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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第33話 蠕動


 翌日の、夕暮れ時。

 再びルシアが滞在している王宮内客室を訪れたジョスランは、髭を剃り湯浴みを済ませ、綺麗に整えられたお見舞い係の制服に身を包んでいた。

 ボロボロだった昨日よりはマシになっているのを見て、ルシアはホッとする。一方で、やけにきちんとした身なりだと気づいた。


「何かあったの?」

「ああ。陛下と会ってきた」

「え! どういった名目で?」

「甥として」

「それは……嫌だったのでは」

「嫌だけどな。お見舞い係を悪く言われてはたまらん」


 苦笑するジョスランに、ルシアは頷いた。


「陛下に、言い訳の余地を作って差し上げたのね」


 ルシアの答えに、ジョスラン後ろ頭を掻いた。

 

「まあ、な。辺境伯は亡くなっているし、あれは動揺していた際の私的な会話であり、正式な報告ではなかったとするのが一番良い」

 

 多くは語らずとも、国王との私的な謁見がうまく行ったことは伝わる。それから軽く咳払いをすると、ジョスランはルシアに「頼みがある」と切り出した。

 

「なんでしょう?」

「今回の件は、俺だけの力じゃない。エディット嬢の後ろ盾があった。あとでお礼の手紙を書いてもらえるだろうか」

「まあ! そうだったのね。わかったわ」


 聡明なエディット公爵令嬢のことだ。ルシアとの交友関係だけでなく、辺境伯の噂や人となりを冷静に判断した上でのことだろう、と想像がつく。

 快復したら一番にお茶をせねばなるまい、とルシアは心に留めた。


「ふー。それにしても昨日より、だいぶ良くなったみたいだな」


 ジョスランが気疲れした様子でベッド脇の椅子に腰掛けると、ルシアは労った。

 

「色々ありがとう。おかげで痛みも感じなくなってきたの。まだ指先に違和感があるけれど」

「そうか。傷が塞がったら、今度は適度に動かす方がいい」

「さすが詳しいのね。騎士って、本当に大変な職業って実感したわ」

「はは」


 久しぶりに穏やかな気持ちで会話をするふたりを、突然のノック音が遮った。


 部屋付きメイドが扉を開けると、細身の黒いフロックコートに身を包んだクロヴィスが、焦った様子で入ってきてすぐに、人払いを命じる。


「クロ?」

「どうした」


 バタン、と扉が閉じられたのを確認してから、クロヴィスは口を開いた。


「ゴタイと呼ばれていた男が――消えました」


   ○●


 ゴタイが牢獄から姿を消した日の夜は、新月だった。


 静まり返った王都の街中を、殺気立った騎士たちが松明(たいまつ)を片手に、巡回している。

 脱獄した男を、血眼(ちまなこ)で探しているのだ。

 

 民たちが無用なトラブルを避けるため、いつもより早く家に入っているせいか、騎士以外の人影は全く見当たらない。空気を読まない酔っ払いが一人、千鳥足でふらふらと歩いているぐらいだ。


 通りがかりの騎士が「大丈夫か?」と声をかけると、酔っ払いは「う〜い、らいじょーぶですょお〜へへへ」と応える。騎士は軽く首を横に振ると、すぐにその場を去って行った。


 王都を取り囲む城壁には、東西南北に外部からの出入りのための門がある。その上部には、見張りのための物見塔が作られていた。今夜は、そこへ常駐するはずの見張りの騎士たちまでもがゴタイ探しに駆り出されており、今はいない。

 

 月明かりがなく闇が深いせいで、隣を歩く人間のシルエットすら満足に分からない。人探しには、全く適していない日だろう。


 先ほどの千鳥足の酔っ払いが、城壁を見上げたかと思うと――一瞬でコノハズクに姿を変え、闇夜に羽ばたいた。


 小さな猛禽類はあっという間に城壁の最上部まで到達し、物見塔の中へ入るなり人の姿に戻る。

 塔の中では、先に誰かが待っていた。マントのフードを目深にかぶり、体型も面貌も分からない。

 その人物が、口を開く。

 

「思ったより、早かったな」

 

 真っ暗闇の中では、肉声だけが、そこに人がいるという証拠だ。

 

「ご無沙汰しております、マイロード」


 コノハズクから人の姿になった酔っ払いは、見える見えないに関わらず、左手を腹に右手を腰に当て深々と頭を下げた。マントの人物は、満足そうに軽く顎を引いて声を掛ける。

 

「新たな肉体はどうだ。()()()()()

「問題ありません。孤児院の中でも、最も丈夫で健康なのを選びましたから。若い体は、馴染むのも早い」

「そうか。わざわざ手の込んだことをして、下級悪魔を(にえ)にしてやったのだ。魔力は全て戻ったんだろうな?」

「は。(つつが)無く」

 

 ゴタイ――ゾランダーは、見えないのを良いことにいやらしく口角を上げる。


「あのようなことをせずとも、貴方様ならば悪魔召喚ぐらい、容易くできたのではないですか。マイロード」

「だから楽しいんじゃないか」


 ククククと喉が鳴る音がした後で、呆れたような声がする。

 

「無駄な労力。無駄な命。無駄な正義。暇潰しになった」


 ゾランダーは、大げさに肩を竦めてみせた。

 

「お見舞い係とやらが、これからどう出るか楽しみでございますね」

「ああ、貴様は恨みがあるのだったな」

「うおっほん。そのようなことは……まあ、その、気に食わない、ですがね」


 ゆらり、と空気が揺らぐ。

 

「慌てず、機を待て」

「心得まして」


 ゾランダーが顔を上げる前に、相手は消えていた。

 

 それからすぐ、城壁の下を忙しなく行き交う騎士たちの姿が目立つようになった。


「南だ!」

「南へ行け!」

「もっと応援を呼べっ」


 ゾランダーが顔を上げると、南の夜空が少し赤く染まっている。


「後始末……いや、開戦の狼煙(のろし)か。ふふ」


 ゾランダーは再びコノハズクに身を変え、あっという間に夜空に飛び立ち、その姿を消した。

 

   ○●

 

 王都内の建物は、ほとんどが煉瓦造りだ。火事が起こっても延焼の可能性は低く、小川などからバケツリレーの要領で桶での水汲み消火活動をすれば、大体は鎮火する。

 

 孤児院を火元にした今回の火事も、周囲へ延焼することなく、騎士団の尽力で明け方までに消火された。

 孤児院長が涙を流しながら、何人もの子どもたちが犠牲になったと報告したが――実際に生き残った子どもたちは、「火事のせいじゃない。もっと前に、悪魔が食べた」と言い張った。


 それを聞いた騎士たちは、恐怖で混乱した子どもたちの妄言として取り合わず、消火を終えるや屯所に戻っていく。

 クロヴィスが騎士たちの雑談としてそのことを聞いた時には、既に孤児院長は姿を消した後だった。


「悪魔が食べた、とはね」


 宰相補佐官室で、黒革表紙の分厚い書物をパラパラとめくるクロヴィスが、あるページで手を止めた。内容を確かめるように、ぶつぶつと読み上げる。


「子どもの内臓を五つ、猛禽類の爪、……仕上げが、生き血」

 

 パタンと書物を閉じ本棚に戻すと、クロヴィスはフロックコートの襟を正し、宰相室へと向かう。


 扉前の近衛騎士たちと目礼を交わし、いつも通りノックを二回してから「クロヴィスです」と名乗ると、すぐさま「入れ」という宰相の硬い声が聞こえた。

 機敏な動作で入室したクロヴィスが机の前で礼をすると、渋い表情をした宰相のフラビオは、早速口を開く。

 

「お見舞い係への疑惑は不問に付す代わりに、秘密裏に悪魔召喚の調査をせよと仰せつかった。伝えてもらえるか」

「は。洗脳の件は?」

「病死したトビアの息子が王都に着き次第、ギルメット伯爵の任命を行い、辺境騎士たちと共に領地へ帰る予定だ」


 問題ないことにすると察したクロヴィスは、姿勢を正しながら思わずフッと鼻息を漏らす。

 少なくともあの異様な姿を目にした騎士や貴族たちは、不安に思っているに違いない。不安は、悪い噂を呼ぶ。その噂で西の辺境が不穏になれば、隣国との関係も危ぶまれるかもしれない。

 

「理解できぬものは、なかったことにする。今はそれしかあるまい」


 フラビオの眉尻が下がる。良くないとは分かっている、と言いたげだが、宰相として口には出せないことは、クロヴィスも理解している。

 

「ルシア様は、辺境騎士たちを大変に心配されていました」

「……? 何を考えている、クロヴィス」


 フラビオに問われたクロヴィスは、わずかに微笑んだ。

 

「お見舞い係による、辺境騎士たちへの『お見舞い』。手筈を整えますが、よろしいでしょうか」

「っ! 分かった、許可しよう」


 それから数日後、王宮内に、とある噂が駆け巡った。


 ――騎士演習で具合の悪そうだった辺境騎士たちを『お見舞い係』が見舞った。すると不思議と、辺境へは帰らず、王都に留まりたいと申し出る者が続出した。団長は彼らに『悪魔討伐の褒賞』を取るか『王国騎士への転属』を褒賞とするかを選ばせることにし、ほとんどが転属したらしい。これにより、騎士団予算を削減しようとした財務大臣と団長との軋轢(あつれき)は、深まるばかりだろう、と。


 

 これから王国には未曾有(みぞう)の危機が訪れるが、今はまだ、打てる手はそれほど無かった。


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