第九章:もう一人の癒し手
山あいの小さな村――
隠れ家のような古びた納屋を借りて、フミたちはひっそりと暮らしていた。
薬草畑を作り直し、近くの人たちに少しずつ信頼され始めていた頃。
ある晩、小さな女の子が息を切らして納屋の扉を叩いた。
「おねーちゃん……!おにいちゃんが……山でケガして……!」
驚く村人、戸惑うアレク。
けれどフミは動かなかった。
「……リィナ、行って。」
「えっ……わ、私が?」
「うん。私のやり方、見て覚えてきたでしょ。やれるよ。」
不安げだったリィナは、フミの言葉に少しだけ目を見開き――
やがて静かに、うなずいた。
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山小屋にいた少年は、落石に巻き込まれ足を負傷していた。
大きなケガではなかったが、放っておけば感染の恐れもあった。
リィナは震える手で道具を並べ、傷を洗い、薬草をすり潰して包帯を巻いた。
手順は完璧じゃなかった。でも、丁寧だった。
「……ありがとう。すっごく痛かったの、へったよ。」
「よかった……!」
少年の言葉に、リィナは思わず涙ぐんだ。
それはフミのように“当たり前にやれる”ことではなく、
彼女にとっては初めての“誰かを救えた”瞬間だった。
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夜、納屋に戻ってきたリィナは、土まみれの手を見つめながらフミに言った。
「……うまくできたか、自信ない。でも、少し“なれた気”がした。」
フミは黙って、リィナにハーブの入ったお湯を差し出した。
「“なれる気がする”は、もう“なってる”ってことだよ。」
その言葉に、リィナの頬がほんの少し、ゆるんだ。
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けれどその裏で――王都では、フミたちの捜索に新たな動きが出ていた。
貴族の一人が、リィナの逃走によって王家との縁談を失い、
その怒りから賞金稼ぎたちを動かし始めたのだ。
「癒し手と、逃げた貴族の娘を見つけた者には、金貨千枚。」
その額に、欲望に目を光らせる者たちが動き始める――
静かな日々に、また新たな影が落ちようとしていた。
次回:第十章『癒し手狩り』
名も知らぬ者たちが、欲望だけを携えて森を歩き出す。
フミは、戦わずしてどう“守る”のか。リィナは再び、選ばされる。