【短編】追放された弱火竜、天才錬金術師に拾われる
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私の炎は、弱い。
――そして今日、それが正式に証明される。
王家の竜が成竜となる時に行われる儀式。『火吹きの儀』。
儀を執り行う広間にやってきた。
十年前と同じ場所に、父上や兄上。そして臣下である竜たちが集っている。
ぐるっとわたしを取り囲んで、見下ろしていた。
深紅竜。
原初の炎竜《ドラゴンロード=エン》の血を引く、誇り高き業火の一族。
深紅竜の王族。クリムゾン王家。
第一王女――カーネリアン=エン=クリムゾン。
それが、わたし。
「始めよ」
父上の声は、十年前よりも冷たいものだった。
あの日、わたしは“弱い”と断じられた。
岩を溶かせぬ頼りない炎。
王族に相応しくない火力。
それでも親としての情があったのだろう。
わたしに与えられた猶予は、十年。
『人間の王族と契約する儀式までに、ふさわしい炎を示せ。
できなければ、王家から除籍する』
無慈悲な追放宣告だった。
皆の冷たい視線が突き刺さる。
わたしはぎゅっと牙を噛みしめて、目の前の鉄塊と向き合った。
クリムゾン王家の精巧な紋章が刻まれた大きな鉄の塊。
わたしは息を吸い込み、体内の竜石へ意識を落とす。
(どうか、わたしに力を……貸してくださいっ!)
竜石がカッと熱くなる。わたしの身体にその熱が伝わってくる。
ぐつり、と喉奥まで熱が満ちてきて。
そのまま口を開けると熱を解放した。
ゴォォ。
吐き出した炎は――
細い。
けれど、揺らぎはない。
わたしは炎を吐き続ける。
試験台に置かれた巨大な鉄塊に変化はなかった。
しかし。
鉄塊の表面に刻まれたクリムゾン王家の紋章。
その溝だけが正確に溶けていき、くり抜かれていく。
誰よりも精密に。
誰よりも均一に。
どれくらいの時間、炎を吐いていたのか。
火吹きが終わるとわたしはその場にぺたんと座り込んだ。
兄上が近づいてきて、鉄塊を持ち上げる。
クリムゾン王家の紋章がくり抜かれた鉄塊。
まじまじと鉄塊を見たあと、試験台へと視線を向けた。
「試験台に溶けた鉄が溶接されている……。
まるで装飾のようだ。こんな精密な炎の制御が可能なのか?」
兄が感心したようにつぶやく。
その声にわたしは少しだけほっと安心する。
静寂。
……そして、結果は。
「やはり弱い」
兄の言葉から微かに生まれた希望。
父上のたった一言で、すべてが塗り潰された。
「十年経っても変わらぬか。
とてもクリムゾン王家の炎とは思えぬ。嘆かわしいことだ」
ざわめきが広がる。
「またか」
「結局十年待つだけ無駄だったと証明されたな」
「兄君の慈悲を裏切って、恥ずかしくないかしら」
「「「所詮、王女は――」」」
――『弱火竜』。王家の……いや、深紅竜の恥さらしだ。
弱火竜。
冷たい言葉が鋭い爪となり、わたしの胸をずたずたに引き裂く。
わたしは俯いたまま、黙って皆の声を聞いている。
最初から分かっていたこと。
どれだけ精密でも。少しの鉄が溶かせても。
破壊できる火力がなければ、何の意味もない。
絶対的な破壊の炎。暴力的な火力。
それこそが、深紅竜の国の価値基準なのだから。
「カーネリアン」
父上が翼を広げる。風圧が空気を震わせた。
「約定の期限は満ちた」
わたしの心臓がどくんと大きく鳴る。
兄上――ヴァーミリオンがわたしを庇い一歩前に出た。
「父上。ネリアの炎は特殊です。
火力こそありませんが、その炎の制御精度は歴代でも――」
「黙れ。火力なき炎に意味はない」
断言。
冷酷に父はわたしを切り捨てた。
「人間の王族が求めるのは我ら炎の威光。それはつまり、守護の象徴だ」
父の深紅の瞳が、わたしを射抜く。
「ネリア。お前のちっぽけな炎では威光にはならぬ。決してな」
胸が締めつけられる。涙は出ない。
十年間、吐き続けた。
吐いて、吐いて、吐いて。
そうしたら、いつか父が、皆が認める炎を吐けると信じて。
結果、炎は強くならなかった。
けれど、消えもしなかった。
一緒に燃え続けてくれたわたしの炎。
(強い炎にできなくて、ごめんなさい)
「よって」
父は告げる。
「カーネリアン=エン=クリムゾンを王家の籍より外す。
そして、二度とクリムゾンの名を名乗ることは許さぬ。
――その名は、強き炎を持つ者だけに許されるものだ」
ざわり、と空気が揺れた。
「国を出て、人間の地へ降りよ。深紅竜の名を汚さぬ限り、好きに生きるがよい。
ただし、二度と国には帰ってくるな。ここはもう、お前の故郷ではないと思え」
追放。
それは静かな宣告だった。
兄は悔しそうに爪で地面を抉り、父に向って吠える。
「父上!!!!」
「決定だ」
父は兄を鋭く睨みつける。
決定は覆らない。
本来なら十年前に追放されるはずだったから。
今日まで竜の国においてもらえたのは、父上の温情だと理解している。
しゃんと姿勢を正して、父上を見つめた。
わたしはゆっくりと父上に頭を垂れる。
「……承知いたしました」
声は震えなかった。
わたしは火力のない弱火竜。
けれど、クリムゾン王家の王女として育てられた誇りが、最後まで残っていた。
せめてこれ以上、無様な姿を見せないように。
胸の奥で、炎が小さく揺れている。
弱き炎。王族に不要な炎。
無駄なあがき。そのはずなのに。
(どうして、この炎は消えてくれないのでしょうか)
***
わたしは翼を動かして、下界へと降りていく。
雲海よりも高い山脈に建国された深紅竜の国。
人間界へと続く唯一の山道を目印に進む。
「これが、外の世界……」
外の世界は見たことのない景色が広がっていた。
知らない植物、知らない生き物。
きょろきょろとそれらを見つめる。
未知との遭遇に心が弾みかけて、ふと自分の状況を思い出す。
(こんな状況じゃなければ……)
もし、成竜として皆に認められていたら。
追放という形じゃなくて、ちゃんとした深紅竜の王族として下界に降りていたら。
きっと、楽しかったのだろう。
(それは、もう叶わぬ願いですね……)
余計な思考を振り払って、わたしは一心不乱に飛び続ける。
太陽が沈み始めても、山道は続いていた。
それほど、人間界は遠いのか。
あるいはわたしが弱い竜だからたどり着けないのか。
(もう、とべない……どこかで休まないと)
山道を眺めていると、開けた空間があるのを発見した。
おそらく人間の休憩所だろう。
着地するのに丁度いい広さだ。
「よい、しょ……きゃ!」
翼を動かして、地面に爪を付けた瞬間、身体がよろめいた。
あわてて、態勢を立て直して翼をたたむ。
自分が思っているよりも疲れていたようだ。
近くに水の気配を感じて、水場に飛び込む。
カラカラの喉を潤す頃には、すっかり日は沈んでいた。
(朝になったらまた長い距離を飛ばなければなりません)
体力を回復するために早めに寝ましょう。
そう思い、身体を丸めて目を閉じたが、はっと顔を上げる。
「火吹き……しないと」
誰に言われたわけでもない。ただ自然と身体が動く。
わたしは体内の竜石に呼びかけて、いつものように熱を集める。
すーっと息を吸って、そのまま吐き出す。
いつものように。
いつものように。
吸って、吐く。吐く。吐く。
でも。
「…………なんのために?」
吐いた炎が虚しく消えていった。
「わたしの炎は弱いまま」
十年頑張ったけど、その努力は実らなかった。
「わたしは追放されて、もう深紅竜の国にはもどれません」
ついに、わたしの炎が認められることはなかった。
「わたしの炎に価値はありません。
わたしの炎など……誰にも、必要とされていない」
これ以上、炎を吐くことに何の意味もない。
そう思うと一気に熱が引いていく。
視界がぼやけて、ぽろりと目から涙が溢れる。
(父上の前でも泣かなかったのに)
「――失礼。貴方の炎、もう一度見せてくれませんか?」
突如、近くで低く落ち着いた声がした。
「誰ですか!?」
顔を上げて周囲を警戒する。
すると、わたしの傍に一人の人間がしゃがんでいた。
いつの間に。一体、いつから? 気配はまるで感じなかった。
「に、人間……」
黒衣の青年だ。
闇のような黒髪に、異様なまでに澄んだ紅い瞳。
腰には剣を帯刀している。
(そんな……すっかり油断していました)
人間が使う休憩所だ。当然、人間がいてもおかしくない。
ここに降りた時、十分に警戒して生き物の気配がないことを確認したのに。
(やはり、わたしが未熟だから……人間が接近しても気が付かなかった)
人間には気をつけなさいと幼い頃から言い聞かされている。
彼らは良きパートナーになり、最悪の略奪者にもなるのだと。
最悪の状況も覚悟して、わたしはごくりと息を飲む。
(竜の身体を狙っている? いざとなったら炎を吐きかけて逃げないと)
人間はわたしの身体を上から下までじっくり観察している。
だけど、その瞳は獲物を狙う目ではなかった。
「貴方の神聖なる『火吹きの儀』を拝見していました。
そして、貴方の素晴らしい炎に魅せられて、貴方を追いかけてきたのです。
どうか、もう一度……炎を吐いてくれませんか?」
ぞくり、と背が粟立つ。
竜族だけの儀式をただの人間が見ていた?
(一体、どうやって。深紅竜の国は人間の立ち入りは制限されています)
ましてや、重要な火吹きの儀を人間などが見学できるはずがない。
隣に座る黒衣の人間は、警戒すべき相手。
なのに、わたしの炎が素晴らしいという言葉に思わず動揺してしまう。
「素晴らしいなんて……弱い、炎です」
そう告げると、青年は首を横に振る。
「違います」
即答。
「弱い炎だなんて、とんでもない。出力が安定していて、質の高い炎でしたよ」
人間が顔を近づけてきた。
「魔力波形が均一です。揺らぎがない。火力も申し分ありません。
そう、貴方の炎は俺にとって理想的な炉心です」
炉心。
その言葉を、わたしは知らない。
「俺は破壊の道具も作りますが、その製造過程にまで破壊力を求めてはいません。
破壊より制御。優れた魔力精度と質の高い炎が必要なんですよ」
言ってることの半分も理解できない。
けれど、わたしの炎を褒めているらしい……ということだけは分かった。
わたしの戸惑いをよそに人間は淡々と告げる。
「貴方の炎は、破壊を至上とする深紅竜としては欠陥かもしれない」
そして。
「ですが、錬金炉に使うのなら最高級。至上の炎です」
世界が、止まった。
最高級。
至上の炎。
(わたしが?)
「あの……あなたは一体……」
「失礼。自己紹介がまだでしたね。俺はネロ=オブシディアン。
職業は錬金術師です」
錬金術師。
そういえば、たまにそのような人間が国に来ていたと思い出す。
「探していました。貴方のような制御可能な竜の炎を」
その視線から、同情ではないという思いが伝わってくる。
この人間はわたしの炎を見て、評価しているようだ。
「わたしの身体が目当てなのでは?」
竜の鱗も角も牙も血も。
人間にとって竜とは全身が最高の素材になるという。
「いえ、欲しいのは素材ではありません」
「でも……」
「確かに深紅竜の素材は貴重で価値があるのは認めます。
が、俺はその素材に興味がありません。必要なのは貴方の炎です」
心臓が強く跳ね上がる。
わたしの弱い炎が必要。
そんなことを言われたのは初めてだった。
「炎。そして制御する能力に惹かれました。
どうでしょう。深紅竜たちが不要と判断したその炎。
俺の元で生かしてみませんか?」
夜の風が吹き抜けていく。
さきほどまで“不要”と断じられた炎が。
今は“必要”だと言われている。
答えは、まだ出せない。
でも。
身体の奥の炎が、今までで一番強く、熱を宿す。
――この瞬間、弱火竜が、初めて誰かに必要とされた。
***
夜の休憩所に、重たい沈黙が落ちていた。
弱火竜。
その言葉が、まだ喉に引っかかっている。
人間――ネロ=オブシディアン。
錬金術師と名乗る得体のしれない存在。
わたしの炎が必要だという。
人間のいうことを、どこまで信じていいのか。
「百聞は一見に如かず。
貴方の炎が必要だということを、この場で証明してみせましょう」
彼は焚き火跡の前にしゃがみ込む。
革のポーチから小瓶と金属片を取り出した。
動作に迷いがない。慣れた手つきだ。
「まずは通常の炎を用意します」
ネロが焚き火跡に小瓶を投げ入れる。
小瓶がぱりんと割れ、そこから炎が生まれた。
ごおぉと音を立てて燃え上がる炎。それは。
(わたしより、強い)
こんなにも簡単に生み出された炎。
胸が、ずきんと痛む。
「これを――ここに投げ入れます」
はっと顔をあげる。
見ると、ネロは少し離れた位置に移動して、金属片を投げ入れようとしていた。
貴方も離れてください、とネロが警告する。
言われた通りに離れて見守る。
金属片が炎を潜った。熱でぐにゃっと溶けていく。
火花を散らして、バチバチと激しい音を発している。
突然、爆ぜた。
「っ……」
破片が四方八方に散らばった。
そのうち一枚が、わたしの頬をかすめる。
カチンッと鱗に当たり、破片が跳ね返って地面に落ちた。
「通常の炎では失敗してしまう」
破片が当たった場所から鱗が剥がれる。
恐怖に固まるわたし。
だけど、ネロにとっては予想通りの反応だったのだろう。
涼しい顔で、飛び散った金属を回収している。
「このように」
変色し、異臭を放つそれを見せてくれた。
「火力が強すぎたのです。魔力も不規則に染み込んでいます。
こうなると、この金属はもう使えません。ただの廃棄物です」
一瞬、炎に触れただけ。
それで即座に反応して、ダメになってしまった。
「……とても繊細な金属なのですね」
「いい観察眼です。この金属片は非常に不安定で取り扱いが難しくなっています」
ネロはふぅと溜息を吐く。
ダメになってしまった金属片を残らず回収して、また新しい金属片を取り出した。
「では、次にカーネリアン。貴方です」
「は、はい」
思わず声が上擦る。
「この金属片に炎を吐いてください。先ほどと同じ出力で構いません。
強くしようとしなくていい」
「……弱いままですか?」
「ええ。そのままで」
その言い方が、妙に優しい。
わたしは戸惑いながらも、竜石に意識を落とした。
(いつも通りに……ずっとやってきたことをやるだけ)
ぐつり、と熱が満ちる。
喉元にまでせりあがってきた熱を解放。
細く、揺らぎのない炎を吐き出した。
ネロは棒のような道具で金属片を摘まんで、炎に近づける。
金属片をよく見ると、銀色の合金だった。
うっすらと赤い模様が混じっている。
「これは王都の錬金術師が錬成に失敗した残骸です。
通常は専用の施設で処分されるのですが、貴方の炎なら……」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、炎が金属を包んだ。
先ほどの光景を思い出し、思わず後ずさりそうになる。
「大丈夫です。そのまま、吐き続けてください」
大丈夫。
ぎゅっと爪に力を入れて、その場にとどまり、火吹きに集中する。
細く、静かに。
――爆発は、起きない。
金属片は静かだ。
炎に揺られて赤く染まり、ゆっくりと溶けていく。
ネロの瞳がわずかに見開かれた。
「……温度変動、極めて一定。魔力の散布率均等。誤差一%未満」
彼は片眼鏡をかけると、ぶつぶつと何やら計算している。
「数値が、ほとんど揺れない」
レンズには良くわからない数式が写っていた。
「信じられない」
金属片は均一に溶けていく。
やがて銀色の中から、赤が分離して浮き上がる。
ネロは素早くそれを掬い取り、型へ移した。
「完成です」
「……え? もう、ですか?」
完成。
あっさりと言われて目をぱちぱちさせる。
あまりにもあっけなく終わったので、わたしは呆けた顔でネロを見た。
ネロは誤解のないように、と前置きして説明してくれた。
「本来なら複数人がかりで温度調整する工程なのです。
しかも成功率は三割ほど。時間ももっとかかります」
とても大変な作業を貴方はやってのけたのです、とネロは言う。
「人件費も労力も馬鹿にならない。
苦労したわりに得るものも少ないので、通常はこのような残骸は即処分します。
カーネリアンのおかげで、この残骸は無駄にならずに済みます」
滑らかな赤い板が出来上がる。
「竜血鉄。極めて劣化の少ない状態で抽出できました」
「……炎の匂いがします。これは、仲間の気配」
「竜血鉄は竜族の血が地面に染み込み、長い年月をかけて金属となったもので。
竜の種類によってその性質は変化します。
この竜血鉄は炎の性質。つまり、炎の竜の血が変化したものです」
わたしのちょっとした疑問。
ネロは即座に拾って、丁寧に説明してくれた。
だから仲間の気配を感じたのか。
もう一度赤い板を見つめる。
ひびも歪みもない。
綺麗な仕上がり。
「さぁ、これが貴方の炎の価値です」
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「でも……火力は……」
「火力が必要なのは戦場です。錬金術は違う」
彼は真っ直ぐにわたしを見る。
「……完璧なのです」
興奮しているのか、彼の声が震えている。
「魔力放出。制御。持続。均一性――すべて理想値です」
理想値。
また、褒められた。胸が熱い。
本当に、ネロはわたしの欲しい言葉をくれる。
「深紅竜の炎は強すぎる。魔力のむらが多すぎて素材を壊す。
暴力的な魔力は制御が難しい。最悪、暴走します」
苦労させられましたよとネロはため息を吐く。
「俺はずっと探していました。壊さない炎を」
わたしの炎は、壊せない炎だ。
だから価値がないと思っていた。
なのに。
「そして見つけた。カーネリアン。
貴方こそ、制御可能な竜の炎。俺の理想的な炉心です」
「……ろしん?」
「錬金炉の中心。心臓部分のことですよ」
こうやって、わたしの疑問をすぐ回答してくれるのは嬉しい。
けれど、理解が追い付かない。
人間の言葉は難しい。
(炉の中心。わたしは燃やされるのでしょうか?)
「貴方は燃やしません。炎を吐いてくれればいい」
考えてたことを指摘され、びくんと身体が跳ね上がる。
錬金術というのは心の中まで読めるのか。
「あの……」
「顔に出てましたので、補足しました」
表情から察したらしい。
ほっと胸をなでおろす。
「もう一度言いますが、俺は深紅竜の素材に興味はありません」
彼は淡々と続ける。
「必要なのは、貴方の炎。そして制御する技術です」
「……技術、ですか」
「十年、鍛え続けたのでしょう?」
言葉に詰まる。
吐いて、吐いて、吐き続けた日々。
認められなかった努力。
「炎は才能です。ですが、その制御は貴方の努力の産物だ」
彼は断言した。
「貴方の炎は弱い。これは変わらない事実です」
ネロの視点から見ても、わたしの炎は弱い。
言葉が胸に突き刺さる。
「ですが、才能はあります」
「炎が弱いのに……才能が?」
じっとネロの瞳を見上げる。彼はこくんと頷く。
揺らぎない。澄んだ紅い瞳。
父上の冷たい深紅じゃない。暖かな紅。
「俺は、才能があるのに、それを生かさないのが許せません。
貴方を必要としてる場所、才能を生かせる場所を紹介できます」
わたしの前にそっと手が差し伸ばされる。
「俺の工房へ来ませんか」
「……工房ですか?」
「はい。王都から少し離れた山奥にあります。静かで、実験に最適な場所です」
人間の国。
追放されたわたしが向かおうとしていた場所。
「そこなら、わたしは必要とされているのですね」
「もちろん」
肯定。
心臓が跳ねる。
「俺の錬金術に、貴方の炎が必要ですから」
じわっと喜びが込みあげる。
竜の国では一切聞かなかった言葉。
誰もくれなかった言葉。
「……弱火竜だと、後悔しませんか?」
「しません。弱火竜が何だというのですか」
迷いなく言う。
「用途が違うのです。深紅竜は破壊に。俺は創造に使う」
用途。
破壊ではなく、創造の炎。
「それで、どうしますか。一緒に来ますか?」
問いは、静かだった。
強制ではない。無理強いもしない。
与えられる選択。
(どうしよう)
わたしは自分の胸に問いかける。
もう、帰る場所はない。
好きに生きろと追い出されたが、ずっと王宮で暮らしていた。
外の生き方なんてわからない。
『俺の錬金術に、貴方の炎が必要ですから』
さきほどの言葉が蘇る。
身体の奥の炎が、ゆらりと揺れた。
竜石がどくどくと鼓動する。
確かな熱を持って、後押ししている。
わたしは顔を上げた。
「……ひとつ、条件があります」
ネロの眉がわずかに動く。
「なんでしょう」
「わたしの炎が、本当に役に立つと、もっと証明してください」
静寂。
そして。
ネロは、笑った。声を出して。
にやりと笑う。挑戦を受けるといった顔だ。
「望むところです」
月明かりの下。
「これから嫌というほど証明しましょう。貴方の価値を。炎の必要性を」
弱火竜と錬金術師の契約が、静かに結ばれた。
王道を書いてみたくて、お試しで短編アップしました。
反応が良かったら続きを書くかもしれません。




