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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第四章 異界の魔物

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第35話 告白


「俺は、自分の腕を信じている。ルシアは、何を信じている?」

「わたくしは……」


 口ごもったルシアを、ジョスランは優しい眼差しで見つめている。

 ルシアはその態度で逆に居心地が悪くなり、逃げたくなったが――話そうと決意したならばもう勢いしかない、と開き直った。


「……人払いを」


 ジョスランが指示するまでもなく、部屋付きメイドはすぐさま礼をしてから退室する。

 本来なら未婚の貴族女性が、婚約者でもない男性とふたりきりでいるのは許されない。ルシアとジョスランの関係性を熟知しているメイドであればこそ、暗黙の了解で行動してくれたのだろう。

 ルシアは、心の中でそっと礼を言う。


 シーツの上では、ぷすぷすと鼻を鳴らしながら、丸くなったヒスイが熟睡している。

 ルシアは式神の温もりに勇気をもらおうと、その柔らかな背中をそっと手で撫でた。すると、ジョスランもまた居心地が悪くなったようだ。


「前にも言ったが、無理に話さずとも」

「無理ではないです。あまりにもおかしなことなので、どう話せば良いかと悩んでしまって」

 

 おほん、と大袈裟に咳払いをしてから、ルシアはジョスランの顔を見た。ジョスランは、ヒスイを撫でているルシアの手を見てから、顔を上げる。


「思うがまま、話してみてくれ」

「はい。その……わたくしには、前世の記憶があります」


 敬語に戻ってしまったルシアの言葉遣いを、ジョスランはあえて指摘せず、先を促す。

 

「前世? とはいったい」

「生まれる前の人生、とでも言いますか。ルシアとしてこの世界に生を受ける前。別人であった頃の、記憶です」

「なるほど。あの不思議な呪文のようなものや札は、その時のものなのか」

「はい。陰陽師という職業がありました。こことは別の世界で、ざっくりいうと、方角や季節を相関する元素として捉える――学問のようなものですね。それらを元に、天候を占ったり暦を作ったりしていました。はるか昔は、貴族に認められた役人のようなものだったのですが、わたくしの記憶がある頃には信仰と複雑に絡み合って、祭祀や呪術も積極的に行っていました。利益のために、民間での儀式も請け負うようになっていたのです」

「呪いや祓いという言葉は、そこから来ているのだな」

「はい」


 ジョスランは立ち上がると、水差しの水をグラスに入れ、ルシアに差し出した。

 ちょうど喉が渇いていたルシアは素直に飲み干し、グラスをジョスランへ戻す。ジョスランも、ついでにとばかりにそのグラスで水を飲んでから、再び椅子へ戻る。


「……人の恨みは形となって、人に障りをもたらすのです。わたくしはただ純粋に、人々の力になりたかった。けれども」

「けれども?」


 ジョスランが、腕と足を組む。ルシアの緊張が伝わったのか、身構えしているのだろう。ルシアもまた、言葉を選ぶため唾を飲み込んだ。

 

「特別な知識を持つ者どもは貴族や有力者と繋がり、組織だった力関係が生まれます。そして組織の長は、わたくしを疎み――呪い殺した」

「呪い、殺した……」

「そうして生まれ変わったのが、今のわたくしです」

 

 ふーっとルシアが大きく息を吐く。

 語り終えたからにはジョスランの反応を待つしかないが、落ち着かない。気持ちを鎮めるために、目を閉じ深呼吸を繰り返すルシアを、ジョスランはじっと眺めている。沈黙に耐えられず、ルシアはまた口を開いた。


「あの、やはり信じ難いですよね。変人にお気遣いは無用です」

「信じる信じないで言えば、信じる。あと、気遣いなど元々していないし、これからもするつもりはない」

 

 パッと顔を上げるルシアを、ジョスランはわざとらしいぐらいに口角を上げ、見つめ返す。

 

「さぞ不安だっただろう。だが俺は、冥界に愛された男だぞ? 前世も呪いも、全てそういうものか、と受け入れるだけだ」

「ジョー……」

「冥界があるのなら、別の世界もあるだろう。自然を神と信仰するこの世界で、呪いという概念は薄まってはいるが、恨みが形となって人を襲うというのは、魔法があった頃には一般的だった」


 今度はジョスランが、静かに語りだす。


「はるか昔に、この世界で覇権を握っていた魔法使いが淘汰され、魔法がなくなった理由を――考えたことはあるか?」

「……いいえ」


 ルシアは生まれた時から五大明王の加護を信じ、修行をしてきた。魔法というものは『無いもの』として育ってきたことからも、あまり考えたことがない、というのが正直なところだ。


「ルシアと出会って、俺もなぜこの目は亡者や不思議な生き物が見えるのだろうか、と改めて考えた」

「それはっ……辛かったのでは」


 母が亡くなった原因とされたこともあるのだから、見つめ直すのは大変だっただろうとルシアは想像する。

 

「辛くないと言えば嘘になるが。知らなければならない、と思った。そのように一人、見えないものと戦っているのを見ていればな。そして、王宮図書室に厳重に保管されていた、禁忌とされている古い書物を読んだのだ。魔法というのは、魔力という素質を持つ人間が、大気に漂う魔素を材料として行使する術だと分かった」

「魔力と、魔素」

「そうだ。魔力は人にもともと備わっている、体力のようなものだな。たくさん戦える人間がいるように、魔法をたくさん行使できる人間もいるようだ。問題は、魔素」

「もしかして……枯渇した?」

「はは。さすがだな。その通りだ。俺たちの何世代も前、大規模な魔法戦争が起きたらしい。世界の魔素が使い尽くされて無くなり、自然と魔法使いも淘汰された。その書物が正しければの話だけどな」


 ルシアが、自分の両手のひらを見つめる。


「わたくしたちも、魔力を持っている……」

「ああ。古の魔法使いは、わずかな魔素で魔法を行使する素質のある者、なのかもしれない。そして俺もルシアも、そうなのではないか、と」

「ジョー……」

「この世にあらざる者に心を寄り添えているから。俺たちは『亡き者が見える魔法』を無意識に使っている。ルシアの告白を聞いて、俺はそう確信した」

「っ、きっと、きっとそれは正しいっ……!」

 

 ぼたぼたと、手のひらの上に雫が落ちるのを見て初めて、ルシアは自分が泣いていることに気づいた。

 ジョスランがマットレスの上に座り直し、胸ポケットから取り出したハンカチーフを差し出した後で、ルシアの背を優しく撫でる。


「何も特別なことではない、と俺は思うことにした。大事なのは、授かった力をどう使うか、だ。そして」

「グス。人に害をなす使い方をされているならば」


 涙を拭ったルシアが顔を上げると、そこには優しく輝く紅色の目がある。

 

「……それを正すのみだ。つまり、お見舞い。だな? くく」

「ええ。ええ。お見舞いいたしましょう」

 

 ぽん、とジョスランがルシアの肩を叩く。


「口調が元に戻っているぞ」

「あ。ごめんなさい。でもそれより、憂鬱なことがあるのでは?」


 ルシアの指摘に、ジョスランはそのままぼすんとベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。ルシアの足の上に頭が乗る形になったが、あえて気にしないでおく。ジョスランの衝撃で飛び起きた猫の姿のヒスイが、グイーッと伸びてから不満げな顔をして、ジョスランの頬をベシベシと前足で叩いた。

 

「いだだ。悪かったってヒスイ……俺の知識は、王宮図書室から得たものだ」

「つまり、怪しいのは、王宮に自由に出入りできる身分」

「アカデミー出身者で、そういう身分の者は、限られている」

 

 高位貴族もしくは高位な役職に就いている者、となると、それほど多くはないだろうとルシアも察した。


「クロヴィス……」

「な。憂鬱だろう?」

「せっかく仲良くなれたのに、疑いたくないわね」


 肯定する代わりに、はああああ、と大きな溜息を吐くジョスランをなんだか可愛く感じたルシアは、そっと頭を撫でてやった。


「うぐっ。また、不意打ち食らった……」

「え?」

「なんでもない」


 ガバリと起き上がったジョスランの髪がボサボサになっていたので、ルシアはくすくすと笑う。

 それから、メイドに言い訳を作ってあげなければと思い付き、ヒスイを元の姿に戻してやった。


「ヒスイ、悪いけど外のメイドを呼んでくれるかしら? ジョーの髪を直してもらわないと」

「はーい。でも、主が直してやればいいのに」

「やんごとなきお方のお髪は、触ってはいけないの」


 ルシアの言葉に、ジョスランはポカンとした後で眉根を寄せた。


「やんごとなき、て俺がか」

「王弟殿下のご子息ですもの」

「それは、忘れろ」

「あ。そう言われれば、一番怪しいのはジョーね?」


 ルシアがイタズラっぽく言うと、ジョスランは――とてつもなく渋い顔をした。

 

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