天使の産声
看護師を努めて三十年のベテランと云われている仁尾護。彼の責任感は誰よりも強く、緊急時への対応はかなり優れている。
何よりも慈しみの心がある為、患者の人からも看護師や医師からも慕われている程の人柄である。
看護師としての質は勿論の事、護にはもう一つ特赦な能力が秘められていた。
『霊感』……護は物心ついた頃から、あらゆる生き物の霊を視る事が出来、言葉も心で受け止められる才を持っていた。
〈幽霊……っていうよりは、心っていう感じがする〉
幼い護が感じた事は魂を目にした恐怖ではなく、向こう側に在る世界を感じる尊さであった。
当時は魂を観てはその重さを感じ生前の姿をも垣間見ており、それに携わる職業に就きたいと考えていた。
幼いながらも既に、『使命感』を抱いていたのだ。
その時の考えが長い年月を経て、看護師という魂……つまりは命に寄り添う職業に辿り着いたわけだ。
同然仕事場は病院なので辛い場面に立ち会う時には、やはり辛い魂を目にする事はある。
あるのだが、だからこそ見える力を存分に発揮して自身の役割を果たすつもりでいるわけだ。
《…………》
「!」
護の心にある視覚が細い紐を視た。
紐の見えない先から、息のような声が伝わってくる。
(これは、生まれる合図だ……!)
《…………》
生まれる合図、新しい命が囁いている声の事。
紐のもう片方先には、妊婦さん……助産師の女性に付き添われて歩行しているところだ。
妊婦さんと繋がっているであろう紐は、微弱な揺れを見せている。
(この動き方は……どうやら辿り着けずにジタバタしているみたいだな)
紐の向こうのずっと先につながる新たな命は、妊婦さんの所まで来る力が備わっていないとみた。
(ここだよ……紐を辿って下りてきて、はい)
護は紐をクイッと優しく、周りに分からないよう命を呼び寄せる。
《……ミャア……》
すると、声が少しずつクリアに聞こえだした。
親子を結ぶ紐は羽衣のように半透明な姿をしており、生まれる前の魂を引き寄せてきた。
《フミャア……フミャア……フミャア……》
空から下りてきた魂は、正式な誕生を見せる場所……妊婦さんの体の内側へと潜り込み、眠りに着いた。
魂が妊婦さんの内側へ入った直後、二人を繋げていた
紐がフワリと揺れて、天女の羽衣のように妊婦さんの体にかかった。
母と子がしっかりと結ばれたその光景を目にした護。
(魂が見える体質を持ってて……この職業に就いて、本当に良かった……!)
産まれる前の産声だが、護からすれば、もう既に産まれてきているも同然だった。
(何より貴重なのは、空から舞い降りてくる魂には、天使みたいに羽根が生えてる事だよ……!
赤ん坊は天使だと、よく耳にするけど本当にその通りだな……!)
天使が天使の姿で天からこの地上に舞い降りてくる場面に立ち会える体質で、心から感謝する護であった。
「!」
そしてまた、天から産まれる声が心に伝わる。