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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

蛍シリーズ

蛍には今しかない。

作者: 十十廃色
掲載日:2025/11/25

【新しい出会い】


 高校二年生に進学した私は、クラスメイトからの推薦で、学級委員長を務めることになった。性には合わないが、せっかく任された役目なので、精いっぱい頑張ろうと思う。これからも、応援よろしくね。

 というわけで、さっそく仕事が舞い込んできた。先生からの依頼である。内容は、クラスで浮いている子と、仲良くしてあげること――か。面倒だが、難易度はそこまで高くない。私にかかれば、イージーゲームだ。

 クラスで浮いている子の名前は、涙浜(るいはま)結衣(ゆい)という。資産家の令嬢らしく、言葉遣いだけは丁寧な美少女である。丁寧といっても、涙浜さんはただ敬語を使っているだけなので、あくまでも高校生にしては言葉遣いが丁寧だねって意だ。勉強は不得意らしく、テストで赤点を取ることはないものの、基本的はクラスの平均以下だそうだ。ちなみに、運動神経は抜群であり、ウチのサッカー部は涙浜さんのワンマンチームである。涙浜さん以外は、そもそもボールにすら触れていない。去年は、全国大会を優勝したらしい。

 勉強(と友達)ができないという欠点を除けば、涙浜結衣という少女は完璧――いや、完結している。サッカー選手として余裕で食っていけるだろうし、持ち前のルックスで、インフルエンサーにだってなれるだろう。どの職業にもコミュニケーション能力は不可欠だが、涙浜さんは別に、人と話せないというわけではない。ただ、少し控えめなだけだ。だから多分、大丈夫だろう。

 だから、涙浜さんは完結している。人生の展開がもう、見えてしまっている。とても幸せな未来が。

 涙浜さんは――()()()()()、と言った。

「わたしは別に、幸せになりたいわけではないのです。いえ、幸せにはなりたいのですけれど……、なんていうか、自分の手で掴み取りたい、という感じなのかもしれません。わたしはサッカーが人より少し得意ですけれど、それは親の遺伝子がよかったからであって、自分の力ではありません。自分で言うのもなんですが、わたしはとても美しい容姿をしています。でも、それだって親の遺伝子です。わたしが自分で勝ち取った力ではないのです」

 スキンケアもしていないんです、と噓みたいなことを言う涙浜さん。だけど、嘘みたいなことでも、信じさせる説得力がそこにはあった。クラスでは浮いているくせに、涙浜結衣にはカリスマ性があったのだ。

「……なるほどね。でも、それなら涙浜さんは、いったいどうするつもりなの?」

「どう、とは?」

「自分の手で幸せを掴み取りたい、みたいなことを、言ってたよね。それって、具体的にどうするつもりなの?」

 この問いかけは、ただの好奇心によるものだった。現実を見ろとか、そういうことが言いたいわけではなかった。そんなの、まるで大人みたいじゃないか――だけど、涙浜さんはそう受け取ってしまったようで、それでも表情を崩さずに、微笑みながら彼女は言った。

「わたしは、理論なんかより理想を求めたいのです。現実なんて、見たくありません。だから、そういうことは考えません」

 それはただの逃避だよ、と言いたいところだ。涙浜結衣が何者でもないとは言いづらいが、何者でもない人間がそんなことを言っても、格好は付かない。『理論なんかより理想』は、そういえば私の好きなラッパーが言っていたような気がするけど、どの口が何言うかが肝心ってのは本当だったんだな。涙浜さんに言われても、と思ってしまう。ついさっきの説得力はどこに消えたのだ。

 おそらく、結果が伴っていないからだろう。涙浜さんの今の言葉は、まさしく口だけの言葉だった。まだ、彼女はなにも成し遂げていないのだ。なにもしていないヤツが、偉そうなことを言ったとて、誰が相手にする? そういうことだろう。

 あと、普通に逃げに聞こえる。

「それは悲しいことですね。でも、仕方のないことでもあります。結果は大事ですから。わたしとしては、結果よりも過程を重視したいところなのですけれど……」

「それは夢物語じゃない?」

 ついマジのトーンで返事してしまった。

「そうですね。だから現実にします」

 さらっとそんなことを言う涙浜さんだけど、本当にそんなことができるのだろうか。私は、信じていない。

 というわけで、今は涙浜さんと帰宅している途中である。住んでいる地域が同じようなので(高校生になってひとり暮らしを始めた。とても快適だ)、親交を深めるためにも、こうして一緒に下校しているわけなんだけど……。正直言って、会話が弾んでいるとは言い難い。それに、華の女子高校生が話すような内容でもない。女子高校生って、スタバスタバ言っておけばいいんじゃないの?

「……どこか、寄り道しようよ。涙浜さんの好きなところでいいから」

「いえ、わたしに好きな場所なんてものはないので、寄り道をするのであれば、常盤(ときわ)さんが決めてください」

 反応に困る。というか、ジョークではないのだろう。涙浜さんは多分、普通に話しているつもりなのだ。私の普通を押し付けたいわけではないが、これはかなり苦しい。涙浜さんなりに、私に気を遣ってくれているという捉えかたもあるか。

「……じゃあ、ミスドで」

「了解です」

 涙浜さんは、良いとも悪いとも言ってくれない。おそらく、ここで自分を出すつもりはないのだろう。全てを私に委ねている。これ、下手すればラブホテルに連れていけそうじゃないか? そんな邪な考えが浮かんだところで、私はあることを思い出す。

 そうだ、私は担任から教えられているんだった。

 涙浜さんの、過去について。

「……」

 男性恐怖症について、理解が深いほうではない。私にとって、大抵の男は敵ではないからだ。だけど、涙浜さんにとっては違う。いくらサッカーが上手くとも、喧嘩が強いわけではないし、サッカーでだって、男と比べれば見劣りするはずだ。そのぐらい、男女の差は大きい。

 涙浜結衣は、とある事件の影響で、男性恐怖症になった。異性とまともに会話することもできず、一時期は視界に入れるだけでパニック発作を引き起こすほどだったそうだ。担任は言っていた。

「涙浜さんは扱いが難しいよ。良いとこの娘さんだから、対応しないわけにもいかないし。あーあ、本当に面倒くさい」

 教師志望の千夏には見せられない、教師の闇である。闇っていうほど、大げさなもんでもないんだけど。

「……あの人がそんなことを?」

「うん、言ってたよ」

 先生の気持ちは存分に理解できるし、別に先生のことが嫌いなわけではないのだけど、なんとなく、チクりたくなった。チクる一番の楽しみは、相手の反応を間近で見れることだ。だから、涙浜さんがどんな反応をするのか、見てみたかったのだ。

 だけど涙浜さんは、

「意外ですね。もっと、熱血みたいな先生かと思っていました」

「うーん、そう?」

 反応が薄い。きっと、涙浜さんにとって先生は、心底からどうでもいいと思っている相手なのだろう。だから、反応しないでいられるのだ。私だったら、絶対にムリである。反応してしまう。

「わたしが血も涙もない人だみたいな言いかたはやめてください。涙浜なのに……」

 苗字には涙が入っている。私は素直に謝ることにした。

「ごめんね。でも、なんだか、そういう感じじゃない?」

「どうなのでしょうか。わたしは結構、人間に興味を持つタイプの人間だと思っていますけれど。……でも確かに、あの先生に興味は、ないかもしれません」

 可哀想な先生だ。

「涙浜さんって、意外と面白いんだね」

「……面白いって。わたし、面白がられているのですか?」

 思ってもいないことを言ったら、おバカな返事が来てしまった。私への罰だろうか。

 安心して。涙浜さんは、別に面白くないよ。意外でもなんでもないよ。大丈夫だよ――なんて、今さらフォローするわけにもいかない。

「あなたが面白いだけだよ」

「そうですか。あと、訊きたいことがあるのですが」

「ん?」

 なんだろうか。もしかしたら、好みのタイプでも聞かれてしまうかもしれない。狙われている可能性があるな、これ。こわぁ。

「なに? 訊きたいことって……」

「常盤さんは、どうして自分を演じているのですか?」


 私は涙浜さんの問いかけをスルーした。答えたくない、という意思表示である。というか、答えられない。

 言語化はしたくなかった。せっかく少し忘れかけてたのに、また思い出してしまったじゃないか――なんて文句を付けるのもいいけど、別に涙浜さんのせいではない。忘れかけてた、なんて自分に対する噓でしかないのだから。

 高校二年生にもなって、未だに私は覚えている。兄の死を、兄のことを、兄への気持ちを。あの出来事を、詳細に覚えている。私の中で、お兄ちゃんはまだ過去になっていないのだ。ずっと今を生きている。忘却探偵でもないのに、昨日が過去になったりはしない。

 私は未だに、兄を卒業できていない。中学は卒業したのに。ずっと後悔している。

 初めて後悔の味を知った。そして、これは二回目だ。

 涙浜さんと、関わらなければよかった。学級委員長になんて、ならなければよかった。高校進学を機に、少しでも自分を変えようとしたのがマズかったのだろう。頼れる人気者、というイメージをみんなに定着させてしまったせいで、こんなことになっている。自業自得でしかない。

 でも、少しぐらい許してくれたっていいじゃないか。もうそろそろ、私を解放してくれたって、いいじゃないか。

「……大切な人の死、とかですか?」

「え」

 は?

 私は確かに、涙浜さんの問いかけをスルーしたはずだ。なにも答えていないし、声も出していない。まさか、涙浜さんには読心術が使えるだとか、そんな話ではないだろう。いったい、どういうことだ?

「ただの勘です。なんだか育ちが悪そうだったので、家族関係のトラブルが原因かなと思っただけです」

「それ、失礼だとは思わないの?」

 ……勘か。そういえば、私は少し前まで、なにかを考えるのにハマっていた。たとえば、殺人事件の犯人を考えたり、その動機を考えたり。色んなことを考えてきた。だけど、私は別に名探偵でもないので、できることと言えば精々、情報に答えを無理やりこじつけることぐらいだった。

 でも、今は、そんなことしない。だって、殺人事件がそもそも起こらないのだ。知り合い同士のトラブルに巻き込まれることはしょっちゅうあるが、高校生になってからは、一度も殺人事件を経験していない。きっと高校では、平和に暮らせるのだろう。

 ……兄を忘れられない平和だなんて、私には必要ないんだけどな。

「……お兄ちゃんが死んだの」

 私は、(相手からすれば)脈略なく、唐突に自分語りを始めた。もしかしたら私は、今まで誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。自身の不幸と、罪を。そして、慰められたかったのかもしれない。誰かに。

 そんなことができる、誰かに。

「血は繋がってなかったんだけどね。そして、私とお兄ちゃんは特別な関係だったの。キスとか、そういうことをする仲」

「……」

 そういえば、ある事件――伏せる必要もないが、性暴力を受けたことで男性恐怖症になった(らしい)涙浜さんに、そういうセンシティブな話をしてもいいものか、というか異性の話をしてもいいものかと少し不安になったが、どうやら問題はなさそうだった。

「……でもある時、私は思ったわけ。『このままじゃいけない』ってね」

 だから、私は兄との異常な関係を切った――兄を切り捨てた。見捨てて、見殺した。いや、見てもいなかった。

「お兄ちゃんは自殺した」

「なるほど。兄を殺してしまった罪悪感が、あなたを変えたのですね」

 別にそんな、単純な話ではないのだけど……。まぁ、なんでもいいか。どうせ、大枠は合っているのだ。

「罪悪感なんてないわ……。だからこそ、私は苦しんでるのよ」

「……やっと、素のあなたとお話ができましたね」

「別に」

 素なんて、そこまで特別なものでもないだろう。頼まれれば、いくらでも見せてやるぐらいである。金は払ってもらうにせよ。

「有料でも構いませんよ」

「構いなさいよ」

 そういえば、涙浜さんの家ってかなりお金持ちなんだっけ。ミスドとか、食べたことあるのかな。気になったけど、流石に今訊くことではない。

 今は兄の話――じゃなくて、私の話だっけ?

「……てか、涙浜さんが素の私とお話できて喜ぶのはなんで?」

「わたしに心を開いてくれたみたいで、嬉しいからです」

 涙浜さんに心を開く――か。

 無理だろうなぁ、と思う。

「……」

 ただ、あまりにも底知れない涙浜結衣という人間に、私が好奇心を抱いていることは確かだった。おそらく生まれて初めてだが、私は人に興味を持った。

 なるほど、興味深い。

 心を掌握された気分だった。

 素の私を引き出されて、余計なことまで喋ってしまった。

 ああ、面白い。

「……涙浜さん。いや、結衣ちゃん」

「?」

「私たち、友達にならない?」

 次は、お前の中身を見てやる。素を引き出して、そのまま飼い慣らしてやる――私はそう思った。

 初めて、きちんとした目的ができた。目的はきちんとしてないけど……。

 ……ここでネタバレをすると、私はその目標をすぐに忘れる。私には、未来のことなんて考えられないのだ。だから、過去のように、未来のことも忘れてしまう。

 だけどそれと一緒に、私は兄のことを忘れることができた。二年以上過去にできなかった、あの忌々しい事件を、すっかりと忘れることができた。

 新しい出会い。きっといつか、忘れてしまうだろうけど、大丈夫。

 私は今を生きている。

 目標も経験も、どうせ私は忘れてしまう。でも、

 私は今だけを生きている。




【掬う】


 同じ高校出身で、なんなら三年次ではクラスメイトだったらしい持田(もちだ)小春(こはる)は、画面を見ずにスマホを操作しながら気だるげに言った。

「ほたるって、あんまし友達のこと大事にしないよね」

「……え?」

 いきなりそんなことを言われて、動揺しないヒトはいないだろう。戸惑っていると、小春はさらに死体蹴りの一撃を繰り出してきた。

「お金と友達の命だったら、お金を取りそう。自分のためなら、友達なんて簡単に切り捨ててそう」

「そ、そんなこと……」

 ないとは言えない。私が友達を大事にしたことなんて、一度もない。小学校中学校高校と、常に友達に囲われていた私だけど、そんな私が大事にしていたのは、家族である兄だけだった。いや、今考えれば、私は兄のことも大事にしていなかったのかもしれない。死んだらしいけど、私は彼のことをほとんど覚えていないのだ。昔の友達のことも、同様に。

 千夏のことだけは、なんとなく覚えているけど。高校二年生の後半に、私は千夏のいる高校に転校した。キャラ変はやめたので、そこではクラスの人気者になることはできなかったけど、千夏とは結構仲良くした思い出だ。あの頃は楽しかったなぁ、と思う。

 そのまま大学に進学した。でも、私にはやりたいことなんてなかった。すでに、水泳で莫大な稼ぎを得ている私なので、将来の夢なんてものはなく、むしろ今が将来みたいなものだ。だから、頑張る理由もない。

「……」

 大学で知り合った友達が、持田小春と有栖川(ありすかわ)叶愛(かなえ)。現在は、同じミステリ研究会に属している。とはいえ、私は基本的にバトル漫画かラブコメ漫画しか読まないし、小春は本を読まない。ミステリを心から愛しているのは、叶愛だけだ。

 大学に入ってからは基本、同研の三人組でつるんでいるのだけど、今日は珍しく叶愛に予定があった。最近できた彼氏とデートに行くらしい。だから今日は珍しく、小春とふたりきりだった――で?

「……どうして私はそんなことを言われなきゃいけないのかな」

 私はなるべく感情的にならないようにして訊いた。いや、別に怒っているわけではないのだ。家族を殺されたわけでもあるまいし、怒るほどのことではない。でも、どうしてそこまで言われなきゃならないのか、私には分からなかった。気になる。

「いや、思ったことを言っただけだよ。なんか見た感じそうかなって思ってさ。不快にさせたらごめんね」

 ……なるほど、実に小春らしい。

 好ましい言いかたをするなら、小春は正直者だ。正直だからといって常識があるとは限らないわけだけど。

「不快……うん、そうだね。ちょっと気分悪いから、あんまりそういうこと言わないで……」

「うん。もう言わない。わたしは人の気持ちを考える」

 相変わらず個性的なキャラクターだ。小春は自分で自分のことを常識人だと思っている節があるのだけど、それは大きな間違いである。というか明らかだろう、明らかに。

 自身を客観視できないと、大変なことになるぞ。

「客観視って。そんなの、お客さんは神様だって言ってるようなもんでしょ?」

 思想が強い――のではなく、的外れだ。

「叶愛の彼氏についてなんだけどさ」

「ん……」

 小春がいきなり話を変えた。置いてかれそうだ。

「結構ヤンチャっぽいよね、あの人」

「ああ……」

 叶愛を一言で表すなら、彼女は『清楚系美少女』だ。それも、ただの美少女ではない。叶愛は、本当に冗談抜きで日本一可愛い。いや、世界一かもしれないぐらい、美しい。

 物腰は柔らかく、口調は丁寧。礼儀は正しく慎ましやか。モデルなんかやったら、一瞬で世界をかっさらってしまうぐらいの美美美貌を持った、ラノベにしかいないような完璧美少女である。

 しかし、そんな叶愛が選んだ彼氏は、まさかのヤンチャ系だった。

「クスリやってるって話もあったけど、実際のところはどうなの……?」

「アレは確実にやってるよ。腕に注射痕残ってるし」

 本当、どうして叶愛はそんなヤツを彼氏に選んだんだろう。そういえば最近あの子、ヒップホップにハマってたっけ。

「ヒップホップを悪いもんとして括るのはどうかと思うけどね。わたしはめっちゃ好きだし」

「それこそ聴く人によるんじゃない? 知らないけど……」

 たとえば、叶愛みたいな女の子が、悪い彼氏の影響でヒップホップにハマりだした。これは、悪いこと?

「良いことじゃないの?」

「でも、悪い彼氏の影響だよ。略したら悪影響……」

 ……私が言いたいのは、そんなことではない。もっと、ワガママなことだ。

 ヒップホップに文句が言いたいわけではない。もちろん、叶愛にも。私はただ、叶愛が悪い彼氏に影響されてしまった、というのが気に食わないだけなのだ。だから多分、演歌でも同じことを言っていただろう。

「昭和歌謡がbro、みたいな?」

「悪い彼氏の影響でそうなったなら、なんか嫌だな……」

 ま、個人の自由なんだけど。

 私はこの話を、そう締めくくった。

 そしてあれから、数日が経過した。


「彼氏とはもう別れました」

「……そうなんだ。ご愁傷さま」

「いえ、悲しくはありません。私はあの人を軽蔑します」

 ということらしい。

 叶愛の元彼――並日(ならびひ)日南(ひなみ)は、本当に最悪な男だった。ヤンチャ、なんてもんじゃない。クスリを売ったりやったり、あるいは人を売ったり()ったりと、まさに悪行三昧だ。あーあ、死んでくれてよかった。別れさせるために、色々手を打ってはいたけど、まさかあんなことになるとは思わなかった。

 そのへんの話は省略するが。

「当分、彼氏は作りません。ふたりと一緒にいます」

「うんうん、そのほうがいいよ」

 小春は上機嫌にそう言った。小春は叶愛のことをとても気に入っているのだ。もはや、崇拝していると言ってもいいかもしれない。そのぐらい、小春の叶愛愛は強い。

「……アレはどうするの? 叶愛」

「どうしましょうか」

 私の問いかけに、叶愛が困った顔をする。実は、並日日南関連の事件は、未だ解決していないのだ。

 その理由は、叶愛にある。叶愛のせいと言うつもりはないが、彼女が責任を取るべきことなのは間違いない。

 並日日南のせいで不幸になった人間――たとえば、家族を目の前で殺された人。あるいは、借金を負わされた人。脅しや暴力によって、様々な行為を強要された人。薬を押し付けられ、破滅した人。私たちが把握しているのは八十人ぐらいだが、実際にはもっと多いはずだ。

 そんな人たちに対し、叶愛は宣言したのだ。

「私が、あなたたちを救います。あなたたちが普通の、幸せな暮らしを送れるようになるまで、懸命にサポートすると誓います」

 別れ話をする前に並日日南が死んでしまったため(その後、並日の死体に向けて『私はもうあなたの彼女ではありません』と言って別れた)、その頃はまだ並日の恋人であった叶愛は、あろうことか、責任を感じてしまった。恋人の罪は、一緒に背負わなければならない――そう思ってしまったそうだ。馬鹿げている。

 現実的に考えて、流石に無理がある。たったひとりの大学生が、八十人もの人間を幸せにしてみせると。いやいや、いくら叶愛でも、それは無理だ。常識のある私なんかは、そう思う。言ったら、

「人間に不可能はありません」

 と返された。いや、たくさんあるよ。

 実際問題、課題が多すぎる。たとえば、お金の問題だ。叶愛は、お金が稼げない人(中学生だとか、職を失った人だとか、精神的に追い込まれた人だとか)のために、普通に暮らせるだけの資金を援助するというのだ。全体の約七十パーセントがそれなのにも関わらず。また、無職の人にも、就職できるまではそうするらしい。

 大体、六十人ぐらいの人が普通に暮らせるだけのお金って、一ヶ月につき六百万円以上はかかるだろう。家がお金持ちなわけでも、バイトをしているわけでもない叶愛が、そんな大金を用意できるわけないだろう。

「私ならできると思います。たとえば、私がユーチューバーになったとします――おそらく、数千万以上は稼げるでしょう。一日で」

 否定はできなかった。そういえば、叶愛には武器があるんだった。世界一の美貌という、およそ最強の武器が。その他を圧倒する容姿だけで、おそらく何億もの大金が動く。国家予算なんて、余裕でオーバーしてしまう。

「……」

 それに、不可能だと切り捨てていたけど、それは叶愛ひとりだったらの話だ。私や小春が協力すれば、なんとかなりそうな気もする。

「……協力していただけるんですか?」

 ?

「当たり前でしょ。友達なんだから」

「当たり前じゃん。叶愛はわたしの友達だもん」

 

 とりあえず、叶愛に一千万円を渡した。

「えっと、これは……?」

「私、一応プロ選手だから。贅沢もしないし、税金も少しだけ誤魔化してる」

「汚いお金じゃないですか!」

「冗談だよ」

 税金はきちんと支払っている。つい最近、コナミオープン水泳競技大会で世界新記録を樹立したので、三千万円が贈呈されたのだ、私に。自分は大金を用意できるのに、叶愛にはできないと決め付けた。まぁ、傲慢である。自信満々かってんだ。

 私にできるなら、叶愛にできないはずがない――だけど、今すぐには流石に無理だろう。いくら叶愛であっても、システム的に厳しいはず。だから、まずは私が支払おう。私、お金持ちだし。

「うわ、ズルじゃんほたる。わたし、全然活躍できないし」

「小春は並日日南を確保する時に活躍してくれてたでしょ。アジトの情報とか、よく分かったね……。並日はあの後、なぜか死んじゃったけど」

「あはは……」

 小春はなにかを誤魔化すような笑みを浮かべた。もしかして、並日を殺したのって、小春だったりするのかな。それとも、小春は事情を知っているのかも。まぁ、なんでもいいか。

「ありがとうございます、ほたる。本当に助かりました」

 叶愛は深いお辞儀をして、感謝の言葉を口にした。礼儀正しい。

「どういたしまして……」

 感謝され慣れていないので、どう返事をすればいいか困った。とりあえず、反射的にどういたしましてと言ってしまったけど、果たしてこれで大丈夫なんだろうか。コミュ力があるわけではない私なので、正解が分からないのだ。

 まぁでも、助けになれて助かった。

 私でも人を救えるという事実に、私自身が救われている。


 叶愛が去った後、私はまた小春とふたりきりになっていた。

「叶愛は偉い子だね。偉人だね。見ず知らずの八十人を、助けようとするなんて」

「……そうだね」

「あの子はね、理想を現実にしちゃうんだよ。綺麗ごとを当たり前のことにしちゃうの」

 小春が、昔からの友達を語るかのように、叶愛のことを語っている。言っておくけど、小春よりも私のほうが先に叶愛と出会ったんだからな。まぁ、そんなことは本当にクソどうでもいいことなんだけど。

「凄いよね、本当に。別格すぎて、劣等感が刺激されることもないし」

「なんか、別次元の人って感じ……」

 とりあえず、便乗しておく。それっぽいことを言っておけば、人は勝手に会話している気になってくれるのだ。

「ほたるもわたしにとっては別次元だけどね。友達とはいえ、他人に一千万円をひょいと渡しちゃうなんて。別にアレ、貸したわけじゃないんでしょ?」

「友達に貸すわけないでしょ……」

 人を、しかも友達を借金地獄に陥れる人間なんて、並日だけで十分だ。並日は、自分の親さえ地獄に落としていたけど。また、姉には身体を売らせていたし、親戚の子供にはクスリを売っていた。身内にさえも、容赦ない。

 友達にお金を貸すということは、つまり友達に借金をさせるのと同義である。借金は総じて地獄なので、友達を地獄に落としているということになるのだ。友達を大事にしない私でも、友達を地獄に落とすのは流石に勘弁だ。

 私は非道ではない。非情であっても。

「……ごめんね、ほたる」

「え?」

 なんのこと?

「ほら、わたしこの前言ったじゃん。『ほたるは友達を大事にしない』って。でも、そうじゃなかったからさ」

 ……見直してくれていたのか。地味に少し傷付いていたから、それはよかった。

「ほたるは優しいんだね。見直した」

「ありがとう」

 私は素直にそう言った。嬉しかったから、そう言った。

「でもさ、ほたる。ひとつだけ訊かせてほしいんだけど」

「……なに?」

 小春は真面目な顔で、小さく問いかけた。様子はまるで、私に気を遣っているようだった。

「ほたる、どうしてそんなに不安そうなの?」

 ……不安?

「別に、不安なんて感じてないよ……」

「でもさ、なんか変じゃない? だってほたる、異常に三点リーダー多いし。なんていうか、臆病な感じ」

 ……。

 私の中で、未だ過去になっていない出来事がある。

 それは、高校時代の友達である、涙浜結衣について。

 私が変わったんだとしたら、それはおそらくそれが原因だろう。

 もしかしたら、私はあの時のことを、一生過去にできないのかもしれない。

「……なんでもないよ。大丈夫」

 私、元々こういう話しかただから。私はそう言って誤魔化した。

 友達に嘘をつく罪悪感も、未だに私を捕らえる、過去にならない昔も、叶愛の献身も、私の非情も。

 結局、それらに意味があるのは今だけだ。過去になれば、それは別物になる。

 大丈夫。いつか、必ず過去になる。

 全てが過去になれば、きっとこの気持ちを忘れられる。

 この()()()も。

 私は今を生きている。

 生きていれば、きっと良いことは起こる。いつかの未来に今となる、良いことをきっと楽しもう。

 私は今だけを生きている。

 ほたるちゃんを書くのが楽しい。

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