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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第22話 対面


「どうぞお掛けください」


 黒いローブのフードを目深に被り、口元に薄いオーガンジーのような布を巻いている人間が、テーブルに座ったまま手だけで促した。ローブはサテン生地のような薄くて軽い素材なので、肩のラインから華奢な体型なのが分かる。手首から手の甲にかけても口元と同じような布がぐるぐる巻かれていて、上から天然石の細いバングルがいくつも着けられている。

 声色からして若い男性で、顔色や表情は判然としない代わりに、態度や声音で柔和さが演出されている――ルシアは油断なく、彼の所作のひとつひとつに注目した。


「失礼」


 ジョスランが彼の向かいの椅子に腰掛け、ルシアとクロヴィスはジョスランの背後に並んで立つ。ルシアは最初気づいた通り、衝立を境にこの辺りになんらかの術式が展開されていることを察知した。


(軽い催眠のような感じかしら。大したことはないけれど、念入りなことね……)

 

 正気を保つため、口の中で精神統一の真言を唱える間、相手が口上を述べた。

 

「初めまして。僕はゴタイと呼ばれておりますので、どうぞそうお呼びください。貴方様は、名乗る必要はございません。何かお困りのことでも?」

「ああ、とても困っている。ずいぶん前から婚約を申し込んでいる女性がいるのだが、まだ返事をもらえていない。良い返事はもらえるだろうか」


(ちょっと!)


 ルシアは思わず叫びそうになったのを必死で堪えた。隣のクロヴィスの肩が小刻みに震えている。笑いを堪えているに違いない。


「なるほど……では、貴方様の生まれ月と生まれた日だけ、教えてください」

 

 ジョスランはスッと軽く息を吸ってから、吐き出した。


「七の月、二十五の日」

「はい。お相手の生まれ月などはお分かりになりますか?」

「分からん」

「……ふむ。とりあえず貴方様の情報だけで、見てみましょうか」

「見る?」

「はい。万物は定められた道を行く。僕はその道筋を追うだけですよ」


 ゴタイは軽く体を後方へ捻ると、背後の台に置いてあった手のひらぐらいの大きさの金属の箱を持ち上げ、テーブルの上に置いた。それからパカッと蓋を開けると中にはカードが入っていて、慣れた手付きで中央に並べ始めた。カードの絵柄は、森・太陽・大地・金貨・海に見える。


「さて、その女性を想像した時に、選びたいカードはどれでしょう」

「この中から、選ぶのか」

「はい」

 

 ジョスランの動きが止まったのを見て、ゴタイはふっと息を漏らした。


「どうかそう構えず。直感で選んでください」

「直感と言われてもな。選んで何になる」


 ゴタイは一瞬言葉を詰まらせると、落ち着きなくカードの表面を撫でながら、もう一度ゆっくり言い直した。

 

「とにかく、目についたもので良いんです。一緒に行った場所などを思い出してもいいですし」

「場所か……なら」


 促されて、ジョスランはようやく海のカードを指差す。ゴタイは素早くその海のカードを、自分の近くまで滑らせながら引き寄せた。


「はい。選んだ理由をお聞きしても? なんとなく、でも良いですよ」

「凪いでいる時は綺麗だが、荒れ狂うと恐ろしい」


 ――ルシアは思わず頭を抱えたくなったが、必死で耐える。


「きっと素敵な女性なのでしょうね。力強くて、お美しい方とお見受けしました」

「その通りだ」


 薄い布越しに聞こえてくるゴタイの柔らかい声と、決して否定しない言葉遣い。ルシアはなるほどと心の中で頷いた。

 式や術を競い合う場で行われる心理戦でも、相手を衝突で揺さぶったり、甘言(かんげん)で懐柔したりする。ゴタイの手法は後者だ。カードを選ばせながら雑談することで、情報を引き出す。知らず知らずの内に、心の奥までさらけ出してしまっているに違いない。

 

 ジョスランも相手の術中にはまったのか、好きなことに打ち込んでいるのが良いとか、甘いものが好きだとか、余計なことを話している。


(いけない。冷静にならなければ)


 横目でクロヴィスを見上げてみるが、お互いフードのせいで表情はよく分からない。ただ、口角がピクピクしているのだけ見えた。

 

「後ろのご友人方は、その女性をご存知ですか?」


 ゴタイから唐突に話を振られたので、ルシアは軽く首を横に振り、クロヴィスも同様にしたようだ。ルシアは女性とバレないようにと思ってのことであったが、クロヴィスはどうだろうか。何気なくルシアが彼の手元を見やると、ギリギリと音が鳴るぐらいに、拳を握り込んでいるのが分かった。ルシアはじっと、クロヴィスの手元を見つめてみる。手の甲に青筋が浮き出るぐらいに握るのは、怒りからに他ならない。


(一体何を怒っているのかしら……)

 

「ご存知ない……それは残念です」

「なんだ。それだと不都合でもあるのか?」


 ジョスランが低い声で煽ると、ゴタイはふわりと首を横に振る。


「ご安心を。より正確になる、というだけですので……うん、残念ながら今すぐの了承は得られそうにないでしょう」

「っ、なんだと」


 ジョスランは今、なぜ分かったのか、という問いを必死に飲み込んだに違いない。

 

「風向きが異なるのです。一途な方でしょうから、貴方様にお気持ちが向いた時は、お話は早く進むに違いありません。つまりは」

「懸命に口説け、ということだな」


 ぐい、とジョスランが肘をテーブルに乗せて凄んだので、さすがのゴタイも軽く仰け反った。


「おほん。そのように熱烈に想われるなど、お相手の方はさぞ幸せなことでしょう。貴方様に幸せが訪れるよう、まじないを少々授けましょう」

「まじない? 魔法のようなものか」

「そんな大層なものではございません。古くから、言葉は力を持つと言われておりますので、授けたいと思いました」

「ほう」


 ルシアは身構える。先ほどからの振る舞い――カードを自由に選ばせたようで選択肢を誘導したり、さりげなく後ろのふたりとの関係性を探ったり、魔法の認知度を確かめたり。

 このゴタイなる人物は、なんらかの目的があってこういうことをしている。

 

「幸運が、貴方様へ訪れますように」


 ゴタイは、ジョスランの両眼に右手のひらをかざすようにして声を掛けた。まるで何かを送り込んでいるかのように、力んでいる。

 

「……ふう。僕の力を送り込みました。そうですね、見知らぬ土地――できれば、王都から出たところに行ってみるのが良いです」

「見知らぬ土地?」

「はい。海を選ばれたならば、それとは反対へ行くのが良いでしょう」

「そうすると、どうなるのだ」

「色良いお返事がもらえるに違いありません」


 ジョスランは前のめりになっていた身を起こし、居住まいを正した。胡散臭い、と態度で表しているようなものだ。


「僕の言葉を信じないならば、それでも全く構いません。幸福は、信じる人の元にだけ訪れるものですから」


 ゴタイはそう告げながら、テーブルの上に並べていたカードを端から撫でるように手のひらへ納めていき、箱の中へしまい、背後の台へ片手で置いた。洗練された仕草だ。

 

 それから体の前で両手を組み、

「これで、おしまいです。次の方、どうぞ」

 と淡々と告げる。


 衝立の向こうで動く人の気配があり、有無を言わさない空気に、ジョスランは席から立ち上がらざるを得なくなった。


(間違いない。このやり取りは、一種の(しゅ)だ)

 

 ルシアはゴタイへの警戒心を強めると同時に――店外へ出たらクロヴィスを問い詰めることに決めた。

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