ひなまつり
首のもげた女雛が畳の上に転がっていた。
血に濡れた衣がゆっくりと揺れているようで、まるで生気を宿しているかのようだった。
「どうしてこんなことになってるんだろう。」と妹の麻里が青ざめた顔でつぶやく。
俺は答えられないまま人形を見つめ、喉の奥が焼け付くように感じた。
古びた雛壇には、他の人形たちが怪しく並んでいる。
灯りの下で微かに輝く瞳は、こちらを見下すように冷たい。
廊下からは風の唸る音がして、家全体が軋むように揺れる。
「早くここを出よう。」と俺は言うが、足が竦んで動きそうにない。
雛壇の前に立つと、見えない力が背後から絡みつくように迫ってくるのだ。
いつからか、鼓膜をかすめる鈴の音が耳から離れない。
それはまるで幼子の囁きにも似て、俺の意識を徐々に奪い始める。
女雛の首の断面からは、黒い汁が滴り落ちて畳を蝕んでいた。
麻里が小さな悲鳴を上げ、「なにか、足を掴まれてる!」と訴える。
見ると、畳の隙間から白い指のようなものが伸びて妹の足首を絡めとっていた。
その指がどこに繋がっているのかは分からないが、まるで深い井戸の底から伸びてくる亡者の手のようだ。
「離せ!」と俺は必死に叫ぶものの、声は虚空に散るばかりだった。
廊下から吹き込む風が急に止み、屋敷の気配がさらに淀んだ。
突然、雛壇の近くの障子が破れ、中から大きな羽音が響いた。
その羽音は鼓膜を突き破るほど耳障りで、同時に強烈な悪寒が背筋を走らせる。
何か巨大な鳥のような姿が闇の中でうごめいていると分かったが、俺には正体を見極める勇気がなかった。
「助けて!」という麻里の声に振り返ると、そこには言葉を失う光景が広がっていた。
畳一面が暗い血に染まり、女雛の体がくぐもった声を上げている。
麻里はその声に誘われたかのように人形のそばへ引きずられ、悲鳴を上げる間もなく闇に溶けていった。
俺はただ立ち尽くすことしかできず、背後で響く鈴の音が狂気を煽る。
次の瞬間、闇の奥から転がり出たのは血塗れの女児の生首だった。
それはまだ微かに動いていた。