第二話:本の中の手紙
「ふぅ、余は満足じゃ~」
ドサリ、とビニール袋に入った数冊の本が蒼太の部屋の床に落ちる。
陽も暮れて辺りが薄暗くなってきた頃、蒼太はホコホコした顔で自宅に帰還していた。
ビニール袋一杯の今日の獲物共と足に程よく残る疲労感が、充実した時間をすごせた達成感を引き立たせていた。
フゥと一息つくと、ビニール袋から戦利品を取り出して本棚に並べる。結構な量の本を買ったが、金儲けが主目的ではない古本市の本達は驚くほど安く、蒼太の財布にも優しかった。
ある程度本棚に並び終えると、早速一冊読もうと適当に一冊抜取った。
「お? 最初に買った奴か」
偶然にも、適当に抜取った本は老人の店で買ったあの不思議な本だった。
これはこの本から読みなさいとの天のお告げだろう、と蒼太は『数奇な運命』を手に持って部屋のベットにダイブする。
数回跳ねて体の落ち着くポジションを確保すると、ドキドキと心を躍らせながら表紙をめくる。最初の出会い方と、この本が持つ不思議な雰囲気から、自然と蒼太はこの本を楽しみにしていたのだ。
しかし、一ページ目を見た瞬間。その期待は一旦裏切られることになる。
「な、なんじゃこりゃぁああ!!??」
静かな部屋に素っ頓狂な絶叫が木霊する。
蒼太がめくった一ページ目のプロローグから、ビッシリと並べられた活字の上に黒い鉛筆で何かが書いてあった。
一つや二つでは無い。一ページに数十箇所。大量に鉛筆で何かが書かれている。
世間一般的に言う『落書き』なのだろう。
「ら、落書きかよぉ~…」
ガックリとベットの上で肩を落とす。期待していた分、不思議な雰囲気な本に落書きしてあったことの失望は大きかった。
最初は運命的な出会いだとも思っていたのが恥ずかしくなるほどだ。同時に、前の持ち主を軽蔑した。
やはり、始め買うときに中身を確かめなかったのが不味かったようだ。あそこで確かめていれば、落書きをしてある本など掴まされずにすんだのに、と蒼太にしては珍しく、自分の行動を後悔した。
もしくは、あのダンボールの中のもっと綺麗な本を選べば良かった、とも。
「……ん?」
しかし、後悔の次に蒼太に訪れた感情は、怒りではなく疑問だった。
手に持って開いたままだった『数奇な運命』にもう一度目が行く。そして、鉛筆で大量に書き込まれて薄黒くなった一行目を目で追った。
「『は』?」
蒼太が間の抜けた音を発音する。
しかし、これは意味が分からずに思わず出た『は?』ではない。
普通、落書きといえば意味の無い絵や文章、はたまた罵声などがグチャグチャに書かれているものである。しかし、この本に書かれてある”落書き”は、一ページ目の最初の『は』という文字を鉛筆で丸を囲ったものだったのだ。そして、その『は』の下に小さく”1”と書かれている。
不思議に思った蒼太がそのページを大雑把に見回してみると、『は』の他にも複数の文字に丸印が付けてあり、その下には必ず数字が打たれていた。
「………もしかして」
小さく呟いた蒼太が、ベットから跳ね上がる。
そして、傍らに置いてあった学校のかばんの中に手を突っ込み、小さなメモ帳とシャープペンシルを取り出して、『数奇な運命』を持ったまま勉強机に座る。
「最初の文字が『は』……次の数字の”2”があるのは……『じ』」
小さなメモ帳に、『は』『じ』と書き込む。
その要領で、一ページ目にある丸で囲まれた文字と数字を目で追い、メモ帳に書き込む。
感覚で言えば、謎解きゲームをやっているような気分だ。突然の閃きが、劇的な展開を引き起こした。
一つだけ分かったことがあった。これはただの”落書き”ではない。
「『は』『じ』『め』『ま』『し』『て』」
これは、『数奇な運命』の文章を利用した、前の持ち主から今の持ち主へ。
偶然にもこの本と出会った蒼太への”手紙”だった。
はじめまして、名まえも知らないあなたへ。
とてもたいくつなので、この本にて紙をかきます。
わたしのな前は、せんばさくら。 とある病院でくらしています。
もし、この本と出会って、このてがみにだれかが気づいてくれたのならば。
どうか、この本をたいせつにしてください。