第1話「ゆうにいと、三人の約束」
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俺──益田勇斗がボランティア部に入った理由は、正直、深いものじゃなかった。
部活に入らないと怒られるし、運動部はきつそうだし、文化部は合わなさそうだった。
担任に勧められたのが、地域施設への訪問をするボランティア部だった。
その活動の一つが、近所の幼稚園での読み聞かせ会。
最初は緊張した。
小さな椅子。
落ち着きのない子どもたち。
絵本を開く前から走り回る園児。
(……向いてないかも)
そう思いながら絵本を開いた、そのときだった。
「ゆうにい!」
一番前に座っていた、小さな女の子が手を挙げた。
茶色のおかっぱ頭。
丸い目。
名札には「さくらば・ひな」と書いてある。
その隣には、黒髪で無表情な女の子。
さらに隣には、体を揺らし続けている落ち着きのない子。
名札は、
「しらいし・しずく」
「ほしの・みな」
三人は、なぜか最初から俺の近くに集まっていた。
読み聞かせが始まると、ひなは絵を指さして話に入ってくる。
しずくは無言でページをめくるタイミングを見ている。
みなは、結末がわかると先に言ってしまう。
「みな、だめー」
「……しー」
そのやり取りが、少しずつ楽しくなった。
読み終わると、三人は必ず寄ってくる。
「ゆうにい、またくる?」
「……また、よんで」
「つぎはなに?」
それが、当たり前になった。
週に二回。
俺が来る日は、三人は必ず最前列に座る。
保育士さんに言われたことがある。
「益田くん、あの子たち、あなたがくる日、すっごく元気なんですよ」
少しだけ、誇らしかった。
読み聞かせの後は、園庭で遊ぶのが恒例になった。
ブランコ。
すべり台。
砂場。
ひなは俺の服を掴んで歩き、
しずくは無言で手を差し出し、
みなは全力で走り回る。
「ゆうにい、あしたもくる?」
「また来るよ」
約束なんてしたつもりはなかった。
でも、そう答えると、三人は笑った。
ある日、園庭で休憩していたときだった。
ひなが、急に俺の前に立った。
「あたし、ゆうにいの、およめさんになるー!」
砂場から、みなが振り向く。
「あたしもー!」
しずくも、俺の服の裾を掴んで、小さく言った。
「……しずくも」
俺は苦笑いした。
「ま、まぁ……おっきくなったらな……」
軽い気持ちだった。
その場を和ませるための、適当な返事だった。
でも、三人は本気の顔でうなずいた。
「やくそく!」
「ぜったい!」
「……まもる」
胸の奥が、少しだけざわついた。
その日も、いつも通り読み聞かせをして、園庭で遊んだ。
夕方。
迎えの時間。
保育士さんが名前を呼ぶ。
「桜庭ひなちゃん」
「白石しずくちゃん」
「星野みなちゃん」
……来ない。
もう一度、呼ぶ。
それでも、来ない。
「おかしいですね……」
園の空気が、急に冷たくなった。
俺は落ち着かなくなって言った。
「家、近いですよね。見てきます」
走った。
一軒目。
灯りが消えていた。
二軒目。
鍵がかかっている。
三軒目。
郵便受けがいっぱいだった。
どの家にも、人の気配がなかった。
(……なんだよ、これ)
その夜、警察が来た。
パトカーの赤い光が、住宅街を照らした。
ニュースになった。
『幼稚園児三名、行方不明』
翌日。
幼稚園は騒然とした。
三人の席は、空いたまま。
読み聞かせをしても、
最前列はぽっかり空いている。
誰も「ゆうにい」と呼ばない。
(俺が……あのとき……)
意味のない後悔ばかりが頭を回った。
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それから、二ヶ月。
季節が少し変わった頃だった。
放課後。
校門を出たときだった。
「……勇にい」
その呼び方で、足が止まった。
振り向くと、
そこには同い年くらいの少女が三人立っていた。
ひな。
しずく。
みな。
顔は、あの頃のままだった。
ただ、背が伸び、
幼稚園児とは思えない──胸元や、
体つきが、子どもじゃない姿になっていた。
「……なんで……」
声が震えた。
ひなが、少し照れたように言う。
「あたしたちね」
みなが、笑って続ける。
「勇にいのお嫁さんになるために、」
しずくが、はっきり言った。
「……おっきくなって、戻ってきたよ」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
あの日の言葉が、はっきりと蘇る。
『おっきくなったらな』
――俺が言った。
冗談だった。
軽い言葉だった。
でも。
この三人にとっては、
約束だった。
なぜ消えたのか。
なぜ、同い年で戻ってきたのか。
なぜ、俺の前に現れたのか。
その理由を、
俺はまだ知らない。
けれど。
最前列に座っていた三人は、
今も、同じ目で俺を見ている。
――ここから、物語は始まる。




