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08 想い

 刺客の男の亡骸を王国軍に引き渡したところ、次のようなことがわかった。

 男は魔石を持っていた。精巧に作られた偽物だったが、それでも効果があり、聖女塔の結界を破ってしまうことができたのだという。

 剣は確かにケセオンの物だが、男の身柄からはそれ以上の特徴を掴むことができず、どこの刺客かは分からずじまいということだった。

 あれから聖女様は、朝の庭園の散策もせず、俺かクレル夫人にぴったりとくっつくようになってしまった。よっぽどあの交戦がおそろしかったのだろう。口数も少なくなり、物憂げに何かをお考えの様子だった。


 ――聖女様の目の前で戦ってしまったことは、迂闊だった。


 聖女様に、醜いものなど見せてはならなかったのに。もう少し方法がなかったのか、と悔やむばかりだ。

 夜のベッドでの会話もほとんどなく、聖女様は俺の胸に顔をおしつけて涙を流されることすらあった。俺はその理由を聞かず、あえて黙り込んでいた。上手く話ができないのは、俺も同じだったからだ。

 聖女様への恋心。

 それを自覚した今、自制しようと俺の身体も心も必死だった。

 そうして、幾日かが過ぎ、星がよく見える夜のことだった。聖女様は、いつものように俺のベッドにもぐりこんできて、ぽつん、とこう漏らした。


「……僕、死ぬのがこわい」


 俺は聖女様のまつ毛の先を見つめ、続く言葉を待った。


「実際に襲われるまでは、死ぬのなんて平気だって思ってたんだよね。でも、あの男の鬼気迫る顔……冷たい剣……あれに刺されて死んだら、どんなに痛くてこわくて耐えられない気持ちになるんだろうって考えると……」

「聖女様がそう思われるのはごく自然なことです。誰でも死ぬことはこわいものです」


 それは、上っ面をなぞった空虚な返事にしかならなかった。聖女様はこう返してきたのだ。


「でも僕は、いつか殺されるから」

「誰に……?」

「民に」


 スン、と聖女様が鼻をすすった。


「いつか、魔獣が現れて、僕が本物の聖女じゃないってバレたら、惨たらしく殺されると思う。僕は民を偽ってきたんだからね。その覚悟は、してたはずなんだけど……」


 俺は浅はかだった。聖女様が、そんなことを考えていたなど、全く想像もしていなかった。聖女様は、そのことに気付かれてからずっと、ご自身の死について思いを巡らせていらっしゃったのだ。


「ねえ、フェリクス。その時は、フェリクスは逃げるんだよ。聖女じゃない僕なんて、本当は守らなくてもいい。逃げて、僕のことなんか忘れて、自由に生きて。それが僕の今の願い」

「……何をおっしゃいますか!」


 俺はぐいっと聖女様の肩を抱き寄せた。


「私は……貴方様が聖女様だからお守りしているのではないのです! 貴方様だからこそ! 貴方様自身の優しいお心やお気遣いに感銘したからこそ! 私はここにいるのです!」

「フェリクス……」


 堰を切ったように、聖女様は泣き始めた。


「僕も……僕も本当はフェリクスと一緒にいたいよぉ……」


 そして、俺もこらえきれなかった。騎士とあろうものが、人前で涙を流すことなどあってはならぬのに、とめどなく溢れて止まらなかった。


「……フェリクス」


 二人とも落ち着いた頃、聖女様が俺の名を呼んだ。


「あのね、不思議なの。僕、クレル夫人のことが好きだし、カミーユのことだって好きだった。でも、フェリクスのことが好き、なのは、何か違う好き、だと思うの」

「……そうなのですか」

「フェリクスのことを考えるとね、辛くないのに胸がきゅうんって苦しくて、聖女なんてやめたい、なんて思っちゃうの」

「それは……」


 聖女様のエメラルドの瞳が、きらりときらめいた。


「これは何? なんでフェリクスだけ特別なの?」


 言ってしまえば後戻りはできなくなる。そうわかってはいたが、俺は内なる衝動を抑えきれなかった。


「それは、きっと恋です。私も同じです。私も……聖女様に、恋をしています」


 ぱちぱち、と聖女様はまばたきをして、それから大輪の花のような笑顔を咲かせた。


「……そっかぁ! 恋っていうんだぁ! それで、フェリクスも同じってことは……僕たち、特別な者同士、ってことだよね?」

「はい……恐れ多くも……」

「じゃあ、何回好きって言ってもいいよね? だってフェリクスも僕のこと好きなんだもんね? ねっ、好き! フェリクスのこと、大好き!」


 胸の奥から熱いものがこみ上げ、かあっと顔が火照りだした。騎士の使命も何もかもをかなぐり捨ててしまった俺は、聖女様にそっと口づけをした。


「……今の、何?」

「キスです。恋人同士が……することです。申し訳ありません、つい……」

「もう一回して? フェリクスのことで頭がいっぱいになって、ふわふわした気持ちになれるから!」


 今度は少し強く、長く。俺たちは唇を重ねた。


「聖女様……愛しています。この気持ちはもはや愛と呼べるものです。騎士としては失格ですが……愛しくてたまらないのです」


 聖女様は目を閉じ、ふうっと息を吐いた後、ハッキリとこう言った。


「フェリクス、僕も愛してる。それでね。僕は、聖女をやめる」


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