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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第23話 未熟


 ルシアたちが『五体満足』の裏口から外へ出ると、すっかり日は暮れていた。

 数少ない街灯にぼんやりと照らされる石畳の路上では、家路に着く酔っ払いや、松明(たいまつ)を持った夜警の巡回がまばらに目に入る。ほとんどの人間が家の中にいる時間帯だ。


「どこかで話しましょうか」

 

 ルシアの申し出に、ジョスランが

(つじ)馬車でも捕まえるか」

 と首を巡らせるとクロヴィスが、

「それには及びません。あちらに待機させていますので」

 颯爽と歩き出す。


 後を追ってみると、裏路地に目立たない装いの馬車が止まっているのが見えた。ジョスランが、ふっと肩の力を抜く。

 

「さすがだな。手回しが行き届いている」

「恐縮です」

「俺のは本心だぞ」

「私もですが」


 今のルシアに、ふたりを(いさ)める余裕はない。今夜は幸い、月が大きい。月明かりの下、ルシアはふたりを無視して、早歩きで追い越す。


「おい、ルシア、待て」

「お待ちをっ」


 さすがに、ルシアの態度でふたりは気を引き締め直したようだ。


 クロヴィスの合図で御者が扉を開き、ローブ姿の三人は、無言で馬車のキャビンに乗り込んだ。

 バタンと扉が閉まってから、ルシアはようやく口を開く。


「ジョー。わたくしの目を見て」

「ああ」


 ルシアは向かいの席に座ったジョスランへ、身を乗り出すようにして紅色の目を覗き込み、素早く

六根清浄(ろっこんしょうじょう)急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

 と囁く。


「ルシア……ほろ酔いですらなくなったぞ」


 ジョスランが苦笑いしながら、ローブの紐を解いて全て脱ぐ。ルシアとクロヴィスはフードを後ろに落とすだけにしたが、装備の分、ジョスランは暑そうだ。ガントレット(手甲)スリーヴ(すね当)など、外せるものは外している。夜とはいえ初夏であるから、風のないところは暑いだろうと、ルシアは気遣って馬車の窓を少しだけ開けた。クロヴィスはジョスランの隣で装備を解くのを手伝いつつ、話が終わるまで適当にぐるぐる走らせましょう、と御者に走るよう合図を出す。

 

「それもまた、(しゅ)だもの」

「まあ、わざとかかってやるのも面白い経験だった。ルシアが()くと思えば、余計にな」


 窓を少しだけ開けた分、夜風と共に月光も入ってきている。

 ルシアは、暗い馬車の中で光る紅色の目を、呆れた顔で見つめた。


「そこまで信頼されたのは、嬉しいわ」

「それ、本心か?」

「さて」


 クロヴィスが、また訳の分からないことを、と言いたいのを真顔で誤魔化している。

 

「もう大丈夫ですわね」

「ああ」

「念のためクロも」


 戸惑うクロヴィスにも同じように呪を囁いた後で、ルシアは毅然と尋ねた。

 

「聞きたいことがあります」

「私、ですか」

「はい。何を怒っていたのですか?」


 問われたクロヴィスは、軽く目を伏せる。

 なんと答えようか、珍しく言葉を選んでいるように見えた。


「察するに、あのゴタイという男。クロの知り合いですね?」

「なんだと」


 勢いで問いただそうと腰を浮かせかけたジョスランは、ルシアが止めるまでもなく、すぐに冷静になった。


「どういうことだ」

「この目で見たい、と言ったのは、知り合いかどうか確かめたかったからよね」

「はあ。さすがルシア様ですね。洞察力が優れていらっしゃる。宰相閣下が可愛がる訳です」

「クロヴィス。誤魔化すな」


 静かな声で迫るジョスランに、クロヴィスは苦笑いを返す。

 

「誤魔化したりなどしません……確証はありませんが、おそらくあのゴタイは、孤児院で一緒だった男です」

「どんな奴だった」

「賢い、とは言えません。ただ観察や真似をするのが得意でした。院長や職員の真似をして、子どもたちをよく笑わせていた」


 ルシアが、顎に手を当てながら頷いた。

 

「なるほど。真似事ならばあの(つたな)さにも納得です」

「ルシア様の言うとおり。私も誰かの真似事ではと思いました」


 たちまちジョスランが嫌そうな顔になる。


「俺だから、奴の未熟な術にかかったってことだな」

「いいえ。ジョーはあえて受け入れたのでしょう? 普段なら、早々に跳ね除けていたはず」


 クロヴィスが意外だ、というような顔をしたので、ルシアはジョスランを擁護する気になった。


 クロヴィスはクロヴィスで、ジョスランのことを過小評価している節がある。ジョスランがあえて粗暴に振る舞っているのは、彼なりの処世術でしかない。ある程度の隙がなければ、誰もジョスランに近づこうともしないだろう。王宮での噂話を騎士たちから獲られるというのは、剣狂と恐れられていても、雑談に応じる者たちが居るということだ。

 

 また、本当に『考えなし』であるのなら、ルシアの行動の先や、さらにその先を読んで振る舞うことなど決してできることではない。賢く剣の腕も立つ、王族。あまりにも驚異的な存在であるから、宰相はお見舞い係に異動させたのかもしれないとすら、ルシアは思っている。


「ジョーは、何度も拒絶しようか迷っていたでしょう。よく我慢したわね」

「バレていたのか」

「もちろん。手練(てだ)れの術者ならば、あのようにカード選択を躊躇(ちゅうちょ)された時点で、察して引くか、別の手段に変える」

「そうだけどな。まあ、騎士相手には十分な腕だ。奴ら単純だからな」


 クロヴィスが、パチパチと何度も目を瞬かせている。


「クロ。ジョーが貴方に絡むのは、わざとだと思いますよ。剣狂と呼ばれるほどのお方が常に騎士然として、頭脳明晰に振る舞っていたら、恐ろしい存在でしかないでしょう」


 ジョスランの頬がかなり赤くなったが、月明かりでは目立たない。

 クロヴィスは、軽く目を閉じた。


「はあ。私は……まだまだ未熟ですね」

「感情を抑え込むのならば、どうぞ徹底的に。今回は気づかれませんでしたが、ゴタイの背後にいる人物は、そうはいかないでしょう」


 ジョスランとクロヴィスが、顔を見合わせてからルシアを見やる。息ぴったりだな、とルシアは微笑みそうになった。


「背後にいる人物って……もう分かったのか?」


 ジョスランの問いに、ルシアは今度こそ微笑んだ。


「まだですが。忘れていませんか? 尾行させています」

「あの猫野郎か」

 

 ジョスランがこれ以上なくニヤリと口角を上げたのを見て、クロヴィスが大きな溜息を吐いた。


「なるほど。閣下が私に課題を下さった理由が、分かった気がします。王宮内で書類や政治ばかりやっているうちに、忘れていました」

「何をです?」


 首を傾げるルシアに、ジョスランが短く「実戦だろう」と答えた。


「仰る通りです。現場から意識が離れすぎていました。これからは、気合を入れます」

 

 クロヴィスの水色の目が、月光を受けて冷たく光った。


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