第2話 カヨ
八月十二日 午後二時
翌日、廃墟島から一人生き延びた私は、警察署で取り調べを受けていた。
薄暗い部屋でテーブルの向かい側に座るのは、老齢の刑事だった。
「荒木といいます。君が霧島香世さんだね?」
「はい……」
私はうなずいた。
荒木がメモ帳を見ながら、静かに質問をしてくる。
「霧島さんは、一カ月前にこちらに引っ越してきたんだよね?」
「はい」
「羽根島が立ち入り禁止なのは知ってましたか?」
「はい、浜田くんから教えてもらいました」
「どうして島に入ったの?」
「それは……私が廃墟が好きだと言ったら、中村くんと浜田くんが近くに廃墟島があるから行こうっていうことになったんです」
「なるほど、なるほど……それで昨日の夕方にボートで島に行ったんだね」
「はい」
「島に上陸した後は、しばらく歩き回ってたんだね。そこで何が起こったのかな?」
「はい、中村くんが用を足しに行きました。その間に浜田くんが私を口説いてきたんです」
「ほおー、浜田くんはあなたを好きだったのかな?」
「そうみたいです。私は中村くんが好きだったので、その事を浜田くんに告げました」
「へぇー、それで浜田くんはどうしたの?」
「怒ってました――『俺のいない間にくっつきやがって』って言ってました」
荒木は笑いながらメモを取っていた。
「そうかー、三角関係になってたんだね」
「はい、中村くんが帰ってきたら、浜田くんが掴みかかって喧嘩になりました」
「痴情のもつれってやつかな……それで中村くんが包丁を取り出したと?」
「はい、島でキャンプをするからと、食材や調理道具を持ってきてました」
「あなたはどうしてたんですか?」
「私は……どうしていいかわかりませんでした。もう止められるような状態ではなかったんです」
私は喉が乾いたので、用意されたペットボトルの水を飲んで続けた。
「中村くんが包丁を取り出すと、浜田くんが逃げました。それを中村くんが追っていきました」
「それじゃあ、あなたは浜田くんが刺されるところは見てないんだね?」
「はい、見てません。しばらくして中村くんが血だらけになって帰ってきて驚きました」
「その時の中村くんの様子はどうだった?」
「とても興奮していて、『ボクはとんでもないことをしてしまった』と言って頭を抱えてました」
荒木がメモを確認しながら質問する。
「浜田くんは住居エリアのアパートの庭で発見され、背中から包丁で刺された痕がありました。中村くんはまだ見つからず、行方不明なんです」
「中村くんは気が動転していたんだと思います。私に『君のために浜田を殺した』と言って走り去っていきました」
荒木はメモを取りながら話す。
「あなたが中村くんを見たのは、それが最後なんですね?」
「はい……」
私は深くうなずいた。
取り調べが終わり、警察署を出た時、外には叔父が車で迎えに来ていた。
「香世、大変だったな」
「うん、大丈夫。叔父さん、ありがとう」
私は微笑んでみせた。
車の中で、私は窓の外をぼんやりと眺めていた。
「私、京都の実家に帰るから」
「そうか……爺さんは元気なのか?」
「うん、お祖父ちゃんはまだ元気だよ」
目的は達成された。もう、この場所に用はない。
私にかかった呪いが解けたのは彼のおかげだった。
「啓介……ありがとう」