞い、かよ! 付き合わされた俺はどうすんだよ!」


 気が付けば、窓が割れんばかりの大声で叫んでいた。

 時間は丁度正午だが、近所迷惑なのは確実だ。でも、そんなことは気にならなかった。自分の感情が混乱している内に、ありったけの思いついた言葉を叫びたい気分だった。

 冷静になって、”叫ぶ相手が居ない”ことに気付く前に、在るだけの言葉をすべて声に変えてしまいたかった。

 虚しい気分になる前に、大声で叫んだ。



「俺はどうすればいいんだよ!? くだらねぇ話を聞かされた俺はどうすればいい!? くだらなくて、アホらしくって……メチャメチャ楽しそうだった話を聞いたんだぞ? 興味持って当たり前だろうが! 俺はお前に興味を持ったんだ。だから手紙を読んで、お前のことを知って、お前に会いたいとまで思ったんだ!! …なのに、なのに…」


 ジワリと目が熱くなった。

 その内視界がぼやけてきて、悲しくないつもりなのに頬を熱い物が伝った。

 自分の部屋で良かった。こんな姿、かっこ悪くて誰にも見せれない。

 クソッと悪態を付いて、乱暴に袖で目元を拭った。目元がヒリヒリと痛んだ。


「一方的に終了かよ。綺麗事ばっかり言いやがって…お前は俺のこと知らねぇんだろ? こっちはお前に会いたいんだ、でも、これじゃ俺が馬鹿みてぇじゃねぇか…くそっ、くそっ、クソ!!」


 最後は、ただの八つ当たりだ。

 予想していた通り、胸の中にジワリと嫌な感覚が広がる。

 目の前にはケンカする相手など居ないのに、自分はただ自分の部屋で独りで叫んでる。

 その滑稽さを理解する前に。冷静になる前に。叫ぶ。



「俺はお前に会いたいんだ!! ―――――これで終わりなんか…絶対嫌だ」




 叫びが止んだ後、ハァハァと、乱れた息遣いだけが響く。

 ポロポロと熱い液体が、二、三滴頬に流れる。胸の中に鉛を飲み込んだような重い感覚が残った。


「…何言ってんだ俺。くだらねぇ」


 冷静になった。冷静になってしまった。

 蒼太と千羽桜との唯一の繋がりは、『数奇な運命』だけ。それが終わってしまった今、蒼太に手がかりは殆ど残っていなかった。

 それ以前に、心が折れた。繋がった糸がプツンと切れてしまったことに、この上ない孤独と絶望を覚えた。

 千羽桜の割合が増えた分、急に欠落した心の穴は大きすぎる。


 

 ―――裏切られた。―――遊ばれた。会ってもいない女の子に、そんな的外れな感情さえ生まれてきた。






「蒼ちゃん? どうしたの?」


 そんなドス黒い感情が進行するのを、背後から聞こえた声が遮った。

 蒼太は、驚くが振り返らない。その声の主が誰かは十七年間生きてきて一番よく知っているし、同時に、真っ赤に充血した目を最も見られたくない相手でもあった。


「蒼ちゃん? お腹いたいの?」


「…違うよ母さん」


 いつの間にか、背後には母が立っていた。

 海原美月うなばらみつき。蒼太の母親であり、身内贔屓無しでも高校生の息子が居るようには思えない健康的な美しさを保った女性だ。そのかわり…と言うか、頭のネジが一本抜けたような性格をしている。世間一般的に言う天然なんだろう。

 おそらく、蒼太の叫び声を聞いて見に来たのだろうが、振り向かなくても声を聞くだけで、息子の突然の絶叫に困惑する様子や怯える様子は全く無い。純粋な心配と疑問だけだ。

 息子が何故泣いているのか、そんな難しいことは考えてないんだろう。

 美月にバレない程度にゆっくりと一度深呼吸をして、出来るだけ平然を装う。



「何でも無いよ、母さん」


「本当? どこも痛くないの?」


 美月の声には、邪気の欠片も無い。

 今の自分と正反対だと苦笑しながら、振り向かないように『数奇な運命』を探す。少し探すと、ベットの上にポツンと開かれた状態で落ちていた。


「…友達と、ケンカしたんだ。だからちょっとイライラしてて」


 口からはスルスルと嘘が流れていた。母にわざわざ本当のことを話す必要はない。

 しかし、友達とケンカとは、自分で言ってて少々皮肉な嘘だ。

 同時に、自然な動作で『数奇な運命』を拾おうと手を伸ばした。その時。


「あら、それはいけないわ!!」


 突然、美月が叫んだ。


「それは大変。すぐに仲直りしないとね!」


「母さん?」


「ダメよ、蒼ちゃん。友達とケンカはいけないわ。早く仲直りしなさい!!」


 思わず振り返ってしまった。

 正面には怒った顔の美月が迫っていて、充血した目を真っ直ぐ見詰められる。

 しかし、美月は気にした様子もなく、鼻息荒く叫ぶ。


「え、いや無理だし…」


「無理じゃない! 友達とケンカしたら仲直りしないといけないって日本の法律で決まってるの!!」


「……無理だよ…もう、連絡も取れない…」


 いつの間にか、蒼太は本当のことを話していた。

 千羽桜とは、もう繋がりが無い。何も知らない母の言葉が、少し癇に障る。

 もう、どうなってもいいから、怒鳴って追い出そうかと思った。しかし、マイペースな母は、止まらない。


「むぅ、ダメよ蒼ちゃん、男らしくないわ」


「…何がだよ」


「連絡なんて、取れなくてもいいじゃない!! あなた男の子でしょ?」


 母の言葉が止まらない。段々過激になってきて更に蒼太の癇に障る。

 ――――アンタは何も知らないのに、知ったような口を利くな。




 思わず怒鳴りそうになった直前、蒼太の手は本人の意思とは無関係に動く。

 動作はとても自然に、しかし、本人にはとても不自然に、蒼太は『数奇な運命』を掴む。

 掴んだ手は、偶然開いていたページを拾い上げる。怒鳴ろうとしていた蒼太は、何かに首を動かされたようにそのページを覗き込んでいた。

 目に飛び込んだページには『あとがき』と書いてあり、そして、黒い鉛筆で、見慣れた”落書き”があった。



「も」「し」「、」「本」「当」「に」「神」「様」「が」「い」「る」「の」「な」「ら」「、」「下巻」「で」「も」「あ」「な」「た」「に」「あ」「い」「た」「い」「な」「。」






 ―――――――もし、本当に神様が居るのなら、下巻でもあなたに会いたいな。






「走ればいいじゃない!! 男なら、走りなさい!!」





 美月の言葉が、スーっと頭の中に溶けていった。

 あとがきを見た瞬間。終わったと思った千羽桜からの手紙を読んだ瞬間。

 一瞬ボーっと何も考えられなくなって、呆然と立ち尽くして、それから一瞬で我に返る。

 「下巻」という単語が何度も頭の中を回って、しばらくしてからようやく理解することが出来た。一度理解すると、後は喜びしか沸いてこなかった。


「下巻があるんだ。」


 考えもしなかった。『数奇な運命』は上下巻だったのだ。

 間抜けにも涙を流した自分が馬鹿らしくなって、笑えてきた。嬉しくて、居ても立ってもいられない。千羽桜にもう一度会える。



「母さん」


「何よ、わが息子」


「…走ってくる!!」


「うむ。行ってらっしゃい!!」



 ビシリ!と玄関を指差す母親に後押しされながら、

 蒼太は、数奇な運命を近くにあったカバンの中に押し込んで、走り出す。







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