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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第27話 召喚


 ジョスランとヒスイにゴタイ確保を任せたルシアはひとり、演習場脇の救護室に居た。

 

 ――ぎゃあああああ

 ――うわあああああ


 群衆の声が、大きく取られた救護室の窓を震わせている。

 

 大声で自己を奮い立たせる。相手を威嚇する。騎士とは何も、剣を振るうだけではない。

 場を自分の優位にするため、物量や心理的駆け引き、武器防具、味方の援護など色々なものを使って勝利を掴み取るのだ。声も体の動きも、表情や目線すらも重要である。


 だが今聞こえているのは、気合いでも、勝鬨(かちどき)でもないようにルシアには思えた。

 

「まるで、悲鳴だわ」

 

 気絶させた辺境騎士ふたりは、簡易ベッドへ寝かされている。様子を見ていたルシアは、顔を上げ窓の外を見やった。ここからは演習場内の様子を見ることはできない。窓枠に区切られた青空が見えるのみだ。


「なに……これは、なんの気配……」


 ゾワゾワと背中を駆け抜けていく寒気が、異様な存在を感じ取ったことを物語っていた。

 それから、ヒスイが助けを呼んでいる気がする。具体的な合図などではない。主人としての第六感のようなものだ。


「っ!」


 ルシアは即座に簡易ベッド脇の椅子から立ち上がり、駆け出した。救護室の木扉を蹴破るようにして開け、演習場へ向かう。頭上に広がる、暑くなりつつある夏の空は、深い青色だ。こんもりと膨れた白い雲が、風など関係ないかのように居座っている。

 ところが、一部の青に赤が混じり紫になり、雲が大渦を巻いている。ちょうど、演習場の中心あたりだ。


「一体、何がっ」


 走るルシアの目線の先で、渦巻きの中心から竜巻のように細くなった雲が、生き物の触手のように演習場へその先端を伸ばしていく。

 生臭い風が、鼻腔を湿らせた。


「……まるで、鬼が産まれるかのような……」


 無意識に口を突いて出た言葉に、ルシアは自分で驚いて思わず足が止まった。


「鬼……騎士たちを巡礼させ、洗脳し、ここへ集めて……」


 ぞわり。

 

 ルシアは、本能で事の重大さと恐怖を感じた。(たもと)へ手を入れ、用意した呪符があることを指先で確かめた。


 気合いを入れてから、再び演習場へと走り出す。思考をそのまま口から吐き出しながら。


「王国騎士の血肉を捧げて! 悪魔召喚し! それを洗脳した辺境騎士で退治する!? いくら武功のためとはいえ、そんな……そんなこと!」


 ふとルシアの脳裏を、ヒスイが先日言っていたことが稲妻のように横切った。


『この国のためとか、みんなを幸せにするためとか。でもオイラが思うに、あれは(しゅ)だね』


 波打つ心臓と喉を焦がす荒い息を必死に整えながら、足を踏み入れた演習場の中心には、はたして大きな異形が立っていた。


「悪魔……!」


 頭は山羊、身体は人間だが黒い鱗のようなものに覆われていて、身長は普通の人間の二倍はある。背中には巨大な黒い翼があり、目は白い。

 周囲には、血を流して地面に横たわる騎士たちや、虚ろな顔で立ったままの騎士たち。剣――刃が鈍い光を放っていることから、真剣ではなく模擬剣だろう――を構えつつ動揺する騎士たちが各々叫んでいるが、何を言っているか判然としない。


 ルシアは演習場内で、首を巡らせる。

 

 国王をはじめとする貴族たちは、ルシアが入ったのとは別の出入り口から避難したようで、見当たらない。騎士団長らもいないことから、王族警護に手を取られているのかもしれない、とどこか冷静な頭でルシアは考える。


(これほどの召喚儀式をやってのける術者が、辺境伯なわけがない。ましてや、ゴタイなんて雑魚のはずもない! でも今は、犯人探しよりもとにかくっ)


 忙しなく動く思考と連動するかのように、ルシアは首を巡らせ続ける。探しているのは、他でもない――


「ルシアッ!」

「あるじっ!」

 

 汗まみれのジョスランと、白い毛についた土埃が目立つヒスイが焦った様子で駆けてくるのを見て、ようやくルシアは地面に(かかと)を着ける。

 

 それから平静を装い、

「ふたりとも、大した怪我はなさそうね」

 と声を掛けた。


「ああ。辺境の奴ら、模擬試合なのに真剣で切りかかりやがった。負傷した騎士たちは、俺たちでなるべく退避させてある」

「血が流れたら、地面に陣が出現したんだよ」


 さらに話そうとする三人を遮るかのように、目の前の異形が、空へ向かって激しい咆哮を放った。


『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 全身に力を(みなぎ)らせた悪魔の口蓋から溢れた(よだれ)は、地面に落ちるとジュワアと土を溶かしている。

 恐ろしい存在を取り囲む王国騎士たちは、かろうじてその場に留まってはいるものの顔面蒼白で、とても冷静とは言えない。構えている剣先も、震えている。

 一方で辺境騎士たちは、声も出さず直立不動でいる。洗脳状態は継続しており、次の合図があるまで動かないということか、とルシアは見て取った。


「辺境伯やゴタイは」

「……見失った。すまない」


 悔しげなジョスランはだが、続ける。


「奴は、見た目通り強い。騎士を薙ぎ払った力を見るに、まともに戦っては俺でもタダでは済まん。援護も武器も足りなすぎるぞ……見てみろ」


 おそらく各部隊長だろう。必死に鼓舞し騎士を斬りかからせるが、次々と悪魔の腕一本で薙ぎ払われて、地面に転がっていく。呻きながら苦しむか、痛みのあまり失神するか、だ。場に留まり無言で立っている辺境騎士たちと見比べても、異様な光景だ。

 ルシアは、悪魔の足元で薄ぼんやりと紫の光を放つ魔法陣を見て、眉根を寄せた。

 

「……魔法陣の効力は、わたくしの()()()()()で弱めることができる。けれども奴は倒さねば」

「団長たちは王族の避難と護衛に回った。しばらく王宮だ、援軍は望めない」


 戦場に慣れたジョスランですら、冷や汗をかいている。残った騎士たちは、少し様子を見ただけでも、武力として頼れそうにない。

 

 ルシアは、ジリジリと焦り始めていた。短慮で武功を焦る辺境伯は、洗脳した騎士たちでもって王国騎士の武力を圧倒して見せ、辺境の脅威を見せつける。騎士団予算削減を好機として、王国に対する地位向上を狙ったに違いない――そのような予想をはるかに超える事象が、目の前で起きている。自分だけではなく、宰相補佐官として内情に詳しいクロヴィスさえも同じ考えだったのに、とルシアは思わず下唇を噛んだ。


「主。奴の(ひたい)。見て」

「ヒスイ?」


 脅威を前にして諦めかけていたルシアに、ヒスイがわずかな希望の光をもたらした。

 咆哮が終わり満足したように顎を引く魔獣の額には、()五芒星(ごぼうせい)(きら)めいている。


「あれは!」

「焦っちゃダメだよ、主。諦めても、ダメ。どの世界にいたって、(ことわり)は同じ」


 青空の下で邪悪な覇気を垂れ流す悪魔に向かって、確信したルシアは、叫んだ。

 

「逆を、正に!」


 大声を出すことで、腹に力が入る。ルシアの体から、寒気が消え去った。

 ヒスイが満面の笑みで頷くと、ジョスランも把握したようだ。


「つまり、力技で首を真っ逆様に(ひね)ってやればいいんだな?」

「ええ!」

「よし。弱体化は頼むぞ、ルシア。行くぞヒスイ」


 素直に応じて駆け出すヒスイが、ジョスランと並走しながら 

「ねー、周りの人たちは、どうするの?」

 と明るく尋ねる。


「壁ぐらいにはなるだろ」

 

 剣狂からは、すげない返事があった。

 

「鬼だあ」

「鬼ってなんだ」

「あいつみたいなの」

「はっはっは」


 ルシアは、頼もしいふたりの背に向かって九字を切り「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳(こうちん)帝台(ていたい)文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)、急急如律令」と呟く。それから、先日貼っておいた五枚の護符に目を走らせ、

「バン ウン タラク キリク アク」

 と唱えながら指で宙に五芒星を描き、最後に中心に「エイ」と点を打った。

 

『バフォーーーーーー!』

 

 悪魔が叫んだのも、無理はないだろう。強烈な不快感が襲ったに違いない。なぜなら、ルシアがこの場に、五芒星の結界を展開したからだ。

 

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