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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第32話 覚醒


 暗闇の中、たゆたう体は水の中かそれとも宙を浮いているのか。

 ルシアは仰向けに寝転がった姿勢で目を閉じ、流れに身を任せている。


『覚悟は、あるのかい』


 どこからか響いてくる声には、聞き覚えがあった。だから、素直に返事をする。

 

「はい、師匠」

『なぜ、巫女ではダメなのかな』


 師匠との過去の問答が、なぜ今繰り返されるのだろうか。ルシアは疑問に思うが、素直に答える。


「巫女は、神託を受け行使するお役目。あくまで神職の補助です。私は、自らの手で直接、人々の憂いを祓いたいのです」

『ふむ……祓う、とはそもそもなんだろうね』

「心身の厄や罪、穢れをなくし清浄な状態にすることです」


 過去の問答では、ここから具体的な修行の話になったのを覚えている。ところが今は、異なる反応があった。

 

『憂いが、あるのかい?』

「騎士を洗脳したり悪魔召喚したり、大きな陰謀がっ」

『それって、本当に大きいのかな。『洗脳』は、『個人の信条』を無理に変えたということだ。ならば、対象と手法を明らかにして、解けば良い。悪魔は、約束が果たされたら消える。実際そうなっただろう? 鳴神(なるかみ)の沙汰なんて、悪魔なら無視しても良いんだから』

「っ!」

『それが、国全体の憂いかい?』


 ルシアは、ゆっくりと目を開く。一筋の光明が、自身のすぐ側を走っているのを見ながら、そっと身を起こす。足を地につけるイメージで、立ち上がる。一歩、踏み出してみる。――歩けた。


「そうか。手が込んではいるけれど……王国に対する陰謀、なんかじゃない。ただひとりのための。欲望にまみれた……!」


 光明の向こう、光る扉が現れた。


「ありがとうございます、師匠」

『私は、師匠なんかじゃないよ。君が積み重ねてきた、君自身だ。自分を、信じて』

「っ、ええ!」


 ルシアは、力強く踏み出す。


 これは、修羅の道だ。一筋の光以外は真っ暗闇で、周囲が見えずとも、分かる。シャリシャリと髑髏(されこうべ)を踏みしめる感覚があるからだ。私情を排し信じる道を行くのは、並大抵のことではない。多数の価値観、縁故、尊厳を犠牲にしなければならないこともある。


「それでも、行く。決めたから」


 光の扉の向こうで、紅色の目をした相棒が待っているのが見えて、思わず笑みが漏れた。再会したら、きっと「無茶をするな」と呆れられるに違いない。


 ――左肩に矢傷を負ったルシアが、王宮の客室で目覚めたのは、演習から五日経った日の朝だった。


   ○●

 

 ベッドに上体だけ起こしたルシアを、ジョスランが見舞う。見舞ったのはジョスランだが、目の下の目立つ隈も、顎に生えた無精髭もそのままの焦燥した様子に、ルシアの方が心配したぐらいだった。

 シーツの上では、ようやく安心して眠りについた猫の姿のヒスイが、丸くなっている。

 

「ご心配を、おかけしました」

「無事だったなら、良い。まだ痛むだろう、無理をするな」


 ヨモギなどを使った軟膏がたっぷり塗られた傷口には、包帯がぐるぐると巻かれ固定されている。動かすと痛いが、安静にしていればそれほどでもない。だがジョスランが言うには、最初の二、三日は高熱が出たらしい。看病してくれたメイドたちに後ほど謝意を伝えよう、とルシアは思った。


 ジョスランはベッド脇の椅子に腰掛け、ルシアを覗き込むようにして顔色を窺う。紅色の目が、窓から差す日差しを受けている。ルシアにはそれがやけに鮮やかに映って、どこか面映(おもはゆ)い。

 目を合わせるのも気まずく思い、宙を見ていると、ようやくジョスランは元の姿勢に戻った。

 

「顔色も良くなったな。医者曰く、傷は幸い塞がっているが、最低でもあと七日はじっとしていろ、だそうだ」

「分かりました。ジョー、ありがとう」

「いや……起きたばかりですまないが」

「何か、ありましたか」


 言い渋るジョスランの顔を見たルシアが、

「もしかして。悪魔を召喚したのはお見舞い係だ、とか」

 といきなり核心を突くと、さすがにジョスランは苦笑する。


「なんだ。気を失っていても、会話は聞こえていたのか?」

「いいえ。ただの予想ですが、当たったようですね。辺境伯は、強欲な人物です。王国騎士より辺境騎士の方が優れている。悪魔を倒したのは自分だ――と言うだけでは、足りないのではと」

「ああ。国王陛下に『お見舞い係がやったに違いない』と直訴して、素直な陛下はそのまま報告として受け取った。騎士団長は現場の収拾に手を取られ、陛下への報告を後回しにしたのが良くなかった。後回しと言っても、翌日だったんだが」

「現場から駆け込んだ人間の強い言葉は、頭に入りやすい。動揺していれば、なおのこと」

「ああ」


 喉の渇きを覚えたルシアが、脇のキャビネットにあるグラスを目で見やると、ジョスランが察して立ち上がり、水差しの水を注いで手渡してくれた。素直にグラスを受け取り喉を潤してから、再度ルシアは口を開く。


「その詭弁は、一時的なもの。あの魔法陣は、魔法の知識が豊富な人間にしか描けない」

「残念だが今の王国に、魔法の知識が豊富で、陛下に上奏できる立場の人間はいない」

「そうでしょうか。クロヴィスは詳しいですよね」

「……何?」


 ジョスランの紅色の目が大きく見開かれた。


「わたくしが魔法陣に書かれた文字を判読しようとしていた時、『ここからでは、判然としない』と言っていました。つまり、見える位置からならば、分かるのではと」

「それは、本当か」

「ええ」

 

 黙りこくったジョスランに、ルシアは首を傾げる。


「どうか、しましたか」

「……辺境伯は、死んだ」

「えっ」


 ルシアが驚きで息を呑むと、ジョスランは険しい顔で腕を組んだ。

 

「今朝、タウンハウスのバルコニーで倒れていたのを発見された。酒を浴びるほど飲んでいたから、酔い醒ましに外へ出たのではないかとメイドが証言している。不審な点は見当たらないから、病死になりそうだ」

「……口封じ」

「俺もそう思う」


 ジョスランは眉根を寄せたまま目を閉じると、静かに自分の考えを吐露し始めた。


「てっきり騎士の失踪事件から始まった悪魔召喚は、辺境伯の武功が目的だと思っていたが」

「わたくしの考えも、同じでした」

「それにしては、手が込み過ぎている」

「はい」

 

 ルシアは、目覚める前に自問自答した事柄を胸の中で反芻しながら、耳を傾ける。


「俺の直感だが、今までの――母を蘇生させようとした侯爵や、家庭内暴力に悩んだ伯爵夫人を利用してきた奴と、()()に思える。規模は比べものにならないが、どうにも根本が似ている気がしてならないんだ。幼子が駄々をこねるように、自身の欲を叶えるためにやっているに過ぎないのではないかと」


 そしてジョスランが、何も伝えずとも同じ結論を導き出したことで、ルシアを感動が襲った。じわじわと熱くなる胸に、思わず手を当てる。

 

(同じ……あなたと、わたくしも)


 ルシアの仕草を見たジョスランは、傷が痛んだと勘違いをして気遣う。


「まだ痛むだろう。横になれ」


 ルシアはその言葉に甘えてそっと体を横たえながら、口に出す。

 

「はい……わたくしも、自己顕示欲しか、感じない。王国をどうしたいか、人々をどう変えたいか、何をしたいのか。そういった目的も信条もなく、ただ自分の力を誇示しているだけではと思いました。大規模な仕掛けで人々を意のままに操り、驚異的な存在をも召喚できる、という力を知らしめているだけではと」

「そう見せかけているのかもしれんがな」

「っ!」


 ルシアは、視界が拓けた気がした。

 他に大きな目的があり、その下準備という可能性も捨てきれない。


「さすが、ジョー……でも今回の主犯は、クロじゃないと思うわ」


 今度は、ジョスランが息を呑む番だ。

 

「疑っているのではなくって?」

「……」

「彼が同じことをするなら、少なくとも隣国との密約を結んでから動くはずではないかしら。留守の間に、西側が飲み込まれてしまえば王国の損害は大きい。賢い彼ならば、そのぐらい考えると思うのだけど」

 

 ルシアの言葉を聞きながら、ジョスランは顎を大きく上げて天井を仰いだ。


「妬けるな」

「え?」

「なんでもない。なら警戒しつつ、クロヴィスと同じアカデミー出身者も調べてみよう。奴が魔法を学ぶ機会があったのなら、おそらくそこだ。伝手(つて)があるから、頼んで名簿を取り寄せる」

「わかったわ」

 

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