01 名誉ある任務
ついに迎えたハイライア王国騎士学校の卒業式。一人一人名を呼ばれ、卒業後の配属先を告げられるのだが、俺は一番最後だ。押し黙ったままじっと座り、今か今かとその時を待っていた。
「フェリクス・ブルーネンス!」
「はい!」
俺はそっと立ち上がり、背筋を伸ばして学校長の前まで歩み寄り、騎士の礼をした。
「主席であるそなたには、最も名誉ある任を授ける。聖女エステル様付きの騎士である。ハイライア王国の繁栄のため、その力を存分に発揮してほしい」
「拝命いたします」
どよっ、とざわめきが起こった。この人事は他の卒業生には知らされていなかったからだ。俺も未だに信じられない気持ちでいる。
あれは、十日前のことだった。
夕食後、極秘で学校長室に呼ばれた俺は、聖女様の騎士に任命されることを告げられたのだ。
「私が……聖女様の?」
「そうだ。前任の騎士が亡くなった。国王が、後任は若く才能のある騎士をと命じられてな。そなたなら申し分ない」
聖女様。それは、聖なる魔法を使い、俺の住むハイライア王国を魔獣から守る存在である。
今の聖女様、エステル様は十六歳。俺より二つ年下のお方だ。エステル様がお生まれになり、代替わりが行われた時には国を挙げての祭りが行われ、それはそれは賑やかだったと聞いたことがあるが、当然俺にはその頃の記憶がない。
そして、聖女様は国民の前には現れないため、俺は聖女様を見たことがないのだが、そのお付きの騎士になるということは――聖女様にお会いし、最も近い場所でお守りするということなのだ。
「な、なんという大役を……私にできるかどうか……」
「まあ、フェリクス。よく聞け。そなたを選んだのは、主席という他にいくつか理由がある」
学校長は、少し意地の悪い笑顔を見せた。その意味をはかりかねている内に、こう言われた。
「そなたは在学中、一度も火遊びというものをしなかったな。こっそりと町娘に会ったり、娼館に行ったりしていた者を、学校は把握しておるのだよ」
「はぁ……確かに、私はそのようなことは……」
「聖女様によからぬことをするような男を騎士にはできぬ。そういうわけだ」
「なるほど……」
何度か学友たちから誘いを受けたことがあったが、そんな暇があれば学問や鍛錬に打ち込みたかった俺は、全て蹴っていた。騎士学校に入学した時から、主席卒業は俺の目標だった。ブルーネンス家の名誉のため、そしてハイライア王国の栄光のため。俺はそれしか考えていなかったのである。
「そして……フェリクス。聖女様付きの騎士になるからには、その身を一生捧げなければならない。妻を娶ることは諦めねばならぬ。それも、そなたを選んだ理由だ」
「ああ……そういうことですか」
俺はブルーネンス家の三男だ。家督を継ぐつもりなどなかった。おそらく今回の人事は父の耳にも届いている。
「これは王命だ。そなたは抗うことができぬ。それでも……素直な気持ちを聞かせておくれ。聖女様付きの騎士になることは、どう思う」
しばし思案した後、俺はハッキリと答えた。
「私にとって最高の幸せです。聖女様を生涯かけてお守りします」
それは、俺にとって嘘偽りのない真摯な心だった。
「そうか。残りの学校生活、心残りのないようにな」
そして、今。
「フェリクス! 流石だな! あの聖女様の騎士だなんて!」
卒業パーティーで、俺は学友たちに囲まれていた。この日だけは特別に飲酒が許可され、皆赤ら顔だ。俺も多少酒を口にして気分が良くなっていた。
「ありがとう。俺もまさかそんな重大な仕事を任されるだなんて思わなかったよ」
いつもお調子者の学友が言った。
「聖女様ってすっげー美人だっていうお噂だぜ? 金の絹糸の髪、エメラルドの瞳! 手ぇ出すんじゃねぇぞフェリクス!」
「バカ。俺は誇り高き騎士としての務めを果たすつもりだ」
騎士学校での日々を思い返す。決して楽な生活ではなかった。学友たちと汗を流し、剣の腕を磨き、高い教養を身につけるために必死の青春だった。
その努力は、全て聖女様をお守りするためのものだったのだ、と考えると納得がいった。聖女様はこの国の宝であり、決して失ってはならない存在だ。その方のために自分は生まれてきたのだ、とさえ思えてきた。
「なぁフェリクス、最後の日くらい羽目外そうぜ! 町に行かないか?」
そう声をかけられたが、俺はやんわりと手を左右に振った。
「いや……静かに過ごしたいんだ。もう部屋に戻るよ」
「ケッ! この堅物が!」
喧騒を抜け出し、俺は部屋に戻って寝間着に着替え、ベッドにうつ伏せになった。酒のせいで頭がふわふわする。目を閉じ、思い浮かべるのは、まだ見ぬ聖女様のことだった。
――どんなお方なのだろう。お仕えするからには、騎士として恥ずかしくない振る舞いをしないと。
正式な騎士になれば、常に気を引き締めねばならない。そのことを胸に刻みつけようとしながらも、自分が特別な仕事を任されたという高揚感で、騎士学校最後の日はなかなか眠ることができなかった。