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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第25話 予兆


 ガゼボを後にしたルシアは、ジョスランとふたりで王宮の廊下を歩く。騎士団長もクロヴィスも、当然それぞれの仕事があり、ルシアとジョスランだけが続けて『騎士失踪事件』の解明に動くことになっている。

 とはいえ残念ながら『お見舞い係』が使えるような部屋は割り当てられておらず、王宮のどこにいても従僕やメイドの目や耳が気になる。そのため、しばらくクロヴィスの厚意に甘えて、宰相補佐官室を使わせてもらうことになった。

 

 部屋の主かというぐらいに、堂々とソファのど真ん中に腰掛けたジョスランの、眉間の皺が深い。一方のルシアは、壁際に立ったままだ。


「ルシア。騎士の失踪が西の辺境伯の仕業、という仮説だが……」

「なにか思い当たることでもあるのかしら」

「ああ」


 ふー、とジョスランが天井を仰ぐ。


「あの通り、騎士団長は細かいことが気にならん。人の心の機微にも疎い」

「ええ」


 良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把であるというのは、あの短い時間での対談でさえルシアも感じたことである。

 

「腕で部下を引っ張っていくタイプだ。だから俺の父とは相性が良かった。知略家だからな。西の辺境伯トビア・ギルメットも、どちらかというと頭を使う。だいぶ見劣りするが」

「ギルメットは、代々西の防衛に貢献してきた家のはず」

「先代まではな……戦争の前にトビアに代替わりして、父も団長も苦労する羽目になった」

「自ら武功を叫ぶ時点でお察しだわ」

「はは、言うなあ」

「それほどでも」


 ジョスランは、ぼんやりと空中を見ている。過去にあったことを思い返しているのだろう。

 

「様々な夜会でギルメット伯を見かける機会があったが、父や団長に対して劣等感というのか……そういうものを抱えていると感じることが多々あった。周囲の人間も、嫉妬だ張り合いだなんだと噂していたのは事実だ」

「なるほど。あからさまに態度へ出すぐらいの強い感情は、()()()()()


 ジョスランは息を呑んでから、地を這うような低い声でルシアに問う。


「何を考えている」


 ルシアは腕を組んで、本棚に並んでいる本の背表紙に目を走らせた。実際に見ているのは背表紙ではなく、自身の脳内だろうということは、ジョスランにも分かった。

 

「……騎士は、ひと月行方知れずになると、自然に除籍されるのよね」

「ああ。王国外や、戦争の混乱時に死んだ時のための決まりだ。ついていけず逃げる奴も、追わない。それぐらい厳しい職だ」

「ゴタイの噂が出だして騎士が失踪し始めたのが、ひと月以上前。騎士団演習までに除籍されるわね」

「まさか、除籍された元王国騎士が、辺境騎士としてうじゃうじゃ出てくるんじゃなかろうな」

「おそらくは」

 

 ジョスランは、絶句の後で搾り出すように唸った。


「この王国では、騎士には準男爵という地位がある」

「それ以上の何かを提供しているのか、それとも」

 

 さらに何かを言う前に、「にゃ〜ん」と鳴き声がした。


「戻ったのね」

「ずいぶん遅かったな」


 いつの間にか室内に現れた白トラ猫を、ルシアは抱き上げ頬を擦り寄せる。それを見たジョスランは、複雑そうな顔をした。


「どこまで行ってた、猫」


 ジョスランが突っかかるのを尻目に、ルシアは口の中でサッと祝詞(のりと)を唱える。

 やがてヒスイはぴょんっとルシアの腕の中から飛び上がり、くるりと宙で回転してから、床に降り立った。服装は、水色の直垂(ひたたれ)姿だ。下は膝丈の括袴(くくりはかま)に、脛には脛巾(はばき)と呼ばれる布が巻いてある。この世界では違和感があるが、獣人という特殊な見た目のせいか、あまり問題にはならなそうな雰囲気だ。

 

「オイラには、ちゃんとヒスイって名前があるんだよ〜。嫌な奴だな〜」


 手の甲でくしくしと頬をかいている猫獣人の少年が悪態をつくのに、ジョスランは返事しない。


「んも〜。いいけどさ。主の予想通り、あのゴタイって奴、ただの小間使いだね」

「やはり……住処(すみか)は分かった?」

「うんとね、大きくて古い建物で、子供達がいっぱい寝てたよ」


 ジョスランの目が見開かれた。


「孤児院!」

「ええ、間違いないわね……」

「そこで、誰かと会話してた。この国のためとか、みんなを幸せにするためとか。でもオイラが思うに、あれは(しゅ)だね。思い込まされてる」

 

 はー、とジョスランが大きく息を吐く。


「その誰か、が首謀者か。どんな奴だった?」

「何人かいたけど……一番偉そうだつたのは、髪の毛少ない中年男でちょっと太ってて、鼻の横にでっかいホクロ」

「トビア・ギルメット!」

 

 西の辺境伯の名をジョスランが叫んだのを、ルシアは諌めない。ただ、意識して冷たい声を出した。


「落ち着いて、ジョー。ギルメットに辿り着くのが早すぎるわ」

「それもそうだな……となると逆に怪しい。俺なら、そうやって全てをなすりつけて、別のことをする」


 ヒスイがいかにも疲れたという様子で両腕を上に伸ばしてから、ジョスランの隣にどさりと腰掛けた。

 

「ふあ〜あ。オイラもそう思うよ〜だ。騎士を西に行かせたのは、神様のところに行かせるためだって」

「神様……あとは?」

「えっとね、西の次は北で〜、北の次は東で〜みたいに、順番決まってるって言ってたかな」


 ヒスイの発言を聞いたジョスランが、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。


「すぐに騎士団の各駐屯所に通達した方が良いかもしれん。神様の場所と言っていたのならば、おそらく神殿だろう。それとなく、人の流れを把握させよう」

「神殿……巡礼……!」

「おそらく、な。だがルシア。予断は禁物。だろう? まずは通達。そして演習に備える。団長と、気が進まないが父にも警告しよう。演習でギルメットに花を持たせるようにすれば良いだろう。陛下の御前でもあるからな」


 ジョスランがそこまで話すのを聞いてから、ルシアはふっと肩の力を抜いた。


「どうした、ルシア」

「わたくし、人と話していてここまで同じ考えなのは、初めて。さすが相棒だなって」 

「っ久しぶりに、不意打ち喰らったな……」

「不意打ち?」


 ガバリと上体を倒して頭を抱えたジョスランのつむじを、ルシアは戸惑いながら見つめたが、ジョスランはそれ以上何も言わなかった。


   ○●


 この王国では、平和な世の中とはいえ備えは必要であるとの考えから、年に一度、騎士団全体での演習を行うのが慣例となっている。

 

 北は山岳地帯、東は海という地形的な有利があるが、西と南は別の国と接していて、その分兵力も多く配置されていた。ただし南は温暖な土地柄で陽気な者が多く、南の辺境伯は隣国と友好な関係を結んでいる。一方で、巨大な鉱山を持つ西側は、油断がならないという意識が根強い。

 

 だからか、『騎士団演習』は主に王都と、西の辺境騎士団によって行われている。


「ルシア。わざわざ演習場まで来た狙いはなんだ」


 ルシアとジョスランは、王宮の東に併設されている騎士団演習場にいた。昼下がり、訓練をする騎士の姿は、まばら。ルシアが人けのないことに驚くと、平和とはこんなものだ、とジョスランは苦笑する。

 

「騎士たちがそうして油断しているのであれば、好都合」

「好都合?」


 ルシアは、演習場の砂地へ降り立つと、ジョスランを振り返った。


「ええ。下準備です」


 木の手すりの向こうで、ジョスランの紅色の目がパチパチと瞬いた。


「下準備?」

「ここが会場なのでしょう」


 ルシアはブツブツと何かを唱えながら、演習場と観客席を仕切る板囲(いたがこい)の表面に、お札を貼っている。

 

「……それはなんだ?」

「おまじないです」

 

 腰に手を当て、初夏の青空を見上げたジョスランが、はああと大きな息を吐いた。

 

「おまじない、ねえ」

「あら。ゴタイのと一緒にしないでくださる?」


 苦笑するジョスランが砂地に踵をつけたのを見て、ルシアは(たもと)から式札を取り出す。


「暇なら、ヒスイと遊んでいてください」

「上等だ」


 たちまち姿を現した白トラ猫の獣人は、

「うへえ、オイラ()()()()()()()んだけどなあ」

 と苦笑しつつも、コキコキと頭を傾けて準備運動をし、踵を浮かせて拳を構えた。

 

 それを見たジョスランが

「敏捷さに全振りだな」

 と揶揄(からか)うように言うと、

「そうでもないよ? 急所打ったら良いだけだもん」

 にこやかにヒスイは構える。


「まあいい。やるか」

「んじゃ、いくよー」


 タンッと飛び上がったヒスイは、返事を待たずに容赦無くジョスランの首元へと手刀を伸ばす。

 バックステップで後ろに飛んだジョスランは、素早くマントを脱ぎ捨てた。


「全力で来い」

 

 等間隔で五箇所に札を貼り終えたルシアが振り返ると、ふたりが今のは自分の勝ちだと言い争っている。


 面倒になったルシアは――

 

「引き分け。さ、帰るわよ」


 ふたりが渋い顔をしたのを無視して、(きびす)を返した。

 

  ○●


 それから数日後、騎士団長の計らいで演習の見学を許可されたお見舞い係は、観客席の最前列にいた。


「ルシア。奴ら、なんだあの目つきは」

「おやあ、正気じゃないみたいだね」


 ジョスランとヒスイが見たままの感想を告げるのを、ルシアは非現実的な気持ちで聞いていた。


「なんということを……」


 王国騎士団の二倍以上の人数を抱えた辺境騎士団が、演習場にやってきていた。それだけならばまだ良いが、ひとりひとり、様子がおかしい。雑談をすることもなく、虚な目で同じ方向を向いて、ただ立っているだけなのだ。一方の王国騎士たちが、近くにいる人間と雑談をしたり、軽くストレッチをしたりしている様子と見比べると一目瞭然である。


「わたくしの目算が甘かった」


 ルシアは、ギリギリと拳を握りしめる。


「西の辺境伯の功績のためだなんて、そんな小さくてくだらない理由なんかじゃない。これは、新しい戦争の予兆かもしれないわ」

「なんだと」

「騎士の、……洗脳」


 搾り出すようなルシアの声が、ジョスランには――絶望に聞こえた。

 

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