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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第四章 異界の魔物

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第42話 反撃


 年老いたメイドが、当面のお仕着せと飲み水、硬いパンの入った籐の籠を持ってルシアの幽閉部屋を訪ねた頃には、すでに日が落ちかけていた。


「暗いので、帰りも気をつけてくださいね」

「恐れ多いことです」


 メイドへ気遣いの声を掛けると、背後の騎士ふたりが複雑そうな顔をしている。ふたりもついてきている念の入り様に、ルシアは苦笑するしかない。


「騎士様。テーブルを窓際に移動させたいのですが、手伝ってくれませんこと?」


 騎士に頼んでみると、眉根を寄せられた。


「このような暗い場所にいたら、気がおかしくなってしまいます。せめて、外の空気を感じたいのです」


 ふたりの騎士はお互いの顔を見合わせた後、渋々といった態度でテーブルを持ち上げ、すでに置いてあった椅子の位置に合わせて移動させた。

 

「ありがたく存じます。あの、ジョスラン様はどんなご様子で」

「……失礼する」


 つれない騎士の物言いに、ルシアはそれ以上問うのを諦めた。もしかしたら、知らないのかもしれない。


 ろくに目も合わせず退室する騎士と、慌てて頭だけ下げるメイドを見送り、ガチャリと鍵が閉められたのを聞いてから、ルシアは窓際の椅子に座った。

 真っ暗にならないうちに灯しておいた銀製の蝋燭台をテーブルの上に移動させ、咄嗟にウォッシュスタンドの引き出しに隠した式札と筆、(すずり)を再び取り出す。

 晩夏なので夜の冷え込みはそれほどでもないが、石の床は底冷えがするから、足の上にはブランケットを載せた。


「さて、そろそろ戻ってくるかしら」


 呟くと同時に、窓の隙間から、きらりと光る翠の目が見えた。


「ニャー」

「ヒスイ、おかえり」


 ルシアは手を伸ばして、ヒスイの背に貼り付いている紙人形を剥がした。


「伝言、届いたかしら?」


 話しかけると、ブルブルと人形が震え――


『ルシア。俺は騎士団本部に収容されている。王宮家令は体調不良で療養中、面会できない。聴取では正直に、あれは魔法ではない、化け物を必死に退治したと証言するつもりだ。まさか呪い返しだったとは。どちらにせよ、気にするな。戦闘は俺の仕事だ。それから質問の件だが……確かに奴は剣よりも弓が得意だ。まさかルシア、……』


 畳み掛けるように話すジョスランの声は、ガエルと思われる人物の声がしたところで途切れた。事情聴取が始まったのだろう。

 まだ半日しか経っていないのに、長い時間会えていないような感覚になり、ルシアは戸惑う。

 簡易の紙人形は下位式神としてしか使えない。意志を持たせることはできなかったが、ヒスイが運べるので、伝言で十分のはずだ。物足りないと思ってしまうのは心細いからだろう。


「家令は、療養で面会できない……やはりクロヴィスが模様替えの許可を取ったという人物は、ゾランダーが化けていたのかも。王宮内は常に近衛が巡回していて、外の人間が入り込むなんて絶対にできない。組織も建物の中も複雑で、わたくしですら決まった場所しか分からない。ということは……ゾランダーには、王宮中枢に近い人間の協力が不可欠だわ」


 ふー、と天井を仰ぐルシアの肩に乗ったヒスイが、身を擦り寄せる。ルシアは柔らかな毛に頬を埋めて、考え事を続けた。


「ゾランダーの協力者が王宮中枢の人間ならば、おそらく敵の首領。わたくしの予想が当たっているのなら……何にせよ、ここから出なければどうにもならない。わたくしの幽閉が騎士団判断なら、宰相閣下が必ず抗議をするはずだわ。それを待つか、あるいは」

 

 ルシアは独り言を放ちながら、自分の考えを整理する。それでは足りなくなってきたので、紙に今までの出来事を書き出した。

 クロヴィス曰く、お見舞い係が権力に近づいてから、このような大きな出来事が起こり始めたそうだが、ルシアも時系列的に正しいのではと思っている。


「殿下の不眠を治し、宰相閣下の采配の元でお見舞い係の新設。王太子妃となったエディット公爵令嬢の後ろ盾。母子殺しのブリアック侯爵領と爵位。コルトー伯爵の一人娘マノン嬢とも、親戚関係に」


 王子、宰相、公爵家、侯爵家、伯爵家。


「冷静に見ると、確かに……過分な権力集中と言われても、仕方がない。けれども、わたくしなどただの小娘。いくら権力があろうが、爵位は持てないんだから、高が知れているのに」

 

 ルシアは思わず、左肩の矢傷を手でさする。あの矢には、明確な殺意を感じた。左胸を狙ったのでは、と考えている。刀禁呪(とうごんじゅ)を舞っていなければ、確実に心臓を射抜かれていたに違いない。


「狙いは、宰相閣下かしら? でも、王国政治を一手に担うお方を魔法で倒すだなんて、無理筋だわ。それこそ王国の転覆を狙わない限り……騎士団予算縮小案は却下されたし、逆に魔法研究機関を作ろうとしている。辺境伯が亡くなったことで、辺境も合わせた再編がされ、騎士団はむしろ適した集団になってきている。財務大臣が消えたことで、お金の流れも正常化するでしょう……なんだか、王国内の懸念を全て払拭するために動いているような感じまであるわ」


 手段は非合法で非道だが、王国内の憂いを強引に祓ったかのような気さえしている。やり方は褒められたものではないし、お見舞い係に最大の危機が訪れている以外は。


「あ。もしかして、ジョー?」


 かちん、と頭の中で歯車同士がきちんとはまったような音がした。ぐるぐると思考が回転し始める。


 ルシアの脳裏に、かつてジョスランとした会話が思い出された。

 

『わたくしも、自己顕示欲しか、感じない。王国をどうしたいか、人々をどう変えたいか、何をしたいのか。そういった目的も信条もなく、ただ自分の力を誇示しているだけではと思いました。大規模な仕掛けで人々を意のままに操り、驚異的な存在をも召喚できる、という力を知らしめているだけではと』


 肩の矢傷が熱を持ち、ズキズキと痛み始めた。


「ああ、そうか」


 ルシアの視界が、突然明るく開けた。窓の外には、青く静かな三日月が光っている。絶命した夜のとよく似ていたが――そこにはもう悲しみなどない。


「前世の後悔など、もう関係ないわ。ただ、信じたことをやり遂げる」


 ルシアの決意を、白トラ猫だけが聞いていた。


    ○●

 

 翌日の夕方。

 水を届けにきた年老いたメイドと、それに付き添うふたりの騎士は、また同じ顔だった。

 自室のベッドより固く、寝返りを打つたびギシギシ鳴る頼りないスプリングでは寝付けず、寝不足のルシアは不機嫌さを隠さない。


「わたくしは、いつまでここに居れば良いんですの?」

「……」


 メイドがジャグに水を補充し、パンとチーズを籠に追加する間、ルシアは騎士ふたりに詰め寄った。


「わたくしが魔法で財務大臣を化け物にしたですって? おとぎ話ですわね。騎士団っていつから空想で人間を捕まえるようになったのかしら。大体、わたくしがやったのなら、剣狂と協力して倒す必要なんてないでしょう」

「俺たちに言っても、無駄だ!」

「そうでしょうけど。うら若き未婚の乙女を塔に幽閉だなんて……宰相閣下はどう思うのかしら。怒り狂っていなければいいけれど」


 びくっと騎士のひとりの肩が揺れた。

 怒り狂っているのは、事実なのかもしれない。

 

「騎士の方。本部へ戻ったら伝言をお願いいたしますわ。一言一句違えず。『そんな体たらくでは、いつまで経っても剣狂に勝てないわけね。当然だわ』」

「は⁉︎」

「副団長を、侮辱する気か!」


 ルシアはニヤリと口角を上げた。


「わたくし、いつマルスラン様へと言いました?」


 あっと騎士が口を開けたが、時はすでに遅い。


「人は咄嗟に、本音が出るもの。なるほど、やはりそれが()()()()()なのですね」


 自分の予想が正しいと確信したルシアは、右人差し指と中指を立てると下唇へ付け、口の中で素早く(しゅ)を唱える。

 

「我が名の元に、使役する。()く正しく口伝えをせよ、急急如律令!」

 

 騎士ふたりはガチン! と動きを止めるや背を伸ばし、踵を返して扉から出ると、鍵すら掛けず階段を走るように降りて行った。

 ルシアは大きく息を吐くと、今度は老いたメイドを振り返る。


「さて。老婆のフリは楽しい? ()()()()()

「あの。なんのことでしょうか」

「いくら見た目を変えても、中身は変えられないわ。こんな高い塔のてっぺんまで、荷物を持っているのに息も切らせず上がってくる老婆なんて、いないと思うけど?」


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