05 豊穣の儀
豊穣の儀当日。
真っ白な衣装を身にまとった聖女様は、この世のものとは思えないほど美しかった。頭についた長いヴェール。幾重にも重なった絹のスカート。首、手首、足首についたきらめく魔石のアクセサリー。
「聖女様……お綺麗です」
「でもさー、これ苦しいんだよね。コルセットがさぁ……」
カレル夫人がパンパンと手を叩いた。
「聖女様、塔を出たら一言も話してはなりませんよ!」
「わかってる、わかってるってばぁ」
聖女様とカレル夫人が馬車に乗り、俺が御者となって王宮に向かった。場所は王宮の中心にある広場だ。舞台があり、それを囲むように花壇があるのだが、花はまだつぼみのままだった。既に王族や貴族の重鎮が揃っており、注目の中、聖女様は舞台に立った。俺は騎士として、舞台のすぐ傍で聖女様を見守った。
ゴォン……ゴォン……。
儀式の開始を告げる鐘が鳴った。
聖女様は一礼し、たおやかな舞を始めた。ヴェールと金髪を揺らし、伸び伸びと。何度も練習を見ていた俺だが、本番の衣装と場所ということで、その舞はとても静謐で高貴なものに思えた。
――ああ、お美しい。たとえ本当の聖女様でなくとも、その魅力は本物だ。
広場は静まり返り、皆聖女様の動きに見とれている。しかし、ここからが本番だ。聖女様は胸の前で手を組み、じっと目を閉じた。すると、聖女様がつけていた魔石が緑色に光り始めた。魔力の解放だ。
国王が叫んだ。
「見よ! これが聖女様の奇跡である!」
むせかえるような甘い香りが漂った。花壇の花が、一気に開いたのだ。国王を皮きりに、今まで押し黙っていた人々が拍手でそれを称えた。
「聖女エステル様!」
「エステル様万歳!」
「ハイライア王国に栄光あれ!」
一礼した聖女様が舞台から降りてきた。俺は聖女様の手を取り、席に案内した。次に舞台に立ったのは国王だ。ぐるりと周りを見渡し、こう告げた。
「今、我々は聖女エステル様の奇跡を目撃した! 花が咲き乱れ、香気があたりを満たす。 これぞまさしく、聖女様の魔力による恵みそのもの!」
わぁっ、と歓声が湧いた。ちらりと聖女様を見たが、ヴェールに隠されて表情は見えなかった。
「聖女エステル様は、我らがハイライア王国を長きに渡り魔獣の脅威から守護してくださっている。 その慈悲深き御力は、国を豊穣に導き、 民に安寧をもたらす、唯一無二の希望の光!」
国王は、偽の聖女様であるということを知っている。しかし、彼もまた、演じなければならないのだ。聖女様による安定こそが、この国の礎なのだから。
「しかし、聖女様の御力に甘んじることなく、 我々もまた、国を守るべく粉骨砕身の覚悟である。 民よ、共に手を取り合い、この国を盛り立てていこうではないか!」
「国王様! 万歳!」
「ハイライア王国よ永遠に!」
それから、宴が催されるのだが、聖女様とお付きの俺とカレル夫人は離れで食事をとらせてもらい、ひっそりと王宮を後にした。
「あー! 疲れた疲れた疲れたぁ!」
塔に着くなり、聖女様はヴェールを脱ぎ捨て、ベッドにうつ伏せになった。
「クレル夫人! 早くコルセット脱がせてよぉ! もう苦しくて苦しくて、心臓出ちゃいそう!」
「ああもう……聖女様、衣装にシワがついてしまうではないですか……」
呆れ顔でクレル夫人は聖女様の衣装を脱がせ、その白い背中があらわになった時、俺は見てはいけないようなものを見た気がして目を背けた。
「私も……着替えて参りますね」
そう言って自分の部屋に逃げ込んだ。聖女様の肌を見るのはこれが初めてだった。しかし、男の裸など、騎士学校時代に飽きるほど見ていたのに。
――顔が、熱い。
火照りを覚ますため、俺は着替えた後に井戸に行って顔をざぶりと洗った。それから戻ってみれば、もう聖女様の着替えは終わったようで、いつもの部屋着姿でくつろいでおられた。
「フェリクスもお疲れ! 僕の魔法も大したもんでしょう?」
「はい。まさか花を咲かせることができるなんて思いもしませんでした」
「でもね……魔力で無理やり咲かせた花だから。明日には散るんだよ」
「えっ……」
聖女様のエメラルドの瞳には、寂しさが宿っていた。
「だから僕、豊穣の儀は苦手なの」
「そうだったんですね。何も知らず、感動していただけでした」
「いいって。フェリクスをびっくりさせようと思って言ってなかったんだもん」
「祈りましょうか。せめてこの一日、花たちが咲き誇れるように」
「うん……ありがとう、フェリクス」
聖女様の立派なお姿と、優しいお心を、俺は胸に刻もうと思った。