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古本の神様  作者:
12/17

第十一話:バッカだな~お前



 蒼太は、とりあえず走っていた。クソ熱いアスファルトの中をただひたすら走っていた。

 少しだけ、本来の目的を忘れて、グツグツと沸き立つ感情に任せて走った。


 そして、走りながらポケットから器用に携帯電話を取り出して、「心の友」と登録してある番号に電話を掛ける。

 5コール後に、その人物はいつも通りの飄々とした調子で受話器の向こうに現れた。


「よう。不良野郎じゃねぇか。学校じゃ結構な騒ぎになってんだけど…どうかしたか?」


「ハッハア!! そんなもん今更関係ねぇ!!」


「……何かテンション高いな」


 受話器からは数秒沈黙が続いた。きっと眉をひそめているのだろう。

 そういえば、自分は学校で先生に逆らって逃げたんだった、と今更ながら思い出したが、蒼太には至極どうでもいいことに思えた。

 当然、蒼太はそんなどうでもいいことのために猛に電話したわけではない。


「なぁ、猛!!」


「あいよ。なんだよ親友」


「一つだけ聞きたいことがあるんだ!」


 高いテンションのまま、携帯電話に向かって叫んだ。

 だんだんと雲行きが怪しくなっていき、あんなに晴れて暑苦しい太陽光線を放っていた空が、暗くなっていく。

 このあと雨が降るのを知っているのか、出歩く住民は少ないが、その住民の耳をつんざくような大声で、蒼他は親友に問いかける。

 きっと電話の向こう側では、猛が電話から耳を遠ざからせて顔をしかめているに違いない。



「お前が、せんばさくらが入院してると思う病院はどこだ!?」


「……はぁ?」


「お前が直感で思い浮かべた病院はどこだ!!」


 電話の向こう側から、先ほどとはまた意味の違った沈黙が続いた。

 蒼太自身も、自分で何を言っているのだろう、と笑い出しそうになる。

 少し遠くの空に、黒くて大きな積乱雲が見え始めた。耳を澄ませば、ゴロゴロと雷の音が聞こえる。どうやら夕立が降るらしい。この携帯は一応生活防水だからあまり心配は要らないが、『数奇な運命』が濡れないかだけ心配だった。

 立ち止まって、偶然カバンの中にあったビニール袋で二冊の本を濡れないよう丁寧に包む。



「おまえさぁ……俺が直感で病院選んだからってどうなるんだよ。俺が選んだ場所に、桜ちゃんが居る理由も保証もねぇんだぞ?」


「アハハハハ、バカだなお前、理由ならちゃんとあるんだよ!」


「誰がバカだコノヤロウ」


 プッと、電話の向こうで猛が小さく吹き出した。

 言葉とは裏腹に、猛の声色は穏やかで、それでいて楽しんでいるような雰囲気だ。

 黒く暗い雲が、ゆっくりと蒼太の上空に迫ってきた。立ち止まったまま、どこまでも楽しそうに口元を釣り上げる蒼太は、天を仰いで呟いた。




「お前が選んだ病院に、さくらが居そうな気がするんだ」


「…それだけ?」


「そういうのって、大切だと思わないか?」


 イタズラっぽく口元を釣り上げて、蒼太は呟いた。

 電話の向こうで数秒の沈黙があった。しかし、それは一瞬のウチに爆笑に変わる。今度は蒼太の耳を猛の笑い声がつんざいた。


「アハハハハ!! バッカだな~~オマエ。もう、サイコー」


 ヒ~死ぬ~と、息も絶え絶えに笑っている。

 暫くの間その笑い声が続くのを、蒼太は黙って聞いていたが、唐突にその笑い声は止んだ。

 空がよどんで、頬に感じる空気がジトっと湿ってきた。傘を持ったオバさんが、天を仰いで携帯で話している蒼太を訝しげな眼差しで見ていたが、蒼太はその全てを無視する。

 そして、電話の向こう側から、小さく笑いを含んだ…それでいて真剣な声が聞こえた。



「「古本の神様」は前の持ち主と今の持ち主との出会いを司る…だろ?」



「ま、そういうことさ」



「お前がそう直感したのも、神様のお導きってか?」


 二人同時に、大爆笑した。お互いの携帯電話が壊れるぐらい、大きな声で笑いあった。

 ポツポツポツと、大きな雨粒がまだ熱を帯びたアスファルトに落ちて、続けて蒼太の頬に数滴落ちて頬を撫でる。

 その雨は、段々とその数を増やし、数十秒もしない内にその規模を爆発的に広げた。

 気付けば、空からはバケツをひっくり返したように水の球が落ちてきて、あっという間に蒼太の髪や顔や服をズブ濡れにした。

 ズブ濡れになっても笑っている蒼太の耳に猛はそっと呟いた。





「…桜川中央病院」


「ありがとう」



 プツリと切れた携帯電話を乱暴にポケットにしまった。

 ひょっとしたら、濡れて壊れてしまっているかもしれないが、そんなことは今更どうでもいいことだ。

 もう水溜りが出来始めている道を、お気に入りのスニーカーで走った。



「古本の神様よ。俺の傍にいるんだろ?」



 頬を打つ雨粒が、蒼太の心を冷やすどころか、更に熱くさせた。






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