第六話:キミに会いたい
こんにちは、名前も知らないあなたへ。
ぴんち、ぴんち、ぴーーんちです。
長年残しつづけたびょういん食のぴーまんがついに、ふちょうに発見されました。
ずっと花瓶の中に隠し続けたのに、うん悪く倒れて、ばれました。
れっかのごとく怒るふちょうから命からがら逃げて、げんざいしどう先生のへやにかくまって貰っています。
じんじょうじゃないぐらい怒ってたなぁ、後であやまろう。
「…いきなりほのぼのな雰囲気だな、こちとらアンタのせいで新学期が憂鬱だよ」
ハァと小さくため息が漏れる。
空気が氷河期となった学校から避難した蒼太は現在、自宅のベットの中(安全地帯)で丸くなっている。
空気を凍らせたのは蒼太本人であるのと、クラスメイトからすればいい迷惑だったのは自覚がある分余計に憂鬱である。
その上、帰ってきて本の解読をしてみれば、教室での胸を締め付けられた思いことなど、どこへやら。いつもどおり楽しそうな病院生活風景である。いや、ここからずっと寂しげな内容でも困るのだが。
「そういえば、この娘ってどこの病院で入院してんだろう?」
案外簡単に気持ちを切り替えた蒼太が、ふと思ったことを呟く。
なんとなく、文章の流れからどこかの大病院に入院していることは予想していたが、手紙には今現在なんの情報も書かれていない。
どこか遠くに住んでいるのだろうか、それとも案外近くにいるのだろうか。
頭に疑問符を浮かべながらう~んと唸ってみるが、情報が圧倒的に少ないので明確な答えなど出るわけも無い。
「あ、そういやこの本って結局古本なんだよな。あのじいさんなら何か知ってるかも…」
ふと思い出だしたのはRPGに出てきそうな古本屋の老店主。
あの老人がこの本を買い取ったのであれば、老人はこの本を売った本人、つまり前の持ち主のことを知っているかもしれない。
この本を買った古本市はこの街の本収集家や古本店の有志によって行われていたから、あの老人もこの街のどこかに居る可能性が高い。
この本の過去(?)を唯一知っている可能性のある人物であり、蒼太とせんば桜を繋げる数少ない手がかりの人物でもある。
「てか、この街の古本ってことはこの娘はこの街に住んでんのかな?」
またふと思ったことを蒼太一人しか居ない部屋でぼそりと呟く。
古本を売る、もしくは譲るのだったら大抵の人はわざわざ遠くの街へ行ったりはしないだろう。
その例に漏れないのだとすればせんば桜も高い確率で、知人に譲ったか近場で売ったかしたのだろう。可能性としては前者の方が高く思える。
そうなるとせんば桜もこの街に住んでいるのだろうか。大分都合のいい考えだが、その可能性も無いわけではないだろう。
「…本にメッセージを残して、誰かもわからない人に届くように手放したのか…ロマンチストだなぁ…桜…ちゃん」
大切にされている本だと言うことは、何となく雰囲気で感じれた。
その大切な本にメッセージを入れて、気付かれずに処分されるかも知れないのに、気まぐれな神様に任せて世の中に放した。
蒼太なら思いつきもしない。いや、思いつく必要も無いような行為だ。面倒だとも思ってしまうだろう。
そんなことを思いついて実行に移せる女の子とは、どんな娘なんだろうか。
本の手紙にせんば桜個人のことは年齢・性別・性格(?)などしか書かれていなかった。
自分自身のことではなく、病院での出来事ばかり楽しそうに書いてある。唯一違ったのは、学校で解読した「友達がほしいな」と書いてあった文章だ。
どんな姿をしているのか、何故入院してるのか。胸の中で少しでも知りたいという欲求が湧き上がる。
「……会ってみたいな」
◇◇◇◇
それからの蒼太の暇な時間は全て、『数奇な運命』の解読作業に当てられた。
とはいっても、高校生の夏休みの自堕落な生活といえば昼ごろまで寝て、自分の気の赴くままにゲームをして、飯を食って、その上でゲームにも寝ることにも飽きた状態になれば自分の部屋に行って本を取った。
ベットに仰向けになったり、うつ伏せになったり、ソファに座ったりしてリラックス出来る体勢で手紙の解読をする。
慣れてくれば、ノートを使わなくても目で追うだけで頭の中で文章に直すことが出来る。
本を解読している時の蒼太は、自分でも不思議だと分かるような妙な感覚でせんば桜からの手紙を読んでいた。
相変わらず、手紙に書いてある内容は病院で起こったとりとめもない(?)イタズラの数々を綴ったものだ。
・お隣の病室の外村さんと言う男性の病院食に大量のタバスコを入れて、悶絶させていたら、すわ病気の再発か!?と病院関係者が大慌てになった。…とか。
・三つ隣の橋本さんと言うお年寄りの女性と共謀して、お見舞いに来た家族に血糊を使って超リアルなドッキリをしかけた…とか。
・遂にしどう先生のズラ疑惑を突き止めて、カツラを片手に病院内を走り回ったら、しどう先生が半泣きになった…とか。
その他多数。挙げるとキリが無い。
正直に言ってしまえば、とてもくだらない。少なくとも十七歳の女の子がするような類の行動ではない。
聞けば聞くほど呆れてしまうような、脱力してしまうような、顔がニヤけてしまうような、非生産的な行動だろう。
やってることは小学生の悪ガキと同じ…いや、知識がある分タチが悪そうだ。
でも、いや、だからこそ…だろうか。
この手紙を読んでいけば行くほど、蒼太の心は、一方的に”せんば桜”に引き寄せられていった。
それは、何も男女間の感情、つまり恋愛感情と言う訳ではない。と言うよりも、蒼太自身、自分の中で会った事もないような少女に恋愛感情を抱いているとは、露ほども思っていない。
しかし、自分の中で恋愛感情とは違った不思議な感情が生まれてきていることは、何故だか漠然と意識できていた。
それは自分でははっきり感じることが出来るのだが、それがどういった感情なのかはイマイチはっきりしない。
しかし、蒼太はこの感情が不快な方向の感情でないことだけは確信を持って言えた。
感覚としては、猛と一緒に居る時の感覚に近い。
猛とツルんで昼休みを過ごしたり、帰り道を歩いたり。そんな時は大抵、取り止めもないバカ話をしている。
高校生男子の会話といったら、お世辞にも上品とは言えない。しかし、そんな馬鹿馬鹿しい話は、近所迷惑なんて気にならないぐらい大声で笑える。
帰り道の時は、周りの迷惑など意識にも入らない。今世界には二人しか人間が居ないとでも思って笑いあう。
それに近いのだろう。
”せんば桜”の手紙の話は、馬鹿馬鹿しくて、アホらしくて、楽しくって、無性に笑える。
猛とバカ話をしている時のように、桜ちゃんからバカ話を聞いているようだった。向こうは蒼太のことなど知らないし、蒼太も彼女にあったことも無いと言うのに。
ただ手紙を通して、彼女の笑える病院生活を聞いているのが、無性に楽しい。
どんどん蒼太の中の”せんば桜”の占める割合が増えていく。
顔も知らない少女が、蒼太のかけがえの無い存在になって行く。
でも、本は読めばページが進む。
永遠に続く本など、この世に存在しない。
例え神様であっても、それを止めることはできない。