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09 決意

 俺と聖女様は、祖国ハイライアを捨てる決意をした。

 それは、裏切りだ。俺たちのやろうとしていることは、身勝手で、罪深い行為だ。

 しかし、一度燃え上がった恋の炎は簡単には消すことができない。想いを通じ合わせてしまった以上、俺と聖女様がこのままの暮らしを続けていくことなど不可能だった。


 ――聖女様を連れて、逃げる。ずっと遠くへ。


 俺は密かに準備を整えた。クレル夫人の目を盗んで、金貨を集め、旅装を見繕った。行き先については聖女様の希望を叶えることにした。


「僕、海が見たいって言ったことがあるよね。フェリクスの瞳の色。海を渡って、他の大陸へ行こうよ」

「かしこまりました。港から船に乗りましょう」


 俺たちの計画をクレル夫人に悟られてはならない。聖女様はご自分のベッドでお休みになるようになり、俺はこっそり手に入れた地図を見て逃亡の道筋を頭に叩き込んだ。

 決行は、月も星も見えない暗い夜だった。

 聖女様の部屋で、俺はハサミを手にしていた。聖女様の長い金髪を、ざく、ざく、と切っていく。不器用な俺だ。毛先は整わず、素人が切ったことが丸わかりだったが、俺の手で髪を切るということは聖女様の望みだった。


「ああ……スッキリした。これで僕、聖女じゃなくなったかな」


 首をさすり、晴れやかな笑顔を見せた聖女様は、ようやく一人の青年に戻れたかのようだった。


「……ルシアン」

「えっ?」

「僕の本当の名前はルシアン。クレル夫人がつけてくれた。これからはそう呼んで。それから、敬語もナシ。これから僕たちは、新しい日々を生きるんだから」

「わかった、ルシアン」


 俺はひざまずき、ルシアンの手を取って、手の甲にキスをした。


「これから俺は、ルシアンの騎士として生きる。何があっても君を守る。一緒に生きよう、ルシアン」

「よろしくね、フェリクス」


 二人ともマントをまとい、忍び足でらせん階段を下る。最初の目的は馬小屋だ。俺がこの聖女塔に来たときに与えられた馬に乗り、港を目指す。

 ところが……馬小屋の前には、カンテラを持って立っている者がいた。


「クレル夫人……!」


 クレル夫人は、きゅっと唇を結び、俺とルシアンの顔を交互に見比べた。


「わかっていましたよ。あなたがたが企てていたことなど」

「どうか、見逃して下さい。さもなければ……」


 俺は剣の柄に手をかけた。俺たちの決意は固い。


「おやめなさい、フェリクス。わたくしは、別れを告げに来たのです」

「えっ……?」


 クレル夫人は、ルシアンをじっと見つめながら、こんな話をした。


「あなたを聖女様の身代わりに、と案を出したのはわたくしでした。今思えばなんと残酷なことをしてしまったのでしょう。だから……わたくしはずっと、あなたに謝りたかったのです」

「クレル夫人、僕は……僕は、嫌だったけど、クレル夫人が謝ることじゃないよ。この国のためだったんでしょう?」

「ええ、そうです。この国のためにあなたを犠牲にした。申し訳ないことをしました。そして、フェリクス。わたくしは、心の底ではずっと待ち望んでいました。この方を連れ出してくれる存在を」


 クレル夫人はカンテラを地面に置き、両手を広げた。


「おいで、ルシアン」

「う……うわぁ……!」


 ルシアンはクレル夫人に勢いよく抱きつき、嗚咽を漏らした。


「愛する者と共に生きられない苦しみを、わたくしは知っているつもりです。だから、あなたたちは行きなさい。決してこの国に戻ってはなりません。フェリクス。ルシアンを……頼みましたよ」

「……はい!」


 ルシアンは、ぐしぐしと顔をぬぐい、クレル夫人からそっと離れた。そして、ルシアンと二人で馬に乗り、夜闇の中を駆けだした。


 ――ありがとうございます、クレル夫人。


 俺の背中にしがみついたルシアンは、慟哭を抑えられないようだった。俺はただ真っ直ぐと前を見据え、聖女塔で過ごした日々のことを思い返していた。


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