表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/50

第28話 禁呪


『バフォーーーーーー!』

 

 先ほどまで絶対的強者として場を蹂躙していたはずの悪魔が、苦しげに叫んでいる。大きな二本の角を振り回し、周囲に襲い掛かろうと掲げた両手をそのままに、口角からはグルグルと唸り声を漏らした。


「何事も、下準備は必要ね」


 悪魔の動きが鈍ったタイミングを見計らい、念のため木塀の外側へ下がったルシアの制服の(たもと)には、予め作ってきた呪符がある。

 ジョスランとヒスイが用心深く悪魔に近接し、それぞれ武器や拳を構えた瞬間、部隊長らしき騎士が叫んだ。


「部外者は邪魔だ! 退避しろ!」


 呪符を構えようとしていたルシアは、はたと動きを止めた。

 

「なるほど。悪魔が弱体化したのを機に、自分たちでやるから騎士団ではない人間は、戦うなと……」


 その考えも通常であれば理解はできるが、今は非常事態だ。後から宰相にガミガミ怒られるぐらいで済むことを祈りつつ、ルシアは叫んだ。


「宰相室所属、お見舞い係! 騎士団を、()()()()()()()!」

「!」


 戦果は、くれてやる。ルシアとしては、そう宣言したつもりだ。

 部隊長にもその意図が伝わったらしい。驚愕で目を見開いている。剣狂を擁するのにか、と信じがたい様子だ。


「……勲章だの戦績だの、いくらでもくれてやる」


 ジョスランの低い声が、この距離であるのにも関わらずルシアまで届いたのは、彼の気持ちの強さとそして――


「退避すんのは、そっちだ! 俺らの邪魔をするな!」

 

 この後に及んでさえ、見栄や成果に囚われている、平和ボケした騎士団への怒りだろう。


「全く同意するわ。翡翠(ひすい)の破邪よ、今こそその真価を発揮せよ。急急如律令!」


 ルシアは、持っていた呪符をヒスイへ投げつけた。式神の力を増す呪術を込めた札が、ルシアの言葉を受けて宙で燃えると、ヒスイの全身を光の膜が覆った。途端に、空を仰いでガオオオン! と咆哮する。明らかに力を増した白虎を見て、ジョスランも目を輝かせ、剣を構えた。


「よし、行くぞヒスイ!」

「おー!」


 ジョスランは模擬剣、ヒスイは拳で、悪魔へ襲いかかる。動きの速さに圧倒され、取り囲んでいる騎士たちは、自然と後退せざるを得ない。


「部隊長! 辺境騎士の拘束っ、頼むぞ!」


 ぼけっと戦況を見るだけとなっていた部隊長へ、ジョスランが(げき)を飛ばす。ようやく騎士たちも場の収束へ導くための、正しい動きを始めた。思考が鈍く、突っ立ったままの辺境騎士たちの異様さに躊躇しつつ、騎士たちは身柄を一箇所へと集めていく。

 

 その間ルシアは、

「わたくしにできるのは、結界。強化。使役。そして……占い!」

 ささくれだった木の床に片膝を突け、人差し指で床に直接図を描いてみる。指の腹にささくれが深く刺さり、流れ出る血で木の上に描いていく。悪魔の召喚儀式の魔法陣と逆五芒星を描き、吉方位と天候を占う計算をする。

 

「悪魔の行動原理は、あの逆五芒星で間違いない。今は物理が上回っている。正五芒星に戻して精神が上回ったら、祓詞(はらえことば)で送還できるかも……いや、奴の真名(まな)を知らない!」

 

 真名を知らなければ、使役することはできない。

 

 ガバッと立ち上がり、魔法陣を凝視するルシアは、何らかの文字が浮かび上がっているのに気がついた。悪魔が中心に立つ、逆五芒星。それを取り囲む二重の円の間に書かれている文字は、この世界のものでも、ルシアの前世のものでもない。儀式のための古来の――失われた、魔法使いのための文字かもしれない。

 

「あれは、なんと読むのか」

「……ここからでは、判然としませんね」


 背後からした聞き覚えのある声に、ルシアは思わず振り返った。


「クロ⁉︎」

「はい」

「叔父様っ、いえ、宰相閣下は」

「ご無事です。陛下と共に、王宮奥へ。団長が付き添っております。それより、その、指」

「あ」


 クロに指摘された人差し指全体が、血まみれになっている。ルシアが自分でギョッとすると、クロヴィスが無言でガシッとルシアの手を掴んだ。


「クロ⁉︎」


 何も話さないままルシアの人差し指の先を口で吸い上げると、顔を逸らしてブッと吐き出す。汚れた血を吸い出す応急措置は、戸惑うルシアが何も言えない間に、何度も繰り返された。

 やがてクロヴィスは胸ポケットからハンカチーフを取り出すと、指の根本をギュッと縛るようにして人差し指に巻いた。


「これでよいでしょう。わずかな切り口から死に至る者もいるのです。どうかお気をつけください」

「ありがとう……」

 

 ルシアがふっと息を吐いてから、「なぜ戻ったの?」と尋ねると、クロヴィス・メネンデスは苦笑を返した。


「お見舞い係が暴れた後、証言が騎士からしか取れないと、ややこしいことになるに違いありません」


 図星だった。余計なことをしただの、成果を横取りしただの、後から好きなように言われかねない。

 

「ありがたいけど、危険だわ」

「お忘れですか。私、元騎士ですよ。それに、お届け物がありましてね……ジョスラン様!」


 クロヴィスがジョスランの愛剣の鞘を掴み、掲げて見せると、ジョスランは振り返って瞠目した後でニヤリと笑った。


「投げろ!」

「どうぞっ」


 指示通り鞘ごと投げ入れた剣が、ジョスランの手に渡ったのを見届けてから、クロヴィスは大きく息を吐いた。

 

「投げたせいで壊れても、文句は言うなって言い忘れましたね」

 

 この緊張した場においてさえ、ぶつぶつ文句を言うクロヴィスの態度が、ルシアにはおかしくてたまらない。


「言わせないわ」

「お願い申し上げます」

「クロ。ゴタイはきっとまだ近くにいる……ゴタイなら、悪魔の真の名を知っているかも」

「なるほど。私が探しましょう。辺境伯は」

「混乱で、見失ったそうよ」


 きらりとクロヴィスの眼鏡が光った。

 

「居場所には予想がついています。ここから近く、居心地よく、この場所がよく見える。限られていますから、既に()を走らせています」

「優秀ね、クロヴィス」

「必死ですからね……ルシア様には、これを」


 クロヴィスが、丁寧な手つきで短剣を差し出す。


「わたくしには、武器など」

「護身用です。せめて、お持ちください」

「ありがとう」

「では」


 鮮やかに身を翻すクロヴィスを横目で見送ってから、ルシアは再び悪魔に注視する。左手に短剣、右手に呪符。


「刀……刀禁呪(とうごんじゅ)……!」


 ルシアの脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。年初め、貴いお方に呼ばれた師匠が御前で披露する、一年の破邪を願うための反閇(へんばい)。刀剣を持ち、あらゆる病や邪鬼を退けるための術だ。所作も禁呪文も、全てを思い出した。やってみる価値は、あるかもしれない。


 ルシアは呪符を袂にしまい、両手で短剣を持ち上げる。煌めく刀身が両眼の前へ姿を現すようにして、鞘からゆっくりと短剣を抜く。冷え冷えと輝く鋼が、太陽光を反射していた。


「綺麗……これならば」

 

 刃越しに見える光景は、悪魔相手に奮闘するジョスランとヒスイだ。ルシアの目に頼もしく映る彼らならば、悪魔に隙が生じるはずである。

 その時を静かに待ち、ルシアは場を清める真言を静かに唱え始めた。


   ○●


「おらあ!」

 

 戻った愛剣を存分に振るうが、ジョスランの剣筋は宙を切り裂くだけで、手応えはあまりない。悪魔の動きが、体の大きさの割に素早く、補足しきれない。細かな切り傷を与えるのがやっとだ。

 それでも剣狂の身のこなしの速さ、剣筋や突きの鋭さ、先読みの正確さに、周囲の騎士たちは釘付けになっている。剣狂の剣の軌跡を描いているかのような、絶え間なく飛び散る黒い血飛沫に、全員が魅入られている。


「ほい!」


 どごん、と鈍い音が時折響くのは、ヒスイの拳が悪魔の肉を叩く音だ。ジョスランの剣の間合いが広い分、悪魔は避けるため大幅に動かざるを得ない。ヒスイはその隙を狙って接近し、脇腹や脛を攻撃し続けている。

 ふたりの息の合った攻撃に、いよいよ苛立ちが頂点に達した悪魔が、翼をはためかせた。


「くそ、飛ぶ気か」

「ありゃ〜、オイラの跳躍で届けばいいけどなあ」

『バフォーーーーーー!』


 明らかな怒りの表情で、悪魔が地面から両足を離した。

 手と足を止め空を仰ぐジョスランが、悔しげな表情をする一方で、ヒスイはヒクヒクと鼻を動かす。

 

「むしろ、良かったみたいだ」

「なんだと?」


 むきっと牙を見せつけて笑う白虎の視線の先に、短剣を片手に不思議な動きをするルシアの姿があった。

 

   ○●

 

「……我これ天帝の使者なり。この刀を使い不祥(ふしょう)を滅すことを命ず。この刀は平凡なものに非ず、百錬の鋼である。この刀の下では鬼は走らず、病は癒える。千妖(せんよう)万邪(まんじゃ)も皆(ことごと)済除(さいじょ)、急急如律令!」

お読みいただき、ありがとうございます。

ルシアの唱えている刀禁呪は、『小反閇并護身法』に掲載されている刀禁呪を、作者独自にアレンジした、フィクションの呪文です。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ