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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第26話 動揺


「洗脳とは、一体なんだ⁉︎」


 ジョスランの問いに、ヒスイが呑気な声で答える。

 

「人間を思い通りに操ったり、考え方を変えたりしちゃうことだよ〜」

「操る? そんなことが可能なのか」

「ええ……ゴタイが選別していたのは、騎士ということだけじゃない。操りやすい者も、だったんだ……迂闊だった……」

「おい、落ち着けルシア」

 

 現在立っているのが演習場の端とはいっても、騎士団から抜けたはずの剣狂がいる、と注目を集めてしまっていた。

 周囲にいる人々――騎士団関係者や物見高い貴族たち――がちらちらとルシアたちを振り返っては、何か噂話をしているようだ。


「ルシア。生きている人間相手なら、俺は剣を振るうだけだ」

「剣……」

「二、三人捕まえてくるから、原因を調べてみよう。結果として、全員倒して牢屋にぶち込めばいいなら、そうする」

「あの人数を?」


 少なくとも、咄嗟には何人いるか数えきれないぐらいの隊列が、目の前にある。


ビッグホーン(牛の魔獣)の群れよりはるかにマシだろう」

「! ふふ、さすが剣狂」

「ああ。俺より狂っている奴はいない」

「確かに」

「だろう?」

 

 ジョスランの軽口で、ルシアは心を持ち直す。

 

「……もし本当に、何者かに操られているのならば、どこかに術を主導する人間がいるはずだわ」


 今ジョスランに持つことを許されている剣は、演習用に刃を潰してある『模擬剣』だ。ジョスランだけでなく、演習参加の騎士は全員この武器に変えられている。皆が皆鞘は持っておらず、抜き身で持っていた。

 その剣をルシアに見せつけ、ジョスランは口角を上げる。

 

「分かった。それも探ってこよう」 

「オイラも一緒に行くよ〜」


 ジョスランが何かを言う前に、ヒスイが念を押した。


「翡翠は、魔除け。オイラから離れるな」

「……主から離れてもいいのか?」

「主の懐に帰るのは、一瞬でできる」

「そうか。ならば安心だ」

 

 ルシアは、ジョスランの気遣いに慣れず戸惑う。


「わたくしは、一人でも大丈夫です」

「勝手に心配しているだけだ。行くぞ……ヒスイ」

「わあ! ついに! 名前、呼んでくれてありがとな。ジョー」


 ヒスイが、足を止めてにっこりと笑う。


「名前は、(しゅ)だ。『主が認めたこの世界の人間』に認められれば、オイラ……()()()()()んだ〜。結構厳しい縛りだよね〜あはは」


 (きびす)を返しかけていたジョスランが、慌てて動きを止め、ヒスイに詰め寄った。

 

「おい! そんな大事なこと、なぜ言わなかった!」

「強制じゃ、ダメだもん〜」

「うぐ」

「やっと認めてくれたの、嬉しいぞ」


 ヒスイが大きく上げた口角の端から、鋭い牙がにょきりと生えた。


「え、おい」


 ジョスランが驚きに目を見開く前で、猫獣人の身長がみるみる伸びていく。あっという間に、ジョスランより頭二つ分大きくなり日光を遮った。メキメキと音が鳴るぐらいに体が分厚くなり、水色の直垂(ひたたれ)の前がはだけ胸筋が顕になる。手首にはいつかマノンを守った翡翠の腕輪があった。

 

「お前、猫じゃなかったのか」

「ガルルル。オイラは十二天将、白虎(びゃっこ)のヒスイだよ〜ん。よろしくね」

 

 ブンブンと太い尾を揺らし陽気に笑う白虎の獣人に――演習場にいたすべての人間たちが、動揺し始めた。


「虎によろしくって言われるのは初めてだ」


 ジョスランですら圧倒される佇まいに、ルシアは呆れたとばかりに大きな溜息を吐く。

 

「ヒスイ。元に戻るならば、まずわたくしに許可を求めるべきよ」


 ルシアはだが、怒ってはいない。成ってしまったものは仕方がない。


「ごめん主。嬉しくって、耐えきれなかった」

 

 しゅんと耳を垂れるヒスイに、ルシアが不敵な笑みを返す。


「動揺は、付け入る隙。今回は、よしとしましょう。おかげで見つけた」

「何?」


 ジョスランが驚きと共にバッと振り返り、ルシアの視線の先を追う。

 

「あれは、まさかゴタイかっ」


 黒いマントのフードを目深にかぶる、華奢な体躯の人間が対角線上に見えた。距離があるためわからないが、体が震えているように見える。どんな状況になったとしても、(はかりごと)は完遂しなければならないのだろう。逃げ出したいけれども、それはできない。心の葛藤が体と連動している。かなり離れたこの場所からすらも、見て取れた。

 

「ええ。あの態度を見るに、あくまでも彼は小間使い。この場に本丸は出てこないと言うことね。ならばやりようはいくらでもある。まずはジョーの提案通り、二、三人連れてきて欲しい」

「任せろ」

「了解、主」

 

 ジョスランとヒスイは今度こそ、ルシアに背を向けた。


   ○●


「どうだルシア」

「ええ。やはり何らかの術で思考を鈍くさせられた上で、さらに術を重ねられている……複雑で、解くのは手間がかかるわ」

 

 騎士団長であるガエル・メネンデスと、宰相補佐官クロヴィス・メネンデスへ簡単に事情を説明した上で、演習場脇にある『救護室』を使わせてもらうことになったルシアたちお見舞い係。

 ジョスランとヒスイは存在自体が目立つのを利用して、「おい! 具合悪いのか、大丈夫か⁉︎」などと大袈裟に騒いで救護班を買って出ることにより、難なく数名の騎士を連れてくることに成功していた。その振る舞いによって虎獣人が剣狂の連れであること、そして人に危害を加えるどころか、丁寧に運ぶのに協力している様を大いに見せつけつつなのだから、印象操作にもなっている。まさに一石二鳥だ。


「これが理性を失って襲ってくると考えたら、恐ろしいことだな。なんとか気絶させられて良かった」

「ジョー……これは、どうやったの?」

「人間を気絶させるやり方には、二種類ある。薬物を使う方法と、呼吸を止めさせる方法だ」

 

 手刀で首筋を打ったとて、人は気絶しない。ジョスランの言う方法は、最も合理的だった。


「薬物の気配はしない。ということは」

「奴ら、催眠状態で待機しているだけだったからな。思考が鈍いのが分かったから、肩を組むふりして頸動脈を圧迫した」

「オイラも〜! 用心してジョーと同時にやって、さっさと連れてきたから、このふたりだけだよ。要領掴んだから、片手ずつでも大丈夫そう。もっと連れてくる?」

 

 ニコニコと無邪気に尻尾を振っている虎獣人が、何やら恐ろしいことを言ったが、ルシアはさらに恐ろしいことを言った。

 

「ゴタイを、確保しましょう」

 

 ジョスランが思わず肩を竦める。

 

「それならヒスイだけでも十分だ。全く、名前呼んでやっただけなんだけどな。俺の出番がない」

「出番あるよ〜。逃げられたら、大変」

「あー、それもそうだな」


 ジョスランは演習場の地理を把握している。さらに自分が目立つのを逆手に取り、あえて追い込むことによってゴタイの退路を誘導すれば良い。あとは猫の姿で密かに追従させるヒスイが、身柄を拘束する。ふたりが連携すれば、容易いことだろうとルシアは脳内で算段した。


「じゃあ、俺とヒスイは、戻る」

「お願い。わたくしはこの術が何か、探ってみるわ」


 一方その頃演習場では、西の辺境伯自ら辺境騎士たちを煽り始めていた。


「貴様ら! 今こそ動く時だ!」


 演習は、あくまで演習だ。

 隊長の指示で即座に作る陣形の素晴らしさや、模擬試合でお互いの腕を国王に見せるだけの、形式的なものである。


 だが、辺境騎士たちが抜いたのは――真剣だった。

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