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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第四章 異界の魔物

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第48話 再編


「え、と。ラン様、というのは僕のこと?」

「はい。マルス()()とゾ()()ダー。だから、ラン様。我ながら良い名ではと」


 マルスラン――ランは、しばらく絶句した。

 宙を彷徨う視線は、ルシアがテーブルに広げた契約書を上滑りしている。

 おそらく過去や自身の心の中を見ているのだろう。様々な葛藤が垣間見え、ルシアは辛抱強く次の言葉を待つ。


「……甘いよ。僕は半分悪魔だし、たくさんの罪を犯した。早く殺した方が」


 ようやく出てきたランの言葉は、ルシアの予想通りだった。だから、強く否定する。

 

「いいえ。わたくしたちは未だ悪魔を完全に倒すことができていない。封じられれば良い、というわけではないでしょう。また邪な考えを持つ誰かが現れ、召喚してしまったら、危険です。ぜひ、一緒に研究を」

「僕には、荷が重すぎるよ」


 自嘲気味に笑うランを、今度はクロヴィスが強い言葉で否定した。


「そんなことはありません! マルスラン様は、アカデミーで少しでも素養のある人間を見つけては、魔法の知識を授けていたのでしょう。私には、記憶はなく知識だけが残っています。書物を託してくださったのは、マルスラン様では⁉︎ そのおかげで悪魔と戦えましたし、召喚の魔法陣が何か分かったのです!」

「ああクロヴィス。君は、僕が見た中で一番優秀だったからね」


 大きく息を吐くランに、ルシアは心からの言葉を伝えるため、テーブルの上にある彼の『悪魔の手』に躊躇いなく自分の手を重ねる。ビクッとランの肩が波打ったが、ルシアは気にせずぎゅっと手を握った。

 

「事実、わたくしは、クロヴィスの知識と魔法に何度も命を救われました。間違いなく、貴方様のお陰なのです」

「そうか……そう、か……」


 ランの右目は、黒い眼球の中に赤い虹彩。左目は、翠がかった青。全く違う色の目から流れるのは、等しく透明の涙だ。

 

「ああ、嬉しいなあ。僕はずっと孤独だと思っていた。精一杯のことをしてから、優秀な弟に国の未来を託して死ねばいいと」


 ランの言葉にすぐさま反応したのは、ジョスランだ。


「誰が優秀だって? 俺こそ騎士団にいた頃はいつも優秀な兄と比べられて、嫌味ばかり言われていた」

「まさかそんな。剣狂だぞ⁉︎」

 

 ランが驚きで顔を上げると、ジョスランは肩を竦ませた。


「真面目すぎるのも欠点になるんだな。他人てのはいい加減に人を(けな)すものだ。よく知りもしないくせに」

「はは……そうか……だから父上は、ガエル団長とわざと仲違いを」

「溜まった膿を出させるための、苦肉の策だ。情けない話だな」


 ジョスランは背を壁から離し、カツカツとブーツの踵を鳴らしてテーブルに近づいてきて、ランの手に重ねたルシアの手の上に、自分の手を重ねる。


「力を、貸してくれ……兄上」

「ジョスラン」

「魔法と共に生き、脅威を排除する道を、共に作っていこう。どうか、頼む」

「それには、……条件がある」

「なんだ」

「騎士団に、戻れ。ジョスランが団長になるんだ! ガエルではダメだ」


 ジョスランは返事をする代わりに、ふっと頬を緩ませ手を離した。

 それを合図に、今度はクロヴィスが脇から身を乗り出すようにして、契約書の一部を指差す。


「こちらを、ご覧ください」

「……え?」

  

 署名欄には、ジョスランとクロヴィス、ルシアの名前がある。それらの肩書きはそれぞれ――


「騎士団長、副団長兼魔法師団長、魔法師団所属お見舞い係……!」

 

 読み上げてからガバリと顔を上げるランに、ジョスランは満面の笑みを見せた。


「兄の弔いなんだ。俺しかいないだろう?」

「っ……ああ、ああ!」

 

 さらに涙を溢れさせるランに、ルシアはハンカチーフを差し出す。

 クロヴィスはカップにお茶のおかわりを注ぎながら、眉尻を下げた。


「本当に苦労したんですからね。たった十日でここまでするのは」

「……よく言うよ。クロヴィスのことだから、どうせ陛下を脅しに脅しまくったんだろう?」

「バレましたか」


 クロヴィスが悪戯っぽく微笑んだ。涙を拭いて微笑みを返すランに、今度はルシアが身を乗り出して尋ねる。


「ところで。ずっとお聞きしたかったのですが……どうしてあそこまで執拗に、お見舞い係に罪を着せようとしたのです? やはり個人的な嫉妬心、でしょうか?」

「嫉妬ももちろんあった。けどね、あのぐらいの冤罪を自力で排除できないのなら、いずれにせよ未来はない。貴族社会では、権威権力が全てだ。立ち回り次第では、一瞬で沈む」

「なるほど。身をもって学びましたわ」 

「清く正しいだけでは、立ち行かない。覚えておいて。さて、中身を読もうかな」


 それぞれ居住まいを正し、契約書を精読し始めるランを見守る三人は、お互い目を合わせて満足げに頷いた。

 ようやくこの王国の、再編が始まる。その時に立ち会っているのだ、と。


   ○●


 マルスランを塔に封印してから、まさに怒涛の十日間だった。

 

 財務大臣の異形化で財務省付近と中庭は先に破壊されていた上、騎士団本部も同じく破壊どころか火事で焼け落ちている。

 右目を失ったガエルをはじめとした、怪我や火傷で重傷を負った師団長レベルの騎士たちは、とても任務に戻れそうにない。

 

 そのような状況下でクロヴィスが最初にしたことは、宰相を動かし、国王に現場を直接見てもらうことだった。


「寝所まで戦いの音が届かなかったのは、ここで奮闘した騎士たちのお陰なのです」

 

 日和見主義の国王は宰相の説明を聞き、青白い顔で、ただただ愕然としている。

 

「こ、んな……」

「聞くのと見るのとでは、大違いでしょう」

 

 焼けた室内や割れて散乱したガラス、破壊された壁や家具に、飛び散ったおびただしい血の跡。

 生々しい現場の空気が国王を圧倒し、思わず顔を逸らしたのをフラビオは見逃さない。

 

「陛下。どうか目を逸らさずご覧ください。財務大臣は、悪魔に魂を売ったのです。そのせいで、マルスラン様は……ここでお亡くなりに。痛ましいことです」

「ああ、マルスランッ」


 何よりも、甥が亡くなったという報せは、国王を悲しませるのに十分だった。

 

「弟のジョスランが騎士団長となり、兄の遺志を継ぐと言って来ております。いかがされますか」

「っ、許す。許すぞっ」

「ならば、今すぐにでも新団長と共に騎士団再編へ取り掛かります。これは、国防にも関わる」

「任せたぞ、フラビオ!」

「はっ」


 フラビオは、すかさず背後のクロヴィスに目で合図を送る。手の中にはすでに、新団長就任に関わる書類の下書きが殴り書きで用意されていた。ルシアとジョスランの三人で夜通し話し合いながら作ったものだ。


 国王から口頭で同意を得た翌日からは、新生騎士団の組織作りや人選、任命式の調整を具体的に始めた。

 新たな財務大臣に誰を据えるかは難航し、しばらく宰相が兼任することとなる。


 さらに――


「やはり騎士団へ戻るか、クロヴィス」

「はい。ここまで育てていただいたのに、申し訳ございません」


 宰相室で深々と頭を下げる宰相補佐官に、フラビオは思わず天井を仰いだ。

 クロヴィスの背後にはルシアとジョスランが見守るように立っていて、ルシアの腕の中には、白トラ猫姿のヒスイがいる。


「わたくしからも、どうかお願い申し上げます。叔父様」

「そこで叔父様呼びは、狡いんじゃないか? ルシア」

「狡いでしょうか。本心なのですが」


 また正面を向いたフラビオが、優しい眼差しでルシアを見つめた。


「本当にやりたいことが、見つかったんだね?」


 完全に親戚の叔父さんの顔だ、とルシアはいきなり恥ずかしくなる。

 

「……はい」

「そうか。そう、か」


 潤んだフラビオの瞳に、ルシアはますます気恥ずかしくなり、早口で言い訳を始めた。


「だいたい、貴族ってほんと自己中心的で。民の血税で生かされているって自覚がないんですよね。他人の悪口とか嫉妬とか恨み言ばかりで、自分が言うのは良いのに言われるのは嫌。そんなんじゃ、穢れが溜まりに溜まりまくって、いくらお祓いしてもキリがない。そんな国、わたくしでなくて誰がお見舞いできましょう」


 焦ったジョスランが

「おい、ルシア。そうじゃない奴らもいるぞ?」

 とフォローを入れてみるも、

「甘いわよ、ジョー」

 と一蹴される。

 

 二の句が継げなくなるジョスランへ、クロヴィスが助け舟を出す。


「ルシア様。事実、騎士団の立て直しをと声を上げてくれる騎士もいるのですよ。それから、魔法を学びたいと言ってくれる貴族も、出資を申し出てくれる貴族も」

「ほら、な?」

「そんなの、マルスラン様の人徳ありき。一時的なものでしょう」

「「うっ」」


 ルシアの一声にやり込められるジョスランとクロヴィスを見たフラビオは、ガッハッハ! と大笑いをした。


「うんうん。この三人ならば、良い組織作りができるだろう。儂も全力で後押しをしよう……やれやれ。引退はまだまだ先だなあ」

「ええ。無事引退できるまで、わたくしが責任持ってお見舞いいたしますから。ほら、今も妬みが溜まりに溜まりまくっている」

「やはりか。どうにも肩凝りが酷くてね」


 ルシアがいつも通り場を清めてから丁寧にカーテシーをすると、それに合わせてジョスランとクロヴィスがビシッと騎士礼をする。

 にゃあんとヒスイが鳴くと、宰相室に――爽やかな風が吹いた。


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