第20話 裏口
約束の日時、路地裏で顔を合わせた三人は、お互いの見た目を確認してから目的地へ向かって歩き始めた。
ルシアが
「騎士の装備って、間近で見ると迫力がありますね」
とジョスランに言うと、本人はけろりとしている。
「これでも巡回用の、簡易的なやつだぞ」
「それで簡易ですか。大変ですね」
屯所から借りてきたという年季の入ったプレートアーマーに、フード付きマントを着けたジョスランは、重い装備にも関わらずサクサクと石畳を歩いている。
一方のクロヴィスは、体力を考慮してサーコートで誤魔化したと笑っていた。
ルシアはというと、従士なのでチュニックの上にローブを羽織り、髪を後頭部でまとめてフードを目深に被った。腰の革ベルトには大ぶりのナイフを提げてはいるが、どう握れば良いかも分からない。
傍から見れば、騎士ふたりとそれに従う従士、である。
「『五体満足』は王都の外れ、南門近くにあるそうです」
クロヴィスの言葉で、ジョスランが「普通は行かないエリアだな」と眉根を寄せた。
ルシアが
「確か南に行くほど、貧しいのでしたか」
と独りごちると、クロヴィスが頷く。
「王宮を北に構える王都の構造上、北側に特権階級が集中しています。自ずと貧しい人々は、南に住まざるを得ない。あ、こちらの方が安全な道です」
クロヴィスはそうして、メイン通りから一本裏に入る道を選ぶ。
「詳しいのね、クロ」
「孤児院も南地域にありますから」
「なるほど」
ルシアは気づく。ジョスランは普通は行かない、と言った。王族なればこそであるが、クロヴィスにとっては育った場所である。
似たような立場でも、言葉の端端にはふたりの違いが無意識に出ている。
不仲ではないが、踏み込めない。そのような距離感なのかもしれない、とルシアは見てとった。
○●
王都南に店を構える食堂、『五体満足』の前に着いたルシアたち三人は、辺りの喧騒に気圧されていた。
今は、日の落ちかけている時刻。店の入口には人だかりができている。
「まさか、これ程までとはな。とりあえず、周りを歩いてみるか」
「ええ。大人気ですね」
ジョスランとルシアが店の周辺を見回る間、入口付近の様子を見てきたクロヴィスがふたりの元へ戻ってきて、首を横に振る。
「満席だそうです」
「仕方ないですね」
「……分かった」
渋々頷くジョスランの、眉間の皺が深い。王族でかつ名誉騎士という彼が、このように待つことなど、今まで絶対に無かったに違いない。
ルシアの前に立っていた男性の二人組が、ゆらゆら体を揺らしながら、会話している。どこかで一杯飲んできた後なのかもしれない。ふたりとも、頬がほんのり赤い。服装から見て、掃除人だろうとルシアは見当を付ける。
「ゴタイさんがいるらしいから、そりゃあ混んでるよなぁ」
「騎士様ならまだしも、俺ら庶民はひたすら待つしかねぇ」
「銀貨五枚だっけ?」
「そうそう。そんな大金、俺らにゃ一生かかっても無理だ」
ルシアたちは、お互い顔を見合わせ、頷きあった。
「あの、すみません」
この場で一番下の身分(見た目)なのは、従士であるルシアだ。だから、思い切って聞いてみる。
「騎士料金て、なんでしょうか?」
「ん?」
振り返った男ふたりは、ジョスランとクロヴィスの格好を見てギョッとなった。
「あー、ああ。騎士様なら裏口回って、銀貨五枚払えばすぐ入れるぜ」
「ありがとうございます!」
ぺこりと礼をしたルシアの横から、マントのフードを目深に被ったジョスランが「情報感謝する」と銀貨を二枚握らせた。
目を見開くふたりに、ジョスランはしーっと人差し指を立て「その代わり、俺たちのことは内緒にしといてくれ」と続ける。
こくこく頷く男ふたりが離れたのを見計らってルシアが
「なんでわざわざ口止めなんか」
と問うと
「念のためだ」
ぶっきらぼうな答えが返ってきた。
その証拠に先程の男たちが
「お忍びに違いねぇ」
「命が惜しいから、黙っとこうぜ」
と言っているのが聞こえた。
「裏口の情報は、前までありませんでしたが……」
クロヴィスが表情を曇らせる。騎士の失踪と紐づけても、ルシアには悪い予感しかしない。
「嫌な予感がします。裏口を設けて差別化しているとすると、やはり意図的に騎士を対象として、何らかの企みが働いている可能性があります」
ルシアの警告に、ジョスランとクロヴィスは無言で頷きながら、店の裏手へと回る。
すると、壁に背をもたれるようにして足を投げ出し、ぐったりと項垂れている人物が目に入った。薄暗い建物の影であり、店の裏手という人通りのほとんどない場所である。裏口から入ろうとする騎士ならば気付いたかもしれないが、今は周囲に誰もいない。服装からして庶民であるのに、なぜここにいるのか、とルシアは疑問に思う。騎士用の裏口に庶民がいるのは、違和感があった。
「おい、大丈夫か」
ジョスランが警戒しつつ、地面に片膝を突いて声を掛けると
「……だめ、です。入ったら……」
弱々しい声で返事があった。
「おかしい……から……」
必死で何かを訴える様子を見たルシアは、素早くジョスランの隣に片膝を突くと、青年の顎に左手を添えて顔を上げさせた。おもむろに右手で印を結び「六根清浄、急急如律令」と囁く。
彼の虚だった目に、じんわりと光が射した気がした。
「あ……」
「どうですか。具合は良くなりましたか」
戸惑う彼にルシアが声を掛けると、どこか夢見心地のまま、頷かれた。顎から手を離しても、しっかりと顔を上げている。
「え、ええ。ありがとう、ございます……あの、そこから入る気ですか? やめた方が」
「なぜですか」
「僕、ここの常連、で……友人が、従士で……紹介したんです。占ってもらったら、いきなり西に行くって言い出して」
青年は身を起こし、頭を左右に振った。徐々に意識がはっきりしてきているのが、見て取れる。
「おかしいよって止めたら、殴られました。そんな奴じゃなかったのに」
ルシアは、裏口の扉を睨んだ。
「先ほどのわたくしの呪が効いたのなら、彼も彼の友人も……何らかの術がかかっているに違いないわ」
それを聞いたジョスランは
「失踪どころじゃなさそうだ」
と、フードの中の紅色の目をギラギラと光らせた。




