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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第31話 苦言


「さすがジョスラン様、完璧な止血だったと医者が褒めていました」

「ご機嫌取りなどいらん」


 王宮客室に収容されたルシアの隣室に滞在するジョスランを、クロヴィスが訪れていた。ジョスランは据付のソファに身を投げ出したまま、片手を軽く挙げるだけの挨拶をする。顎には無精髭が生えており、目の下には隈が目立つ。ろくに寝ておらず、着替えもしていない様子に、クロヴィスは胸を痛めた。

 

「にゃあん」


 ルシアを心配するあまり、猫の姿で留まり続けるヒスイが、クロヴィスの足に身をすり寄せる。

 クロヴィスは優しい手つきでそれを抱き上げ、背を撫でた。

 

「……心配ですよね。大丈夫です。私が責任持って、王国で最も腕の良い医者を手配しています」

「にゃあ」


 クロヴィスはヒスイだけでなく、ジョスランにも伝えるつもりで発言したが、ジョスランの苛立ちは止められない。

 

「それより、どうなった。陛下の心証は」

「……素直なお方ですから」


 ジョスランはクロヴィスのその言葉を聞いて、悔しげに歯ぎしりした。


「辺境伯の野郎っ、……一度こびりついてしまった固定観念を覆すのには、さすがの宰相閣下も苦慮しているのではないか」

「とにかく、ルシア様のお目覚めを待つしかありません」


 ピクピクと鼻を揺らしたヒスイがクロヴィスの腕の中から飛び降りて、ジョスランの隣に座り毛繕いを始めた。それを見たクロヴィスは、眼鏡を外し目の間を指で揉む。眼精疲労が溜まるぐらい、様々な書類と格闘してきたのが如実に現れている。

 

「ですが。ルシア様が証言したところで、覆せるかどうか」


 そんな渋面のクロヴィスを見たジョスランは、労いの言葉をかけた。


「……貴様も相当疲れているな。とにかく座れ」

「ええ。お茶を淹れましょう」

「頼む」


 クロヴィスが客室に備えてあった茶器を使って、慣れた手つきでお茶を淹れ始めた。ふうわりと立つ茶葉の香りが、ささくれ立ったジョスランの神経を少し抑える。


「ルシアがあれだけ、皆を守ろうと動いたのにな。報われなかったら、悲しすぎる」

「それは、ジョスラン様も同じでしょう。私は、恥ずかしい」

「恥ずかしい?」

「己のために、剣狂の武功を我が物にしようと画策するしか能のない、騎士たちのことが」


 丁寧な手つきでテーブルにカップを置くクロヴィスの指先に、怒りが現れている気がして、ジョスランは微笑んだ。

 部隊長をはじめとして、あの場で悪魔と戦った騎士たちは皆「誰が召喚したかは分からない。だが倒したのは自分たちだ」と主張している。騎士団長も、さすがにそれらを無視することはできない。討伐されたのが事実である以上、早急に褒賞の計算と承認を開始せざるをえず、動きが制限されてしまっている。


「ああ。貴様も俺と同じだろう? 腐敗と欲に塗れた集団が、嫌になった」

「……はい」

「俺たちは、俺たちの正義を貫くのみだ」

 

 ジョスランは、優雅な所作でソーサーを持ち上げカップに口を付けた。

 

「ふむ、美味い。さすがだな」

 

 クロヴィスは、突然態度に余裕の出てきたジョスランを不思議に思い、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「ジョスラン様には、何か勝算があるのですか」


 ジョスランはその問いにはすぐには答えず、不敵に笑う。


「なあクロヴィス。俺たちは対等だろう。いい加減その言葉遣い、どうにかならんか?」

「ですが、王弟殿下のご子息相手に平民が」

「私は、ただの子爵家の剣狂ですよ、宰相補佐官殿。貴方様も、子爵家子息ではございませんか」

「……」

「な? 嫌だろ。ほら、お前も飲め」


 クロヴィスが「そんな、酒みたいに」と苦笑しつつ、遠慮なく自分の分の茶を淹れるのを見て、ジョスランは眉尻を下げた。

 

「なあクロ。乾杯でもするか?」

「ああ。全てが無事終わったら、飲みたいなあ。ジョー」


 ジョスランが『五体満足』でのやり取りを思い出して、クロヴィスをからかう。

 

「飲めないのにか?」

「あんなの、嘘だ」

「知ってる」

 

 ふー、と大きく息を吐きながら、クロヴィスがジョスランを睨む。眼鏡のレンズを介さない視線は、鋭く熱を含んでいる。


「で、勝算は」

「ん? そんなもん、ないぞ。甥っ子が、盛大に駄々をこねるだけだ。密室でな」

 

 クロヴィスが、とても嫌そうな顔を作る。


「まさか」

「辺境伯が感情論なら、俺も感情論が良い。『伯父貴! 俺の惚れた女をどうする気だ! 魔女なわけがないだろう、バルビゼ伯の娘だぞ』どうだ、迫真の演技だろう?」

「ブフ。それ、私も見たいんだが」

「クックック。いいぞ。従兄弟(いとこ)も喜んで一肌脱ぐらしい。きっと見ものだ」

「殿下もですか!」

「おう。『私の悪夢を祓ってくれた、婚約者の親友である彼女が、そのようなことするはずがない!』ってな。奴より、エディット嬢が激怒している。日和見(ひよりみ)主義の陛下が、公爵家を敵に回すわけがない。辺境伯は、虎の尾を踏んだんだ」

 

 宰相補佐官が、たちまち目を見開いた。


「そうかっ。ルシア嬢がエディット嬢と懇意なのは、一部の人間しか知らないこと……!」

 

 ジョスランがニヤリと口角を上げる。

 

「田舎者に、王宮内部の情勢などわからん。この件、辺境伯の独断と見た。団長には、あえて動かずにいてくれと言ってある。親玉をつつくなら、今だぞ」


 はああとクロヴィスがまた大きく息を吐いた。

 

「ジョーが宰相補佐官になるべきだな」

「はあ? 書類は大嫌いだし、決裁も調整ごとも大嫌いだ。剣を振る方が向いている。それに、宰相にはクロのがよほど向いてるぞ」

「そんなことは」

「いいや。俺はどうしても感情で動いてしまう。今回のは、たまたま俺が王族だったってだけの手でしかない。クロは、政治力でお見舞い係を救おうと動いているだろう。俺にはできん」

「気づいていたのか」

「ああ。ありがとう、クロ」


 カップをテーブルに置いてから、スッと差し出したジョスランの右手を、クロヴィスもしっかりと握り返した。


「ジョーは感情で陛下を押さえる。なら、政治は私が」

「頼りにしている」


 それから男ふたりでカップを持ち上げ、共闘を誓う。その横で、白トラ猫が「にゃあん」と嬉しそうに鳴いた。

 

   ○●

 

 西の辺境伯は、騎士演習後領地へ帰る予定だったが、国王へ直訴したため、すべての聴取が終了するまで王都に留まることになった。

 

 ギルメット家は王都にタウンハウスを持たないために、郊外にある王族所有の別邸が提供されている。そのことが、さらにトビアの態度を増長させていた。

 世話を命じられた従僕やメイドたちは、横柄な辺境伯への不満を募らせ、さらに護衛で常駐する辺境騎士たちの粗暴さに頭を悩ませている。

 

「フハハ。うまくいったぞ。時間をかけた甲斐があった」


 豪華な料理と高級なワインを嗜み、上機嫌で寝室へ戻るトビアを、夜の闇に紛れ一人の客が訪れた。フードを目深にかぶり、体型も面貌も分からないその人間を、トビアが笑顔で迎え入れると、密談のためだとバルコニーへ誘われた。


 トビアは夜風の冷たさに備えてガウンを着込み、掃き出しの窓から外へ出る。それから客人へ向かって、丁寧に頭を下げた。


「わざわざのお越し、ありがとうございます。我が騎士たちの武功を、今必死でガエルが計算しているようですぞ。はっはっは! なにせ、悪魔の亡骸に突き刺さっていたのは我らの武器ですからなぁ。真剣の持ち込みが禁止されていたとはいえ、有事を察知して備えていたと理由づけもしてございます。問題ありません。何より……」


 喋り続けるトビアに、客人は黙って手のひらを差し出した。


「ああ、ええっと……はい、こちらに」


 会話を中断させられたトビアは少し不満顔で、だが素直に、預かっていた真鍮のベルを返却する。音を合図に動く騎士たちに刷り込んだのは、固有の周波数に調整してあるこのベルの音だ。


 洗脳には、さすがに大変な手間がかかっていた。占いの結果に見せかけ、自らの意思でもって神殿へ足を向けさせ、巡礼をせよと神託の体で導き、祈りの度に音を刷り込む。暗示にかかりやすい者たちを選定し、巡礼期間を利用して除籍させる。王都に戻ってからもゴタイを求めて『五体満足』を訪れた者たちの食事に、感覚を鈍らせる薬物を少しずつ混ぜ思考力を奪う。その上から、催眠魔法をかける。


 ベルの音で、催眠状態だった騎士たちが動くのを目の当たりにしたトビアは、この方法で世界の全てを手に入れられる、と錯覚していた。

 この客人が手筈を整え、魔法陣で弱い悪魔を呼び出し、成果を全て辺境のものとする。魔法の脅威に勝てるのは、西の辺境騎士たちだと貴族へ認識させることで、着々と覇権に近づく計画だ。


 満足げに佇む辺境伯へ、ようやく客人が口を開いた。


「……なぜ、お見舞い係を巻き込んだ」


 聞こえるか聞こえないかの低い声で問われたトビアは、いやらしい笑みを浮かべる。

 

「貴方様にとっても、前々からあの剣狂とかいう小僧が目障りだったでしょう? この機会に排除したまで」

「……」

「なあに、問題ありません。陛下にはすでに謁見し、悪だと断じておきました。ギルメットの功績あればこそ、信じていただけましたし」

「余計なことを」


 声量は、それほど大きくない。だがトビアの背筋を、強烈な寒気が走った。

 

「え」

「消えろ」

「あの」


 戸惑うトビアが瞬きをする間に、客人の姿は消えていた。


 ――否。



 消えていたのは、トビアの命だった。

 

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