第七章:包囲の森
その日、森の空気は妙に張り詰めていた。
鳥たちは早々に姿を消し、風は音もなく木々を揺らしていた。
「……来るね。」
薬草を干し終えたフミが、空を見上げながらぽつりと呟く。
アレクが木陰から戻ってきて、低い声で言った。
「王都直属の私兵、二十名以上。完全に包囲してる。こっちに向かってる。」
「ふーん。思ったより、派手だね。」
そんな状況でも、フミは冷静だった。火薬を混ぜた煙玉、眠気を誘う花の香気袋――
小屋の周囲には、迎撃ではなく「相手に戦意を失わせる仕掛け」がすでに用意されていた。
「逃げ道は、東の細道に一本だけ残してあるよ。」
「……あんた、最初から逃げる前提で準備してたのか。」
「うん。私、戦わないし。」
アレクは苦笑した。そう――フミは「誰も倒さない」。
それでも、誰にも捕まらない。
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その頃、リィナは初めて一人で小さなポーションを作っていた。
フミの書いたノートを片手に、慎重に、丁寧に、けれど確かな手つきで。
「私、できることを増やしたい……フミさんの“静か”を、少しでも守れるように……」
その手は震えていなかった。
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日が暮れかけた頃、森の小道に現れたのは、王都の貴族直属の指揮官だった。
「癒し手フミ。貴族の娘リィナ・フェインを引き渡せ。これは王命である。」
その声は、森全体に響いた。だが返事はなかった。
しばらくして――森の中に白い煙が立ち込めた。
甘く眠気を誘う香りが兵士たちの意識をゆるめ、罠にかかった数人がその場に倒れた。
「なっ……攻撃はされていない!?だが、視界が……!」
兵たちが混乱する中、アレクが裏道を通ってリィナを連れて走る。
「しっかりしろ、ついてこい!お前はまだ、やれることがあるんだろ!」
「……うん!」
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その夜、森の小屋は静かに燃えた。
誰も死なず、誰も捕まらず、ただ、煙と香草の香りだけが残った。
小屋の焼け跡にたたずんだ兵士が、焦げた地面の上に小さな紙片を見つける。
“私は誰も奪わない。だから、誰にも奪わせない。”
― フミ