第7章:入学式 :ここで「おやすみなさい」をしますです。こうして夜中に起きちゃって、ごそごそ・シコシコと更新やりだすなんて、ようやくぼくも「物書きらしく」なってきたのかな♪
・・・すげえ数だったね。
体育館自体もかなり広いし、
中に入ってる人間の数そのものも、
母校、川崎小学校の比じゃない。
ぼくらの世代は、『第二次ベビーブーム』といって、
そもそもが、日本中に子供らがあちらこちらに大量にあふれかえっている年代層だったんだ。
・・・やたら子供が多かったね。
川崎小学校は、前にも書いたけど、
基本、「一学年ひとクラス制」だったから、児童の数など、タカが知れてる。
ところが、
矢板中学校は、
それこそ、矢板一円からの小学校出身の児童が集まってくる「マンモス中学校」だったわけだから、
単純に「10倍」は人がいたよ。
・・・それは教師陣も同じ。
小学校では、音楽と家庭科以外の教科は、
基本、すべて担任が授業をやってた。
(・・・ちなみに、ぼくが小学5年のときの担任が「北野武先生」で、音楽の授業担当が4年生らの担任の男性教師「吉沢先生」、家庭科担当が、美絵子ちゃんたち2年生の担任の「鈴木里美先生」だった。)
ところが、
同じ義務教育なのに中学校では、
科目・教科ごとに、担当する先生が変わる。
・・・そんなことなんてツユとも知らなかったぼくは、
校長からの訓辞でそのことを聞かされたときに、
なんだか、かなり「不安」になったね。
アレはちょうど・・・そうだなぁ・・・。
生まれてからずっと家の中に閉じこもって育ったぼくが、
ある日とつぜん、
見たことも会ったこともねえ先生方や仲間が待つ『未知の環境である矢板市立第3保育所』にブチ込まれたときの、
あの日の心境に近かったんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・むかしの中学生って、
まるでオトナみたいに「老けて見えた」から、
入口からクラスごとに分けられて体育館に入場したときには、
そうした「老けた先輩たち」の間を通ったときに、
いきなり『オトナの世界』に突入した・・・
って錯覚を起こしたものだ。
あ、そうそう。
まえに、
「入学式後に、そとのバックネットでクラス分けの張り紙を見た」って書いてしまったようだけど、
アレ・・・
順番がさかさまだったわ。
だってさぁ、
自分が振り分けられる「クラス編成」も知らんのに、
クラスごとに分かれて、体育館に入場できるはずがないから。
・・・こうして過去を振り返りながら、
自分の中の「記憶違いの部分」について、
きちんとプロファイリングし、ひとつひとつ誤りをただしていくってぇのも・・・
なかなか「オツで風流な趣味」じゃあないかい・・・?
なんちゃって❤️




