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星の彼方で交わした約束  作者: 鈴仙月兔
序幕:流星墜ちる祭典
2/3

「彼岸」へと至る星の門

ご一読いただき、ありがとうございます。


 あの細長い光が、空をゆっくりと切り裂き、まばゆいばかりの軌跡を引いていた。まるで誰かが鋭い刃で夜空を切り裂いたかのようだ。


 凪人はその光をじっと見つめ、心臓が異常なほど激しく脈打つのを感じた。


 ある種の直感が耳元で囁き、背筋が寒くなった。


「⋯⋯おかしい。」


 彼は立ち上がり、草の屑を払ってズボンの裾を叩き、振り返って祭りが賑わう方向を見た。


 そこは相変わらず灯りが煌めき、人々の声で賑わっており、何も起こっていないかのようだった。


 凪人は深く息を吸い込み、手に持った団子の入った袋を提げて、祭りの方へと急ぎ足で向かった。


 ──その足取りは、いつもよりずっと速かった。


「どうも⋯⋯なんだか、嫌な予感がする。」


 彼は歩きながら、ぶつぶつと独り言を呟いた。耳元で聞こえる喧騒はどんどん鮮明になり、やがて内側の不安を覆い隠していく。


 人々の笑い声、屋台の呼び込みの声、時折空で弾ける花火の音──すべてが、あまりにも普通に見えた。


 提灯が並ぶ小道をいくつかくぐり抜けると、目の前が一気に開けた。


 そこが祭りのメイン会場だ。光の海が流れ、色鮮やかな飾りが舞い、花火は夜空で絢爛な大輪となって咲き誇っている。


 凪人は人波の中に紛れ込むように、ゆっくりと足を緩めた。


 まるで、先ほどの不穏な出来事が、ただの気のせいだったかのように。


 金魚すくいの屋台の前を通り過ぎ、射的のテントを横切る。時々、四方八方から子どもの無邪気な笑い声が聞こえてくる。


 提灯の微かな光が、一人ひとりの顔を照らし、夏夜独特の賑やかさと熱気を映し出していた。


「⋯⋯まあ、いいか。どうせ気のせいだろ。」


 凪人は道の屋台で冷たいラムネを買い、それを一気に飲み干した。喉を通り過ぎる刺激で、漠然とした不安から少しだけ意識が引き戻されるのを感じた。


 彼が次の屋台へ移動しようとした、その時──


「──ヴン。」


 空気が微かに震えた。極めて軽微だが、無視できない共鳴のような感覚が、地面の深部から伝わってくる。それは、低く唸るような、あるいは心臓の鼓動のような音だった。


 凪人は思わず足を止め、夜空を見上げた。あの細い光は、すでに眩い銀白色の尾を引いた炎と化し、長い光の帯を曳きながら、驚くべき速度でこの街へ墜ちてきている。


 しかし、周囲の賑やかな人々は、誰もその異変に気づいていないようだった。


 このすべてを目撃しているのは、彼、ただ一人だけ。


 凪人は喉の奥が乾くのを感じ、手に持ったカップを強く握りしめた。頭の中に、荒唐無稽としか言いようのない考えが浮かび上がる。


「⋯⋯まさか、そんな。」


 光は、さらに近づいてくる。世界全体が、まるでその墜ちてくる星の輝きに引き寄せられたかのように、微かに震えながら、何かが降臨するのを待っている。


 その光は、まるで矢のように夜空を引き裂き、目を凝らすことすらできないほど眩しかった。凪人は、ただその場に立ち尽くし、ぼう然と仰ぎ見ることしかできなかった。


 周囲の人声は相変わらず喧騒を保ち、屋台は叫び、花火は咲いていた。だが、その音はまるで抜き取られてしまったかのように、耳元にはただ甲高い風の音だけが残る。


 光は、墜ちた。いや──それは無音の爆発だった。


 轟音も、衝撃波もなかった。にもかかわらず、まるで世界が、何らかの目に見えない力にその一角を捲り上げられたかのようだ。


 街の端で、銀白の光の柱がまっすぐ地面へと突き刺さる。それはまるで天幕を打ち抜いたかのように、一瞬にして、大地全体を真昼のように照らし出した。


 風は、下から上へと逆流する。提灯の火は次々と消え、屋台の幌がバタバタと音を立て、打ち上げられた花火でさえ空中で凍りついた。


 ようやく、人々はその異変に気づいた。


 辺りから混乱した悲鳴が上がり、子どもは泣き出し、大人は慌てて周囲を見回す。


 だが、悲鳴も、逃走も、叫びも、すべての音は、あの一筋の光の下では、あまりにも矮小になってしまった。


 凪人は呆然と、降り注いだ光を見つめていた。あれは、普通の流星ではない。


 それは、世界の反対側から境界を破って侵入してきた「存在」だった。


 銀白色の光の流れは、衝突地点から四方へと拡散していく。まるで静止した水面に巨大な岩が投じられ、ゆっくりと、しかし異様なほど静かな波紋を広げていくように。


 その波紋が触れたすべて──灯り、音楽、人々、建物は、この世界から強引に消し去られるかのように、曖昧に歪み始めた。


「これは⋯⋯何だ?」


 凪人はそう呟いたが、自分の声さえも不明瞭になり、ほとんど聞こえなくなっていることに気づく。


 彼の視界は一気に回転し、足元の地面が消えた。体全体が、何かに吸い込まれるように無音の渦の中へ落ちていく。


 銀白の光が彼を包み込んだ。時間の感覚が断裂する。意識は、下降を始めた。


 その瞬間、凪人は微かに見た。光の向こう側に、まるで以前からずっとそこで彼を待っていたかのような人影が、ぼんやりとした笑みを浮かべていた。


 ──あの少女だ。あの、変な少女。


「ようこそ──」


 耳元で、有るような無いような彼女の声が響く。それは囁きでもあり、笑い声のようでもあった。


「──『彼岸』へ。」


 意識は、完全に純白の中へと沈んでいった。


 凪人は、自分の身体が宙を漂っているように感じていた。


 墜落でもなければ、飛翔でもない。


 まるで柔らかな水面にそっと持ち上げられたかのように、ゆっくりと、無音で、どこか未知の場所へと流されていく。


 微かな音が届いてきた──チリン、チリン。


 誰かが小さな鈴を揺らしているような、澄んでいて優しい音色。


「⋯⋯ん。」


 彼はゆっくりと目を開けた。最初に目に飛び込んできたのは、一面に広がる朧な光の海だった。


 地面は銀白色の花びらで覆われているように見え、空気中には微細な光の粒が漂っている。それは、まるで夜空に瞬く小さな星々のようだった。


 そして、この柔らかな光景の中央に──一匹の小さな兎が、彼の目の前にちょこんと座っていた。


 白い毛並み、長い耳、そして首には小さな銀色の鈴を提げている。


 兎は首を傾げながら、好奇心いっぱいに彼を見つめ、同時に首を軽く揺らしてチリン、チリンと鈴の音を響かせた。


「⋯⋯うさぎ?」


 凪人は呆然としたまま体を起こし、顔には茫然自失の表情を浮かべていた。


 兎は彼がようやく目覚めたことに満足したようで、立ち上がると、軽やかに地面を蹴って彼の周りを二回転跳ね回った。尻尾の小さな綿毛わたげが揺れて、ひどく楽しそうに見える。


「ここ、どこだ⋯⋯?」


 凪人は額を擦った。先ほどの衝撃から、まだ完全に回復していないようだった。


 彼は立ち上がろうと試みたが、身じろぎした瞬間、隣にいた兎が突然勢いよく飛び上がり、そのまま彼の膝の上に飛び乗ってきた。両前足で彼に抱きつき、丸い瞳をキラキラさせて見つめてくる。


「おい⋯⋯お前、何がしたいんだよ⋯⋯!」


 ──チリンチリン。


 鈴が微かに鳴り、兎は催促するように、彼の胸元を鼻で優しく擦りつけた。そして再び地面に降り立つと、彼を振り返る──どうやら、ついてくるよう合図しているらしい。


「⋯⋯俺について来い、と?」


 凪人は呆れたようについ独り言を漏らしたが、目の前のすべてがあまりにも現実離れしていたため、ツッコミを入れる気力さえ湧かなかった。


 考えるよりも、今は行動する方が現実的だ。


 兎は再びチリンチリンと鈴を鳴らし、飛び跳ねながら前方へ走り出した。


 凪人はため息をつき、自暴自棄に後頭部を掻いた。


「どうでもいいか。どうせ⋯⋯もう、ここまで来ちまったんだ。」


 彼は鈴をつけたその兎に続き、この奇妙な異空間の旅へと足を踏み出した。頭上には広大に渦巻く星の海が、地面には流れるような銀色の光が敷き詰められている。


 一歩進むごとに、新しい景色に足を踏み入れたかのようだった。


 兎は前方で跳ね、その足取りは跡を残さないほど軽やかだった。


 凪人は、仕方なくその後をついて進んだ。足元の地面はまるで水面とガラスが合わさったようで、一歩ごとに淡い光の輪を広げる。周囲の景色は、徐々に変貌していった。


 巨大な銀の樹々が大地から生え出し、その枝葉は星雲のように空へと広がり、微かに煌めいている。そして、地面には蛍のように浮かぶ小さな提灯が点在し、一つ一つが宙に懸けられ、風に揺らめいていた。


「これって⋯⋯夢か。」


 凪人は低く呟いたが、指先でその提灯に触れると、微かな温もりを感じた。


 少し離れた場所で、兎が立ち止まる。


 それは巨大なアーチの前だった。アーチは銀白色のつるが絡み合ってできており、中央には透かし彫りの円形の鏡面が浮かび、微かな光を放っている。


 兎は凪人を振り返り、首を軽く揺らした。チリンチリン。


「あら、アンタ、ひょっとしてあの退屈たいくつクンじゃない?」


 不意に、耳元で声が響いた。


 凪人は勢いよく振り返った。すると、その神秘的な少女が、悠然とアーチの下に立っている。片手を腰に当て、いかにも当然だという顔で彼を見つめていた。


「君、なのか?!」


 凪人は驚きのあまり、飛び上がりそうになった。


「君は一体⋯⋯?」


 彼が言い終わる前に、少女はのんびりとした足取りで歩み寄ってきた。


 あの兎のそばを通り過ぎる時、彼女は足を上げて、軽く一蹴り──


「キュッ!」


 兎は弾かれたように丸まって転がり、チリンチリンと鈴を鳴らしながら遠くへ飛んでいった。


「おい!何すんだ!」


 凪人は思わず大声で抗議した。


「ひどいだろ!あんなに可愛い兎を蹴るなんて。」


 少女は瞬きを一つし、まるで気にも留めていない様子で手をひらひらと振った。


「気にしないで。私、しょっちゅうだから。」


 まるでそれが日常の動作であるかのように言い放ち、凪人は一瞬、怒るべきか笑うべきか分からなくなった。


 彼は額を覆い、ため息をついた。


「⋯⋯やっぱり変だよ、アンタってやつは。」


 少女は笑い出し、指を軽く弾いて、自己紹介のように言った。


「私の名前はブレティ。覚えておきなさい、退屈クン。」


 彼女はかなり近くに立っていて、夜の祭りに漂う綿菓子のような、ほのかに甘いシトラス系の匂いが微かに鼻を掠めた。


 凪人は半歩後ずさり、口元を引きつらせた。


「誰が退屈クンだ!」


「アンタだよ。」


 ブレティはにっこりと笑って返した。その呼び名をすっかり気に入っているようだ。


 凪人は目の前の奔放な少女を、やれやれという顔で見つめた。胸の中に、漠然とした嫌な予感がよぎる。


「で、結局ここは一体どこなんだ?」


 彼はもう考えるのを諦め、単刀直入に尋ねた。何しろ、自分はまだ何も知らされていないのだ。


 ブレティは首を傾げ、意味深に笑う。まるで、わざと彼の気を引こうとしているかのようだった。


「知りたいなら、まず私についてきなさいよ──退屈クン。」


 そう言うと、彼女はくるりと踵を返し、星の光が流れる道へと歩き出した。その足取りは軽やかで、彼をファンタジーな冒険へと導いているようだった。


 凪人は眉間を揉み、結局のところ、どうにもならずに彼女の後を追った。


 ──この変な少女に出会った時点から、彼にはもう引き返す道などなかったのだろう。


 ブレティは軽く眉を上げ、凪人が少し落ち着いたのを見計らってから口を開いた。


「ところで、アンタも自己紹介くらいしたら?退屈クン。」


 凪人はやや苦笑いを浮かべ、次いで自分の髪先を軽く叩いた。


「⋯⋯鈴仙凪人。」


「鈴仙凪人ね。ふうん、確かにすごく普通な名前。」


 彼女は嘲るような口調を隠そうともしない。


「でも、ここまで来ちゃったってことは、普通じゃない普通人か、それとも運良くここに辿り着いた、ってことかしら。」


 凪人は彼女の、ややからかいを含んだ瞳を見つめ、思わず心が動いた。


「ああ、俺もそう思うよ。」


 彼は淡々とそう返した。この出会いが、どこか信じられないことのように感じていた。


 凪人がまだ、目の前の超現実的な光景に慣れようと努めている時、先ほどブレティに一蹴りされた兎が、またぴょんぴょんと跳ねて彼らの元に戻ってきた。


 頭の小さな鈴がチリンチリンと鳴り、丸い目が、まるで先ほどの不当な扱いを訴えるかのように、哀れっぽく凪人を見上げている。


「あら、また戻ってきた。しぶとい子ね。」


 ブレティはそう言いながら、つま先で兎の尻を軽くツンツンと押した。態度は極めて無造作だ。


 兎は「キュッ」と鳴いて小さく一回転したが、すぐに飛び起きて、凪人の足元にぴたりと張り付いて動かない。まるで、彼を安全な庇護者と認めたかのようだ。


 凪人は苦笑いで身をかがめ、兎の頭をそっと撫でながら、小声で呟いた。


「お前も、なかなか大変だな⋯⋯」


 ブレティは手を振って、不満そうな顔をした。


「こいつ、名前はあるのか?」と、凪人が尋ねる。


 ブレティは肩をすくめ、自分には関係ないといった顔で言った。


「さあね。アンタがつけたらいいじゃん。」


「⋯⋯俺が?」


 凪人は自分を指差し、少々面食らった。


 ブレティが「どうでもいいよ」という態度なのを見て、彼は困ったように頭を掻いた。


「へえ、じゃあな⋯⋯」


 彼は一秒ほど考え、兎の頭の鈴と、頭上に浮かぶ清らかな月光を見つめた。ひらめいたように口を開く。


「決めた。お前は『鈴月仙兎』だ!」


 ところが言い終わった瞬間、兎だけでなく、ブレティまでもが心底呆れたような目で彼を見た。


 兎は耳を垂らし、心底「ありえない」といった顔つきで、鈴を力なく揺らす。ブレティに至っては、まるで酸っぱいレモンでも食べたかのような表情を浮かべ、容赦なく突っ込んだ。


「ネーミングセンス、最悪すぎでしょ!」


「⋯⋯ええ?」


 凪人は乾いた笑いを浮かべ、自分のネーミングに何の欠陥も見つけられなかった。


「悪くないと思うけどな。詩的でいいじゃん──」


「じゃあ、いっそ『鈴仙月兎』にしたら。」


 ブレティは彼の言葉を遮り、いたって真顔で言った。


「どうせこいつ、アンタのことアテにしてるんだし、ついでにアンタの名前も混ぜとけば、むしろ合理的でしょ。」


「鈴仙月兎⋯⋯」


 凪人は口元を引きつらせ、何か言いたげだったが、結局何も言えなかった。


「完全にわざとだろ。」


 一方、兎は生きる気力を失ったかのように地面に伏せ、耳を地面に貼り付けたまま、強く地面を叩いた。まるで、「勝手に俺の名前を決めないでくれ!」と抗議しているかのようだ。


「よし、これで決定ね。」


 ブレティは極めて適当に手を一つ叩き、兎の抗議を完全に無視した。


「よろしくな、鈴仙月兎。」


「チリン──」


 鈴仙月兎は諦めたように首を振り、鈴は情けない音色を響かせた。


 凪人はこめかみを揉みながら、「鈴仙月兎」と名付けられた新しい相棒を見て、ため息をついた。


「はぁ、なんか、俺の人生、どんどん制御不能になってる気がする⋯⋯」


「まだ始まったばっかりでしょ、退屈クン。」


 ブレティは彼に微かに笑いかけ、それから、わざと肘で彼の腕を軽く小突いた。催促するような仕草だ。


「え⋯⋯どういう意味だ?」


 凪人は眉を上げ、少し警戒しながら彼女を見た。


 ブレティは肩をすくめ、軽やかな動作で凪人の横に回り込むと、半身を捻って指先で彼を招いた。意味深な笑みを浮かべている。


「さあ、行きましょ。ここは立ち止まってぼーっとしてる場所じゃないわ。『彼岸』ってやつを見物しないとね。」


「彼岸⋯⋯?」


 凪人は無意識にその言葉を反復し、すぐさまブレティの足取りに続いた。


 微風が吹き、少女の銀白色の髪が夜色の中でそっと揺れる。彼女の姿は、まるで半透明の月光に溶け込んでいるかのようだった。


 鈴仙月兎は、ちょこまかと小走りしながら凪人の足元についてくる。時折、小さな段差でつまづきながらも、すぐに振り返って、恨めしそうな小さな目で彼をちらりと見上げるのを忘れなかった。


 それほど歩かないうちに、彼らは一見普通だが、どこか不気味な気配を漂わせる小道へと辿り着いた。


 周囲に人影はなく、遠方から微かに淡い楽の音が聞こえるだけだ。それは、祭りの残響が空気中にこだましているかのようだった。


「ここ⋯⋯さっきまでいた場所とは、だいぶ違うな。」


 凪人は眉をひそめながら周囲を見回し、声には微かな不安が滲んでいた。


「だって、ここはもうアンタが慣れ親しんだ世界じゃないんだから。」


 ブレティはくるりと振り返り、口元に意味ありげな笑みを浮かべた。


 そう言いながら、彼女は突然手を伸ばし、人差し指で凪人の額を軽く突いた。


「おい!」


 凪人は思わず後ずさり、反射的に額を押さえた。


「また何するつもりだ?」


 ブレティは高らかに笑い、軽やかに一回転した。スカートの裾が柔らかな弧を描く。


「単なる忠告よ。今から、もう退屈な頭でこの世界を見るのはやめなさい、ってね!」


 凪人は言葉もなく彼女を睨みつけた。


 鈴仙月兎はそれに合わせるように地面を軽く叩き、「チリン、チリン」と音を立てる。まるで、ブレティの言葉に同意しているかのようだった。


 凪人はため息をつき、結局、苦笑を漏らした。


「⋯⋯まあ、いいか。とにかく、アンタがどこへ連れて行くのか、見てみるよ。」


 幽暗な小道を抜けると、目の前の景色は一変した。


 凪人は思わず足を止め、目の前に広がる光景に息を飲んだ。


 そこは、まるで星の海がたゆたう空間だった──巨大な浮島が宙に浮かび、細い絹糸のような光の橋で互いに繋がっている。空には銀河のように瞬く星々が映し出され、辺り一面が柔らかな青い光に包まれている。それは遥か遠くのようで、すぐ手の届く場所にあるようにも見えた。


 彼らが立っているのは小さなプラットフォームで、その縁には微かな光の粒が、細かい砂のように風に乗って流れている。


「ここが──『彼岸』よ。」


 ブレティはくるりと振り返り、両手を大きく広げた。まるで、この光景すべてを彼に紹介するかのように。その口調は、まるで古びた宿屋を売り込むかのように軽快だった。


 凪人は瞬きをし、頭がまだ状況についていけていなかった。


 鈴仙月兎は興奮した様子で凪人の足元を何周も跳ね回り、鈴をチリンチリンと鳴らして、早く感想を言えと催促しているようだ。


「これ、いくらなんでも普通の世界じゃないだろ!」


 凪人はそう呟き、空中で指を滑らせた。すると、凝結した霧のような光の、ひんやりとした感触をわずかに感じることができた。


「だから言ったでしょ──」


 ブレティは軽くステップを踏み、一匹の小猫のように彼の前方に着地すると、片手に腰を当てて彼にウィンクした。


「──もう地球のあの退屈な基準で、ここを測ろうとするのはやめなさいよ、退屈クン。」


 凪人はフンと鼻を鳴らし、目の前で跳ねている兎を、苛立ち紛れに軽く蹴ろうと足を上げた。しかし鈴仙月兎は身軽にジャンプしてかわし、不満そうに「キュッ」と一声鳴いた。


「ちぇ、かわされちゃった。そんなに怖がるんだ?」


 ブレティは口元を隠して忍び笑いをした。銀白色の長い髪が、この夢のような光の中でそっと揺らめいている。


 凪人はため息をついたが、心の中に湧き上がる微かな興奮を無視することはできなかった。


 彼は遠くを見つめた。あの煌めく光の橋の向こうには、奇妙な建築物が様々に霞んで見えている。逆さに吊るされた鐘楼、本が宙に浮かぶ巨大な図書館、そして雲霧に覆われているかのような庭園。


 ここは、地球ではない。


 ここは、まさに名実ともに──異空間だ。


「さあ、退屈クン。」


 ブレティは突然振り返り、真剣な表情で手を差し出した。


「彼岸へようこそ。今この瞬間から、アンタの退屈な人生は、正式に幕を閉じるわよ。」


 凪人は差し出された手を見つめ、呆気に取られた。


 やがて、彼はフッと笑い、自分の手を上げ、そっと彼女の手を握った。


「⋯⋯笑えばいいのか、泣けばいいのか。」


 チリン、チリン。


 漂う銀河の中で、微かな鈴の音と、彼女の軽い笑い声が、限りない星の光の中へとゆっくりと溶けて消えていった。


 ──そして、物語は、今まさに始まろうとしている。

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