番外編 酒気
※作者の息抜きです。三人で、ただ、ダラダラ飲んでいます。
本編がシビアすぎたので、たまにはこういうのもお許しくださいね。
ジョスランとクロヴィスが辺境伯の拘束に動いているため、ルシアは一人で用意された客室に戻ってきた。
「ああ、疲れた……」
据付のソファに身を投げ出すようにして腰掛けるが、すぐ立ち上がる。
今夜は夜会のため、いつもの制服ではなく正装に準じたイブニングドレス姿。パニエが邪魔でくつろげないので、ルシアは衝立にかけてあった、普段使いのナイトドレスに着替えることにする。
部屋付きのメイドがささっと寄ってきて、コルセットを緩め着替えを手伝い、アップにしていた髪の毛も解いた。
一気に解放された気分で、再びソファに身を投げ出したところで、ノック音がする。
「はい」
返事をすると、ジョスランとクロヴィスが入ってきた。二人とも騎士服姿で帯剣したままだ。
ルシアはすぐさま立ち上がり、二人へ労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様でございました」
「ああ」
「ルシア嬢も」
疲れ切った様子の二人にルシアはソファを譲り、対面の椅子に腰掛ける。
「お茶を用意させましょう」
するとジョスランが、目頭を揉みながら溜息を吐いた。
「それより、酒の気分だな。なあ、クロ」
「同感ですね」
クロヴィスも、眼鏡を取って首をぐるぐる回している。
二人ともまさに疲労困憊、といった様子で、ルシアは眉尻を下げた。
「これは、愚痴を聞いた方が良さそうですね」
ルシアが振り向くとメイドは軽く頭を下げ、ワゴンの上にグラスとワイン、ミードを用意した。小皿にはナッツ類と甘い焼き菓子が載っている。
全てルシアが予め用意させていたもので、それらをテーブルの側まで持って来させると、メイドを退室させた。酔って何を喋るか分からないからだ。
「はは。気が利くな」
「……正直、助かります」
二人とも剣を革ベルトから抜いて、騎士服の前ボタンを外す。
中のアスコットタイも緩め、ラフな格好になった。
それぞれでグラスを持ち、ワインやミードを注いで掲げると、ジョスランが口を開いた。
「とりあえず、今夜に」
ルシアとクロヴィスは、それに微笑んで応える。
「ええ。乾杯」
「乾杯」
ルシアがミードを一口飲む間、男二人はワイングラスを一気に空にした。
「まあ!」
ルシアが驚きつつテーブルに置いたワインボトルへ手を伸ばそうとすると、ジョスランが軽く手を振って、自分で持ち上げクロヴィスのグラスに注ぐ。
「飲まないとやってられない」
「同じく」
「クロは、それほど飲めなかったのでは?」
ルシアの発言には、ジョスランがニヤリと口角の端だけ上げた。
「あんなの、嘘だぞ」
「えっ」
ルシアが驚いて見やると、クロヴィスは居心地の悪そうな顔をして、さらに注がれたワインに口を付ける。
「あの時はですね、その、えーっと」
ジョスランも、並々と注がれたワインをごくごく飲み込んだ。ルシアもつられて、ミードのグラスを傾け、何度か飲み込む。
「俺との不仲を演じようと思っていたんだろ。下手な演技だけどな」
「うっ……下手、でしたか」
「いいえ? わたくしは、分からなかったわ」
クロヴィスがパチパチと目を瞬かせる。隣のジョスランがニヤニヤとナッツを齧りながら、足を組み替えた。
「はは。俺の嫌味だ」
「なるほど。性格が悪い」
「なんだと?」
酔い始めているのか、戯れ始めた二人を見て、ルシアはヒスイを呼び出すことにする。
大の男二人が暴れでもしたら、抑えられる自信がないからだ。白トラ猫が現れると、途端にクロヴィスの眉尻が下がった。
「……撫でたい」
「ぶっ」
吹き出したジョスランを睨んでから、ルシアはヒスイの背を撫で言った。
「ヒスイ、クロを慰めてあげて」
「にゃあん」
素直に従ったヒスイが膝に乗るとすぐに、クロヴィスはグラスをテーブルに置いて背に顔を埋めている。
「何があったの?」
あまりの消耗具合に、ルシアは心配になり尋ねてみる。
「ダニ野郎め、暴言吐きまくって暴れてくれてな。切るのを我慢するのが大変だった。特にクロヴィスには……言うのも躊躇う言葉を」
「孤児のくせに媚びて引き取られた、ですか。くだらない。気にしていません」
「気にしない、といっても言葉の力は侮れないわ」
ルシアはミードの入ったグラスをテーブルに置いて立ち上がり、ソファに近づく。ヒスイに頬を擦り寄せるクロヴィスの肩へ、軽く手を置いた。
「クロヴィスは、立派です。わたくしは、尊敬している。本心から、そう思っているわ」
「ルシア嬢……」
「演技じゃないですよ?」
「ええ。とても嬉しい」
クロヴィスが、ルシアの手に自分の手を重ね微笑んだ。少し酔っているからか、その手は熱い。
熱さの中にクロヴィスの正義感と葛藤を感じたルシアは、酔いで緩んだ、普段自分をしっかり縛っているはずの理性の縄が解けていくのを、止められなくなった。
○●
クロヴィスは、自分を凝視するルシアに、戸惑い始めていた。いつもより饒舌になっている。
「言葉は、呪いになるの……うん。今強めにお返ししたので、もう大丈夫よ。奴は、悪夢でしばらく眠れない」
横に腰掛けているジョスランが、物騒なルシアの宣言にギョッとなり振り向く。
「おい、ルシア?」
「だいたい、許せないんですよね〜。たいしたことない奴に限って、周りの環境をあたかも自身の実力であるかのように思い込む。自力で得たものこそが、自分で使って良いものでしょう? 努力すらしない肉塊に、価値なんかないのにね」
「……ミードで、そんなに酔うか⁉︎」
慌ててジョスランが立ち上がったが、時すでに遅し。
目の据わったルシアが、クロヴィスに人差し指を突きつけ、くだを巻き始めた。どうやら本当に、酔いが回った様子だ。
「そうやってぇ〜、いっつも冷静にしてるからぁ、相手がつけあがるの。ふくらんちょうなんらから、もっとどなったりすればいいの」
「ふくらんちょう? 私、ですか」
キョトンとするクロヴィスに対して、ジョスランがフォローする。
「副団長だろ。ルシア、あー、水はどこだ?」
「うるっしゃいなぁ。ジョーもジョーよ。らんちょーなんらから、切っちゃえばよかったんらよ」
「おいおい、普段散々止めといてこれか。この酔っ払いめ」
「よってらい!」
「わかったわかった。酔っ払いの常套句だな。水、どこだ⁉︎」
「ん〜? わあ。赤い目、きれいられ〜。んふふふ」
「はいはい。そりゃどうも」
「ほんとらよ?」
「ったく、そういうのは素面で言ってくれ。……寝かせてくる」
いよいよ諦めたジョスランが、ルシアを強引に抱き上げて隣室のベッドへ連れて行く。本人は怒るかと思われたが、なぜかきゃっきゃと機嫌が良さそうだ。
その背中を目で追うクロヴィスが、ヒスイを撫でながら呆れ声を出す。
「あれで、婚約していないんですよ。全く。私はいつまで煽り役をすればいいんですかねえ? ヒスイ」
「にゃあん」
「はあ。まあ、楽しいからいいんですけどね。飲みますか」
「にゃん」
ヒスイにグラスを掲げてから、クロヴィスはワインをごくごくと飲み干した。




