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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第四章 異界の魔物

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第34話 決意


 王宮内の客室のうちの一つは、すっかりルシア個人の部屋となっていた。部屋付きメイドも全員顔見知りとなり、慣れた様子で甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 特に、あまり良くない縁談が来ていた若いメイドへ、ルシアが「悪縁が付いているようね。縁切りは難しいから、そうね……看病のお礼代わりに、疎遠にして差しあげましょう。その間に手を打つと良いわ」と祓ってからは、今日は私が世話を! と大人気になったぐらいだ。

 王宮メイドは、身元のしっかりした貴族の子女がなるものであるから、その評判は当然実家へも届き――ルシアは、図らずとも『お見舞い係』の汚名返上をしたことになった。


 そうして過ごしている日々のうち、夏の強い日差しが少し翳った、ある日の夕方近くのこと。

 医者から歩いても良いと言われたものの、まだ足元はおぼつかない。ルシアは仕方なく、滞在している王宮客室にあるバルコニーにテーブルセッティングをし、エディットを招いた。


 ゆるくカールした金髪に良く似合う、品の良いパステルイエローのドレスに身を包んだ王子の婚約者は、ルシアの顔を見るなりホッと息を吐く。


「久しぶりね。元気そうで、良かったわ」

 

 ふたりが顔を合わせたのは、本当に久しぶりのことだった。

 エディットはルシアの『変人っぷり』も意に介さず、気が合うからと頻繁に手紙のやり取りをしたり、お茶を飲んだりしていたが、王太子妃としての公務が忙しくなりしばらく会えていなかった。

 ルシアもルシアで、お見舞い係の仕事が忙しく、最近は長旅をしていて留守だったのもある。直接会話をするのはいつぶりだろうか、とすぐには思い出せないぐらいだった。


「ご支援をありがたく存じます、エディット様」

「礼には及びませんわ。当然のことをしたまで」


 微笑みながらソーサーを持ち上げる手つきは、優雅だ。レディとはこうあるべき、のお手本のような人だな、とルシアは思わず見入ってしまう。


「しばらく会わないうちに、ずいぶん変わったわね、ルシア」

「え?」

「ジョスラン様の影響かしら」

「……雑になりましたか?」

 

 エディットは青い目を大きく見開いてから、くすくすと笑い始めた。


「違うわ。感情が出やすくなった。表情豊かになった気がする。あのような激情家と長く時間を共にすれば、そうなるのかしらね」

「影響を受けたのは……否定できません」

「あら。ということは、ついに婚約するの?」

「それとこれとは、違います」

「まあ。ジョスラン様は、陛下にあんな風に訴えたのに。わたくし、とっても羨ましく思ってよ?」


 ルシアが怪訝な顔をすると、エディットは微笑むだけだ。それより、と軽く咳払いをすると、エディットはもぞりと姿勢を直した。

 

「ふー、ところで。わたくしの最近の憂いが分かって?」

「……失礼ながら、少し見させていただいても」

「もちろん」


 ルシアは真正面に座るエディットの表情や姿勢を、遠慮なく眺めた。

 それから、真面目に取り繕っていたはずの口角を引き締めることを諦める。取りすましていたエディットも、我慢できず顔を綻ばせた。


「殿下に存分に愛されているご様子。安心いたしました」

「もう。今日も何するのかどこに行くのか、細かく聞いてくるのよ」

「ふふふ。お心を留め置くおまじないが効いたようで、何よりです」

「効きすぎかも! それでね、とあるお方がルシアのおまじないをして欲しいと……」


 久しぶりに肩の力を抜いた友人同士の会話に、ルシアの心は明るくなった。


(エディット様に感謝だわ……わたくしは、この平和を守りたい)


 孤独だった前世とは違う。自分の力をこうして認め、助けてくれる友人の存在。それから、頼りになる相棒の存在。

 手の中に『大切なものがある』という感覚は、嬉しくもあり、怖くもある。

 

 そしてますます、陰で(うごめ)く何らかの(はかりごと)があるならば、この手で憂いを打ち払いたい――そう、決意を新たにするのだった。

 

   ○●


「よくもまあ、あの人数を(さば)こうと思ったものだな」

 

 呆れ顔のジョスランにエスコートされ、王宮内の部屋へ戻ってきたルシアは、ハーッと大きな息を吐きつつベッドにゆっくりと腰を下ろす。

 完全に年寄りの仕草だが、ジョスランはそれを笑わず、手を添え補助した。

 

「病み上がりには、なかなかキツかっただろう」

「ええ。でもわたくしよりヒスイの方が」

「にゃあん」


 ベッドのマットレスの上へと駆け上がった白トラ猫が、大きなあくびをしてから後ろ足で耳の後ろを掻いている。そのままそこで丸くなって眠る気だろう。

 

 

 ――エディットとのお茶会を終え、体力の回復に自信を持ったルシアは、改めてジョスランと相談をした。

 宰相の許可を得て、辺境騎士たちに丁寧に話を聞いた結果、『怠惰な王国騎士の存在は王国の憂いであり、辺境こそが正義である』と刷り込まされていることに気づいた。

 

「怠惰な王国騎士、というのは事実だけどな」

 

 苦笑するジョスランは、複雑な胸の内を吐露する。


「王国を守りたいという騎士がいることも、事実」

「はい、もちろん。急いで洗脳を解くには、新たな価値観を植え付ける。術は複雑だけれど、人は信じたいことを信じる」

「信じたいことを、信じる、か」


 考え込んだジョスランを見ながら、ルシアは頭の中で様々な計算をした。


「行動を操るための術は、何が何でも解かなければ。けれども思想は」

「騎士団への忠誠に変える」


 ふー、とジョスランが大きく息を吐く。


「自然とそう思って欲しい、と思うのは、俺の王族としての傲慢さだな」

「ジョー……」

「せめて俺は。たとえ外側からでも、信ずるに値する国にしたい」

「ええ」

 

 強く光る紅色の目を、ルシアは美しいと思った。


「辺境騎士への、お見舞い。気合を入れて、参りましょう」

「おう」


 騎士演習場は、閉鎖されていた。

 悪魔召喚の調査のためと特別許可を得たルシアは、予め九字を切り場を清め、魔法陣の痕跡を書き写してから、そこへ辺境騎士たちを集めてもらった。


 トビア・ギルメットが亡くなったことが、騎士団長であるガエル・メネンデスから正式に発表されると、途端に動揺が走る。

 

(今だわ)


 動揺は、心の隙である。ルシアはその機を逃さず、動き出した。


 一方で集団の前面では、王弟の息子であり副団長であるマルスランが、張りのある声で演説を始めた。家格を鑑みて、適しているだろうとの団長判断であり、ジョスランも賛成した。


「皆の者。王国だ辺境だと、隔てたい気持ちは、我々には……ない! 王国騎士団は、王国の民全てを守る! そして貴殿らを受け入れる用意がある!」

「おお」

「本当か⁉︎」

「なんと」

 

 どよめく演習場を見回し、ジョスランは騎士たちに不穏な動きがないか確かめながら、周囲をゆっくりと歩く。その肩には、ヒスイが猫の姿で乗っていて、翠色の目を光らせている。


 ルシアは、演習場の木塀に予め貼ってあった札に目を走らせ、口の中で「六根清浄(ろっこんしょうじょう)急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう」と繰り返し唱えた。

 

「うぐ」

「んっ」

「頭が、痛い」

「吐き気が……」

 

 辺境騎士たちの中では、なぜか体調不良を訴える者が続出し、お見舞い係の仕事について事前に説明を聞いていた王国騎士たちは、慌てずそれらに寄り添う。


「大丈夫か」

「ゆっくり呼吸を」


 優しくされると、さらに心の隙ができる。ルシアは一層力と願いを込めて、唱え続けた。


「全ての縛りを、これへ」


 ジョスランが手に持っているのは、騎士の人数分用意した紙の人形(ひとがた)だ。そっと近寄り、優しい言葉を掛けている間に、ヒスイが一人ずつの『呪い』を生身から紙人形へ移していく。


 

 そうして集めた人形を今日この日、ルシアが清めの文言と共に、王都郊外の川へ流してきた。古来から伝わるお清め、もしくは呪い返しの手法である。

 共に馬車で移動し戻ってきたジョスランは、ルシアがベッドに横になったのを確かめると、ようやく気を抜いていつものように脇の椅子に腰掛けた。

 

「はあ。おかげで兄上も大忙しらしい」

「まあ、そうでしょうね」

「なんだかな」


 ジョスランの複雑な胸中は、ルシアにも分かる。


「他人に頼らず、自身の心持ちだけで行動することは、難しいことだわ。信条を持つというのは、信じるものがなければ」

「俺は、自分の腕を信じている。ルシアは、何を信じている?」


 強く輝く紅色の目が、そこにあった。

 

「わたくしは……」


 きっと、今だろう。

 ルシアはジョスランへ自身の前世を話すことを、決意した。

 


 お読みいただき、ありがとうございます!

 いよいよ、最終章の始まりです。

 最後まで追いかけていただけたら嬉しいです。


 よろしくお願いいたします。

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