第24話 役割
「騎士たちが『西』と言いながら出て行ったのは、聞こえていましたか」
馬車をバルビゼのタウンハウスへ向けて走らせている間、ルシアが問うと、ふたりは即座に頷いた。
「ええ、聞こえていました」
「俺も西へ誘導されたしな」
「さすがジョー。気付いていましたか」
「ああ。あのカードはよく出来ている。場所と言われれば『森』か『海』を選ぶ可能性が高い。『森』を選んだなら、そのまま行けと言っただろう。森は西だけじゃないが、海は東だけだ」
「海と対比させれば、西へ行かせるのは容易です。ジョーが『海』を選んだから、反対へ行けと言った」
クロヴィスが瞠目する。
「どちらにせよ、西へ行かせる……! なんということだ、そうだったのか」
そんなクロヴィスに、ルシアは迫った。
「クロ。貴方の掴んでいる情報、教えて下さいますか」
ちょうどカカッと蹄を鳴らして、馬車が止まったので――
「明日。王宮で、きちんと話をしませんか」
クロヴィスは穏やかな顔で提案し、お見舞い係のふたりはそれに同意した。
○●
翌日ふたりは、仕立てられた『お見舞い係』の制服を着て、王宮の廊下を歩いていた。
「どうだ?」
「よくお似合いです」
「それ、本心か?」
「……もちろん」
ジョスランの制服は結局騎士服に準じて仕立て、色や生地をルシアと合わせ、王宮・近衛の標準色である赤地にお見舞い係独自のカラーとして紫を取り入れた。色々相談した結果、貴族の家に立ち入ることやマナー的に、騎士の標準から逸脱しすぎない方が良いとの結論に達したからだ。
ジョスランのマントは黒でフード付き、装飾は最低限で、白いブリーチズに膝下までの黒いロングブーツを履いている。赤地でスタンドカラーの上衣はタイを省略し、金糸で襟や袖が彩られ、二列の金ボタンで前みごろの左右が留められている。
ところどころ差し込まれた紫――スタンドカラーや袖口、上衣の裾や白いトラウザーズの脇ラインなど――が近衛との差別化を図る他、良いアクセントになっていた。
一方のルシアは、狩衣をドレス風にアレンジしている。
ジョスランと同じく赤地に金糸の刺繍で、腰はコルセットではなく同生地の太い紐で帯のように巻いている。スカートは白のプリーツタイプで、中はキュロットになっているが、プリーツのため見た目では分からない。黒い編み上げブーツを履き、小袖風上衣の袖は絞れるように赤色の紐が通してあるため、パーティなどでは肘部分で絞ればマナー的にも問題ない。袖口や襟元など、ところどころに白レースが付けられていて、華麗な場でも引けを取らないデザインにした。
「ルシアのは、不思議な袖だな。優美であり、そこに色々道具が入れられる。効率的だ」
「ええ」
「とてもよく似合っている」
「ありがとう」
ジョスランが頬を少し緩ませたので、ルシアは不思議に思った。
「ジョー?」
「いや。ようやく認められた気がして」
「認められ、とは?」
「お見舞い係としてだ」
所属を明らかにする意味としても、制服というのは有用なのだとルシアは学んだ。自分が誰でどこに所属していて、どういう役割かを視覚で分からせる効果がある、と。
「……きっと今回の問題は大きいわ。気を引き締めていきましょう」
「おう」
もう少し良い言葉を掛けられたらよかったかもしれない、とルシアは思ったが、ジョスランが嬉しそうだったので良しとした。
「ごきげんよう」
廊下の向こうから歩いてきたクロヴィス――こちらはいつも通り、黒のフロックコートに白いシャツ、薄い水色のアスコットタイ姿だ。ダブルジャケットで腰の切り返しが細めに作られた、体型維持が大変そうなデザイン――が、ふたりの前で丁寧に礼をした。
「今日は、こちらへ」
促された方向が宰相室方面とは異なったので、ルシアが首を傾げる一方、ジョスランはすぐに分かったようだ。
「中庭か」
「はい」
「誰と会わせる気だ」
「……」
わざわざ改めて話そうと言われた、その理由。それは――
「久しぶりだな、ジョスラン」
中庭のガゼボで待つ、分厚い体躯の壮年の男性に会わせるためだったらしい。
白髪に白髭をたくわえたその男性は、頬の切り傷が目立ち、鋭い眼光を放っているのが遠くからでも分かる。身長はジョスランの目の辺りまで、とそれほど高くはないものの、筋肉で盛り上がった二の腕は騎士服の生地を破らんばかりで、何より威厳がある。間違いない、このお方は、とルシアは背筋に力を入れた。
苦笑しながらジョスランが「団長、お久しぶりです」と歩み寄ると、団長と呼ばれた王国騎士団長ガエル・メネンデスは、大きな手を前に差し出し、ジョスランを出迎えた。
「全く顔を見せに来んから、こっちから来てやったぞ」
握手に応じたジョスランの背をバシンと叩く音が、昼前の明るい中庭に響き渡る。
「それは、申し訳ございません」
「そちらが噂の、婚約者か」
「あー、まだ予定、ですが」
「なんだ、情けない」
男同士の会話は、聞き流すに限る。
ルシアはジョスランの後方に控えていたが、クロヴィスが気を遣い、先にガゼボの下にセットされたテーブルへ案内をしてくれた。
「どうぞ、先におかけになってお待ち下さい」
「クロ、ありがとう」
慣れた手つきでお茶を淹れ始めたのを見て、まるで執事のようだと思っていると、
「我が息子は、一体何になりたいのやら」
と眉尻を下げたガエルが、ルシアの向かいにどかりと腰掛けた。
だいぶ無粋な振る舞いだが、不思議と憎めない。
ジョスランはさすが、洗練された仕草でルシアの隣に腰掛ける。
「クロヴィスは器用だが、突出したものがないんだよなあ」
「団長様。話しづらいことを切り出すきっかけをお探しになるのは分かりますが、それとご子息をそのように下げるのとは違うのでは」
「うぐ」
スッと椅子から立ち上がり、ルシアはキュロットの脇を掴んでから頭を下げ、軽く膝を曲げた。
「ご挨拶遅れました。わたくし、ルシア・バルビゼと申します」
「ああ。ガエル・メネンデスだ」
「お噂はかねがね」
「どんな噂だ」
ルシアは椅子に再び腰掛け、ティーカップのソーサーを持ち上げてからしれっと言い放った。
「遠慮なしに申し上げて良いのでしょうか」
「聞かせてくれ」
「では……猪突猛進」
咄嗟にジョスランとクロヴィスが顔を逸らしたのが、面白い。笑いを堪えているのを、誤魔化しているに違いない。
「はあ。これはジョスランを責められん」
「はい。そうして下さい。本題をどうぞ」
「容赦ないな」
「必要ですか?」
いよいよ、ガエルは肩を大きく竦めた。
「不要だ。財務大臣が騎士団予算の縮小案を御前会議へ提出したのは知っているか」
「……いいえ」
事の大きさに思わず身構えるルシアとジョスランの様子を見たガエルが、クロヴィスをギロリと睨む。なぜ事前に話しておかなかったんだ、と言わんばかりだ。
「団長様」
「様はいらんぞ、ルシア嬢」
「では、団長。わたくしは予断というものが好きではありません。クロはそれを見越し、情報を制限していたに過ぎません。どうかお責めになりませんようお願い申し上げます」
「……分かった」
それからルシアは、テーブル脇でお茶や軽食をサーブするために控えているクロヴィスを見上げた。
「クロ。今のお話を聞いて、仮説が一つ成り立ちました。わたくしたちが西へ赴く必要はあると思いますか」
「! いえ、その必要はございません。近々、王都で騎士団の大々的な演習があります。西の辺境伯も、それに出席予定です」
「それなら良かったです。クロも、わたくしと同じ仮説。ですね?」
「はい、恐らく」
長旅から帰ってきたばかりだ。また西へ長旅に出ることを、ルシアはなるべく避けたかった。
ルシアとクロヴィスの会話に、気色ばむのはガエルだ。
「おい……辺境伯がどうしたというのだ!」
「まあまあ団長。とりあえずお茶を飲みましょう。ルシアのことだから、急かさずともすぐに話してくれますよ」
短気な騎士団長を、ジョスランが宥める。
いつもと違う役割に、ルシアの頬は思わず緩みそうになったが、今からする話は、到底穏やかなものではない。
「あくまでわたくしの仮説ですが。騎士たちが西へ向かわされているのが、西の辺境伯の仕業と言われたら納得がいきます」
「何?」
「わたくしは先日、王弟殿下――元騎士団長と団長の不仲が、実は内憂を抑えるための演技であったとお聞きしました」
「……まあ、な。そういう役割でいようと話し合ったのだ」
「団長が真に不仲であるのは、西の辺境伯でいらっしゃる」
「うーん? そうなのか? 儂は、特に何とも思っておらんが」
困惑するガエルの態度を見た、ルシアの目が光った。
「なるほど、何とも思っていないのですね」




