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短編置き場

【短編】追放された弱火竜、天才錬金術師に拾われる

作者: 猫猫全猫
掲載日:2026/02/25

小説を閲覧いただきありがとうございます。

感想、評価、ブクマ等いただけましたら、作者は大変喜びます。

 私の炎は、弱い。


 ――そして今日、それが正式に証明される。


 王家の竜が成竜となる時に行われる儀式。『火吹きの儀』。

 儀を執り行う広間にやってきた。

 十年前と同じ場所に、父上や兄上。そして臣下である竜たちが集っている。

 ぐるっとわたしを取り囲んで、見下ろしていた。


 深紅竜。

 原初の炎竜《ドラゴンロード=エン》の血を引く、誇り高き業火の一族。


 深紅竜の王族。クリムゾン王家。

 第一王女――カーネリアン=エン=クリムゾン。


 それが、わたし。


「始めよ」


 父上の声は、十年前よりも冷たいものだった。

 あの日、わたしは“弱い”と断じられた。


 岩を溶かせぬ頼りない炎。

 王族に相応しくない火力。


 それでも親としての情があったのだろう。


 わたしに与えられた猶予は、十年。


『人間の王族と契約する儀式までに、ふさわしい炎を示せ。

 できなければ、王家から除籍する』


 無慈悲な追放宣告だった。


 皆の冷たい視線が突き刺さる。

 わたしはぎゅっと牙を噛みしめて、目の前の鉄塊と向き合った。

 クリムゾン王家の精巧な紋章が刻まれた大きな鉄の塊。


 わたしは息を吸い込み、体内の竜石へ意識を落とす。


(どうか、わたしに力を……貸してくださいっ!)


 竜石がカッと熱くなる。わたしの身体にその熱が伝わってくる。

 ぐつり、と喉奥まで熱が満ちてきて。

 そのまま口を開けると熱を解放した。


 ゴォォ。


 吐き出した炎は――


 細い。


 けれど、揺らぎはない。

 わたしは炎を吐き続ける。


 試験台に置かれた巨大な鉄塊に変化はなかった。


 しかし。


 鉄塊の表面に刻まれたクリムゾン王家の紋章。

 その溝だけが正確に溶けていき、くり抜かれていく。


 誰よりも精密に。

 誰よりも均一に。


 どれくらいの時間、炎を吐いていたのか。

 火吹きが終わるとわたしはその場にぺたんと座り込んだ。

 兄上が近づいてきて、鉄塊を持ち上げる。


 クリムゾン王家の紋章がくり抜かれた鉄塊。

 まじまじと鉄塊を見たあと、試験台へと視線を向けた。


「試験台に溶けた鉄が溶接されている……。

 まるで装飾のようだ。こんな精密な炎の制御が可能なのか?」


 兄が感心したようにつぶやく。

 その声にわたしは少しだけほっと安心する。


 静寂。


 ……そして、結果は。


「やはり弱い」


 兄の言葉から微かに生まれた希望。

 父上のたった一言で、すべてが塗り潰された。


「十年経っても変わらぬか。

 とてもクリムゾン王家の炎とは思えぬ。嘆かわしいことだ」


 ざわめきが広がる。


「またか」

「結局十年待つだけ無駄だったと証明されたな」

「兄君の慈悲を裏切って、恥ずかしくないかしら」


「「「所詮、王女は――」」」


 ――『弱火竜』。王家の……いや、深紅竜の恥さらしだ。


 弱火竜。

 冷たい言葉が鋭い爪となり、わたしの胸をずたずたに引き裂く。

 わたしは俯いたまま、黙って皆の声を聞いている。


 最初から分かっていたこと。

 どれだけ精密でも。少しの鉄が溶かせても。

 破壊できる火力がなければ、何の意味もない。


 絶対的な破壊の炎。暴力的な火力。

 それこそが、深紅竜の国の価値基準なのだから。


「カーネリアン」


 父上が翼を広げる。風圧が空気を震わせた。


「約定の期限は満ちた」


 わたしの心臓がどくんと大きく鳴る。


 兄上――ヴァーミリオンがわたしを庇い一歩前に出た。


「父上。ネリアの炎は特殊です。

 火力こそありませんが、その炎の制御精度は歴代でも――」

「黙れ。火力なき炎に意味はない」


 断言。


 冷酷に父はわたしを切り捨てた。


「人間の王族が求めるのは我ら炎の威光。それはつまり、守護の象徴だ」


 父の深紅の瞳が、わたしを射抜く。


「ネリア。お前のちっぽけな炎では威光にはならぬ。決してな」


 胸が締めつけられる。涙は出ない。


 十年間、吐き続けた。

 吐いて、吐いて、吐いて。

 そうしたら、いつか父が、皆が認める炎を吐けると信じて。


 結果、炎は強くならなかった。

 けれど、消えもしなかった。

 一緒に燃え続けてくれたわたしの炎。


(強い炎にできなくて、ごめんなさい)


「よって」


 父は告げる。


「カーネリアン=エン=クリムゾンを王家の籍より外す。

 そして、二度とクリムゾンの名を名乗ることは許さぬ。

 ――その名は、強き炎を持つ者だけに許されるものだ」


 ざわり、と空気が揺れた。


「国を出て、人間の地へ降りよ。深紅竜の名を汚さぬ限り、好きに生きるがよい。

 ただし、二度と国には帰ってくるな。ここはもう、お前の故郷ではないと思え」


 追放。


 それは静かな宣告だった。

 兄は悔しそうに爪で地面を抉り、父に向って吠える。


「父上!!!!」

「決定だ」


 父は兄を鋭く睨みつける。

 決定は覆らない。

 本来なら十年前に追放されるはずだったから。

 今日まで竜の国においてもらえたのは、父上の温情だと理解している。


 しゃんと姿勢を正して、父上を見つめた。

 わたしはゆっくりと父上に頭を垂れる。


「……承知いたしました」


 声は震えなかった。

 わたしは火力のない弱火竜。

 けれど、クリムゾン王家の王女として育てられた誇りが、最後まで残っていた。


 せめてこれ以上、無様な姿を見せないように。


 胸の奥で、炎が小さく揺れている。

 弱き炎。王族に不要な炎。

 無駄なあがき。そのはずなのに。


(どうして、この炎は消えてくれないのでしょうか)


 ***


 わたしは翼を動かして、下界へと降りていく。

 雲海よりも高い山脈に建国された深紅竜の国。

 人間界へと続く唯一の山道を目印に進む。


「これが、外の世界……」


 外の世界は見たことのない景色が広がっていた。

 知らない植物、知らない生き物。

 きょろきょろとそれらを見つめる。


 未知との遭遇に心が弾みかけて、ふと自分の状況を思い出す。


(こんな状況じゃなければ……)


 もし、成竜として皆に認められていたら。

 追放という形じゃなくて、ちゃんとした深紅竜の王族として下界に降りていたら。


 きっと、楽しかったのだろう。


(それは、もう叶わぬ願いですね……)


 余計な思考を振り払って、わたしは一心不乱に飛び続ける。

 太陽が沈み始めても、山道は続いていた。

 それほど、人間界は遠いのか。

 あるいはわたしが弱い竜だからたどり着けないのか。


(もう、とべない……どこかで休まないと)


 山道を眺めていると、開けた空間があるのを発見した。

 おそらく人間の休憩所だろう。

 着地するのに丁度いい広さだ。


「よい、しょ……きゃ!」


 翼を動かして、地面に爪を付けた瞬間、身体がよろめいた。

 あわてて、態勢を立て直して翼をたたむ。

 自分が思っているよりも疲れていたようだ。


 近くに水の気配を感じて、水場に飛び込む。

 カラカラの喉を潤す頃には、すっかり日は沈んでいた。


(朝になったらまた長い距離を飛ばなければなりません)


 体力を回復するために早めに寝ましょう。

 そう思い、身体を丸めて目を閉じたが、はっと顔を上げる。


「火吹き……しないと」


 誰に言われたわけでもない。ただ自然と身体が動く。

 わたしは体内の竜石に呼びかけて、いつものように熱を集める。

 すーっと息を吸って、そのまま吐き出す。


 いつものように。

 いつものように。


 吸って、吐く。吐く。吐く。

 でも。


「…………なんのために?」


 吐いた炎が虚しく消えていった。


「わたしの炎は弱いまま」


 十年頑張ったけど、その努力は実らなかった。


「わたしは追放されて、もう深紅竜の国にはもどれません」


 ついに、わたしの炎が認められることはなかった。


「わたしの炎に価値はありません。

 わたしの炎など……誰にも、必要とされていない」


 これ以上、炎を吐くことに何の意味もない。

 そう思うと一気に熱が引いていく。


 視界がぼやけて、ぽろりと目から涙が溢れる。


(父上の前でも泣かなかったのに)


「――失礼。貴方の炎、もう一度見せてくれませんか?」


 突如、近くで低く落ち着いた声がした。


「誰ですか!?」


 顔を上げて周囲を警戒する。

 すると、わたしの傍に一人の人間がしゃがんでいた。

 いつの間に。一体、いつから? 気配はまるで感じなかった。


「に、人間……」


 黒衣の青年だ。

 闇のような黒髪に、異様なまでに澄んだ紅い瞳。

 腰には剣を帯刀している。


(そんな……すっかり油断していました)


 人間が使う休憩所だ。当然、人間がいてもおかしくない。

 ここに降りた時、十分に警戒して生き物の気配がないことを確認したのに。


(やはり、わたしが未熟だから……人間が接近しても気が付かなかった)


 人間には気をつけなさいと幼い頃から言い聞かされている。

 彼らは良きパートナーになり、最悪の略奪者にもなるのだと。


 最悪の状況も覚悟して、わたしはごくりと息を飲む。


(竜の身体を狙っている? いざとなったら炎を吐きかけて逃げないと)


 人間はわたしの身体を上から下までじっくり観察している。

 だけど、その瞳は獲物を狙う目ではなかった。


「貴方の神聖なる『火吹きの儀』を拝見していました。

 そして、貴方の素晴らしい炎に魅せられて、貴方を追いかけてきたのです。

 どうか、もう一度……炎を吐いてくれませんか?」


 ぞくり、と背が粟立つ。


 竜族だけの儀式をただの人間が見ていた?


(一体、どうやって。深紅竜の国は人間の立ち入りは制限されています)


 ましてや、重要な火吹きの儀を人間などが見学できるはずがない。

 隣に座る黒衣の人間は、警戒すべき相手。

 なのに、わたしの炎が素晴らしいという言葉に思わず動揺してしまう。


「素晴らしいなんて……弱い、炎です」


 そう告げると、青年は首を横に振る。


「違います」


 即答。


「弱い炎だなんて、とんでもない。出力が安定していて、質の高い炎でしたよ」


 人間が顔を近づけてきた。


「魔力波形が均一です。揺らぎがない。火力も申し分ありません。

 そう、貴方の炎は俺にとって理想的な炉心です」


 炉心。


 その言葉を、わたしは知らない。


「俺は破壊の道具も作りますが、その製造過程にまで破壊力を求めてはいません。

 破壊より制御。優れた魔力精度と質の高い炎が必要なんですよ」


 言ってることの半分も理解できない。

 けれど、わたしの炎を褒めているらしい……ということだけは分かった。

 わたしの戸惑いをよそに人間は淡々と告げる。


「貴方の炎は、破壊を至上とする深紅竜としては欠陥かもしれない」


 そして。


「ですが、錬金炉に使うのなら最高級。至上の炎です」


 世界が、止まった。


 最高級。


 至上の炎。


(わたしが?)


「あの……あなたは一体……」

「失礼。自己紹介がまだでしたね。俺はネロ=オブシディアン。

 職業は錬金術師です」


 錬金術師。

 そういえば、たまにそのような人間が国に来ていたと思い出す。


「探していました。貴方のような制御可能な竜の炎を」


 その視線から、同情ではないという思いが伝わってくる。

 この人間はわたしの炎を見て、評価しているようだ。


「わたしの身体が目当てなのでは?」


 竜の鱗も角も牙も血も。

 人間にとって竜とは全身が最高の素材になるという。


「いえ、欲しいのは素材ではありません」

「でも……」

「確かに深紅竜の素材は貴重で価値があるのは認めます。

 が、俺はその素材に興味がありません。必要なのは貴方の炎です」


 心臓が強く跳ね上がる。

 わたしの弱い炎が必要。

 そんなことを言われたのは初めてだった。


「炎。そして制御する能力に惹かれました。

 どうでしょう。深紅竜たちが不要と判断したその炎。

 俺の元で生かしてみませんか?」


 夜の風が吹き抜けていく。


 さきほどまで“不要”と断じられた炎が。

 今は“必要”だと言われている。


 答えは、まだ出せない。


 でも。


 身体の奥の炎が、今までで一番強く、熱を宿す。

 ――この瞬間、弱火竜が、初めて誰かに必要とされた。


 ***


 夜の休憩所に、重たい沈黙が落ちていた。


 弱火竜。


 その言葉が、まだ喉に引っかかっている。


 人間――ネロ=オブシディアン。

 錬金術師と名乗る得体のしれない存在。

 わたしの炎が必要だという。

 人間のいうことを、どこまで信じていいのか。


「百聞は一見に如かず。

 貴方の炎が必要だということを、この場で証明してみせましょう」


 彼は焚き火跡の前にしゃがみ込む。

 革のポーチから小瓶と金属片を取り出した。

 動作に迷いがない。慣れた手つきだ。


「まずは通常の炎を用意します」


 ネロが焚き火跡に小瓶を投げ入れる。

 小瓶がぱりんと割れ、そこから炎が生まれた。

 ごおぉと音を立てて燃え上がる炎。それは。


(わたしより、強い)


 こんなにも簡単に生み出された炎。

 胸が、ずきんと痛む。


「これを――ここに投げ入れます」


 はっと顔をあげる。


 見ると、ネロは少し離れた位置に移動して、金属片を投げ入れようとしていた。

 貴方も離れてください、とネロが警告する。

 言われた通りに離れて見守る。


 金属片が炎を潜った。熱でぐにゃっと溶けていく。

 火花を散らして、バチバチと激しい音を発している。


 突然、爆ぜた。


「っ……」


 破片が四方八方に散らばった。

 そのうち一枚が、わたしの頬をかすめる。

 カチンッと鱗に当たり、破片が跳ね返って地面に落ちた。


「通常の炎では失敗してしまう」


 破片が当たった場所から鱗が剥がれる。

 恐怖に固まるわたし。

 だけど、ネロにとっては予想通りの反応だったのだろう。


 涼しい顔で、飛び散った金属を回収している。


「このように」


 変色し、異臭を放つそれを見せてくれた。


「火力が強すぎたのです。魔力も不規則に染み込んでいます。

 こうなると、この金属はもう使えません。ただの廃棄物です」


 一瞬、炎に触れただけ。


 それで即座に反応して、ダメになってしまった。


「……とても繊細な金属なのですね」

「いい観察眼です。この金属片は非常に不安定で取り扱いが難しくなっています」


 ネロはふぅと溜息を吐く。

 ダメになってしまった金属片を残らず回収して、また新しい金属片を取り出した。


「では、次にカーネリアン。貴方です」

「は、はい」


 思わず声が上擦る。


「この金属片に炎を吐いてください。先ほどと同じ出力で構いません。

 強くしようとしなくていい」

「……弱いままですか?」

「ええ。そのままで」


 その言い方が、妙に優しい。

 わたしは戸惑いながらも、竜石に意識を落とした。


(いつも通りに……ずっとやってきたことをやるだけ)


 ぐつり、と熱が満ちる。

 喉元にまでせりあがってきた熱を解放。

 細く、揺らぎのない炎を吐き出した。


 ネロは棒のような道具で金属片を摘まんで、炎に近づける。


 金属片をよく見ると、銀色の合金だった。

 うっすらと赤い模様が混じっている。


「これは王都の錬金術師が錬成に失敗した残骸です。

 通常は専用の施設で処分されるのですが、貴方の炎なら……」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、炎が金属を包んだ。

 先ほどの光景を思い出し、思わず後ずさりそうになる。


「大丈夫です。そのまま、吐き続けてください」


 大丈夫。

 ぎゅっと爪に力を入れて、その場にとどまり、火吹きに集中する。

 細く、静かに。


 ――爆発は、起きない。


 金属片は静かだ。

 炎に揺られて赤く染まり、ゆっくりと溶けていく。


 ネロの瞳がわずかに見開かれた。


「……温度変動、極めて一定。魔力の散布率均等。誤差一%未満」


 彼は片眼鏡をかけると、ぶつぶつと何やら計算している。


「数値が、ほとんど揺れない」


 レンズには良くわからない数式が写っていた。


「信じられない」


 金属片は均一に溶けていく。

 やがて銀色の中から、赤が分離して浮き上がる。

 ネロは素早くそれを掬い取り、型へ移した。


「完成です」

「……え? もう、ですか?」


 完成。

 あっさりと言われて目をぱちぱちさせる。

 あまりにもあっけなく終わったので、わたしは呆けた顔でネロを見た。

 ネロは誤解のないように、と前置きして説明してくれた。


「本来なら複数人がかりで温度調整する工程なのです。

 しかも成功率は三割ほど。時間ももっとかかります」


 とても大変な作業を貴方はやってのけたのです、とネロは言う。


「人件費も労力も馬鹿にならない。

 苦労したわりに得るものも少ないので、通常はこのような残骸は即処分します。

 カーネリアンのおかげで、この残骸は無駄にならずに済みます」


 滑らかな赤い板が出来上がる。


「竜血鉄。極めて劣化の少ない状態で抽出できました」

「……炎の匂いがします。これは、仲間の気配」

「竜血鉄は竜族の血が地面に染み込み、長い年月をかけて金属となったもので。

 竜の種類によってその性質は変化します。

 この竜血鉄は炎の性質。つまり、炎の竜の血が変化したものです」


 わたしのちょっとした疑問。

 ネロは即座に拾って、丁寧に説明してくれた。


 だから仲間の気配を感じたのか。


 もう一度赤い板を見つめる。

 ひびも歪みもない。

 綺麗な仕上がり。


「さぁ、これが貴方の炎の価値です」


 胸の奥が、じわりと熱くなる。


「でも……火力は……」

「火力が必要なのは戦場です。錬金術は違う」


 彼は真っ直ぐにわたしを見る。


「……完璧なのです」


 興奮しているのか、彼の声が震えている。


「魔力放出。制御。持続。均一性――すべて理想値です」


 理想値。

 また、褒められた。胸が熱い。

 本当に、ネロはわたしの欲しい言葉をくれる。


「深紅竜の炎は強すぎる。魔力のむらが多すぎて素材を壊す。

 暴力的な魔力は制御が難しい。最悪、暴走します」


 苦労させられましたよとネロはため息を吐く。


「俺はずっと探していました。壊さない炎を」


 わたしの炎は、壊せない炎だ。

 だから価値がないと思っていた。


 なのに。


「そして見つけた。カーネリアン。

 貴方こそ、制御可能な竜の炎。俺の理想的な炉心です」

「……ろしん?」

「錬金炉の中心。心臓部分のことですよ」


 こうやって、わたしの疑問をすぐ回答してくれるのは嬉しい。

 けれど、理解が追い付かない。

 人間の言葉は難しい。


(炉の中心。わたしは燃やされるのでしょうか?)


「貴方は燃やしません。炎を吐いてくれればいい」


 考えてたことを指摘され、びくんと身体が跳ね上がる。

 錬金術というのは心の中まで読めるのか。


「あの……」

「顔に出てましたので、補足しました」


 表情から察したらしい。

 ほっと胸をなでおろす。


「もう一度言いますが、俺は深紅竜の素材に興味はありません」


 彼は淡々と続ける。


「必要なのは、貴方の炎。そして制御する技術です」

「……技術、ですか」

「十年、鍛え続けたのでしょう?」


 言葉に詰まる。


 吐いて、吐いて、吐き続けた日々。

 認められなかった努力。


「炎は才能です。ですが、その制御は貴方の努力の産物だ」


 彼は断言した。


「貴方の炎は弱い。これは変わらない事実です」


 ネロの視点から見ても、わたしの炎は弱い。

 言葉が胸に突き刺さる。


「ですが、才能はあります」

「炎が弱いのに……才能が?」


 じっとネロの瞳を見上げる。彼はこくんと頷く。

 揺らぎない。澄んだ紅い瞳。

 父上の冷たい深紅じゃない。暖かな紅。


「俺は、才能があるのに、それを生かさないのが許せません。

 貴方を必要としてる場所、才能を生かせる場所を紹介できます」


 わたしの前にそっと手が差し伸ばされる。


「俺の工房へ来ませんか」

「……工房ですか?」

「はい。王都から少し離れた山奥にあります。静かで、実験に最適な場所です」


 人間の国。

 追放されたわたしが向かおうとしていた場所。


「そこなら、わたしは必要とされているのですね」

「もちろん」


 肯定。

 心臓が跳ねる。


「俺の錬金術に、貴方の炎が必要ですから」


 じわっと喜びが込みあげる。

 竜の国では一切聞かなかった言葉。

 誰もくれなかった言葉。


「……弱火竜だと、後悔しませんか?」

「しません。弱火竜が何だというのですか」


 迷いなく言う。


「用途が違うのです。深紅竜は破壊に。俺は創造に使う」


 用途。

 破壊ではなく、創造の炎。


「それで、どうしますか。一緒に来ますか?」


 問いは、静かだった。

 強制ではない。無理強いもしない。

 与えられる選択。


(どうしよう)


 わたしは自分の胸に問いかける。


 もう、帰る場所はない。

 好きに生きろと追い出されたが、ずっと王宮で暮らしていた。

 外の生き方なんてわからない。


『俺の錬金術に、貴方の炎が必要ですから』


 さきほどの言葉が蘇る。

 身体の奥の炎が、ゆらりと揺れた。

 竜石がどくどくと鼓動する。

 確かな熱を持って、後押ししている。


 わたしは顔を上げた。


「……ひとつ、条件があります」


 ネロの眉がわずかに動く。


「なんでしょう」

「わたしの炎が、本当に役に立つと、もっと証明してください」


 静寂。


 そして。

 ネロは、笑った。声を出して。

 にやりと笑う。挑戦を受けるといった顔だ。


「望むところです」


 月明かりの下。


「これから嫌というほど証明しましょう。貴方の価値を。炎の必要性を」


 弱火竜わたし錬金術師ネロの契約が、静かに結ばれた。

王道を書いてみたくて、お試しで短編アップしました。

反応が良かったら続きを書くかもしれません。

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