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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第19話 不仲


 宰相室から出たルシアとジョスランは、詳しい話を聞くためクロヴィスの持つ補佐官室へ招かれていた。

 宰相補佐官とはいえ、個室を与えられているのは珍しいらしい。養父が騎士団長であることも影響しているが、何より宰相のフラビオが「次期宰相として育てている」と公言してはばからないのだという。

 天井高の本棚が並ぶ、書類と本だらけの小さな書斎のような部屋で、申し訳程度のソファとテーブルが置いてある。客人はあまり想定していないらしく、お茶が出せなくて申し訳ないと断られた。


「宰相閣下のお考えは、俺には分からんが。邪魔だけはするなよ、クロヴィス」


 ジョスランが勝手にソファに腰を下ろすのを、クロヴィスは気にしていない様子だ。

 

「邪魔などいたしません。私が提供するのは情報のみですから」


 珍しく尖った態度のジョスランを、どう(なだ)めようかと途中まで考えていたものの面倒になったルシアは、 

「ありがたく存じます」

 とだけクロヴィスへ伝える。

 

 それぞれが椅子やソファに腰掛けたところで、どこからか現れた白トラ猫がルシアの肩に乗ると、クロヴィスの目が好奇心で光った。

 

「その猫……ひょっとして、ルシア様の従僕の」

「ええ。お耳が早いですわね」

「猫好きの閣下が、大変興奮してらっしゃいましたから。確か名前はヒスイ、でしたね。なるほど目の色。素敵だ」

「にゃあん」

「褒められて喜んでいるわ。よろしく、ですって」

 

 ルシアがヒスイの言葉を伝えてみると、クロヴィスは微かに口角を緩ませた。


「ええよろしく。私はクロヴィス。ヒスイと呼んでも?」

「にゃー」

「良いそうです」

「それはよかった」

「にゃん」


 クロヴィスの膝にヒスイが飛び乗ったので、クロヴィスは恐る恐るその背を撫でている。

 

「クロヴィス様も、猫がお好きなのね」

「ええ。飼いたいのですが、なかなか余裕がなくて」

 

 ルシアとクロヴィスが会話をしている間、ジョスランは腕を組んで憮然(ぶぜん)としている。

 

「もしかして、王弟殿下と騎士団長もこのような感じなのでしょうか」


 ルシアが唐突に呟いたので、ふたりとも一瞬言葉に詰まった。


「「え」」

「不仲だとお聞きしておりますが」


 いい加減本当に面倒になってきたルシアの、皮肉だ。


「有名なお話ですわよね。王弟殿下が騎士団長だった時、当時副団長だったクロヴィス様のお父上である現騎士団長と、いつも怒鳴りあっていたのは」

「あー、そうだな」

「ええそうですね」

 

 それきりふたりが押し黙るので、ルシアが何事かと首を傾げると――


「その……かつての団長と副団長の仲が悪いのには、理由があった」


 ジョスランが渋々口を開き、クロヴィスも同意する。


「ええ。戦争のない平和な時代、血気盛んな集団をまとめるには、ある程度の(いさか)いが必要だったのですよ」

「つまり、団員たちが不平不満をぶつけられるよう、あえて不仲を演じていたということですの?」

「その通りです」


 腕組みをしたジョスランが、頷いたクロヴィスの後を続けた。

 

「特に王都は、魔獣狩りのような泥臭い仕事もない。街の巡回や警備だけじゃ、腕のふるいようもない。暇つぶしみたいなものだ」

「なるほど。ということは、おふたりも実は仲が良い?」


 ルシアの突っ込んだ質問にはふたりとも答えず、ジョスランが話を逸らした。


「あー。ルシア? 不仲といえば、現騎士団長と西の辺境伯は、本当に不仲だ」


 ルシアはジョスランの話に興味を持ったので、ふたりの仲については後回しにすることにした。西の辺境伯の噂は、以前から耳にしていたからだ。

 

「西の辺境伯って確か、二十年前の戦争を終結に導いた際の武功を、ガエル様に奪われたと主張している方ですよね」


 ジョスランとクロヴィスは首肯した後で、それぞれ

「だがあの武功は間違いなくガエル団長のものだ」

「ただの逆恨みです」

 とその主張を否定した。


「逆恨みと言うぐらいの、証拠があるということですか」


 ルシアの問いに、クロヴィスが力強く頷いた。

 

「はい。副団長であった私の父は、終戦協定締結の際、隣国の騎士団長と握手を交わしています。その場で先方から、称賛と褒賞を賜ったのですが……当時の情勢を鑑みて、公表はしていません」


 ジョスランがソファの背もたれに背中を押し付けるようにして、天井を仰ぐ。

 

「敵国の褒章、と見做(みな)されたら面倒な時勢だったそうだ……以降大した争いはないから、辺境伯としての戦績が欲しくてたまらないのだろう」


 大きな武勲であれば、固執するのも無理はないかもしれない、とルシアは想像する。

 

「不仲なのはわかりました……雑談に時間を取られましたね。すみません、話を戻しましょう。クロヴィス様は騎士たちが行方知れずとなった場所、把握されていますか」

「あいにくバラバラですが、皆必ず『五体満足』という食堂に行っていたという情報を掴んでおります」

「食堂……ジョー、現場に行ってみますか」

「それはいいが、問題はルシアだな」

「え?」

「いやほら、夜の酒場に出入りしておかしくないように、露出の高い服とか色気とか……いっ!」


 ルシアは、隣から手を伸ばして思い切りジョスランの太ももの横側をつねった。

 それを見たクロヴィスが、肩を揺らして笑っている。本当に笑う時、水色の目はほとんど開かなくなるようだ。

 

「わたくしがそんなことをする必要はありません。従士になります」

「従士?」

 

 ジョスランが首を傾げるのも仕方ない。庶民が騎士団に入ると従士になる。末端の騎士の世話はしても、ジョスランのような高位の騎士には、貴族出身の騎士が従うのが慣例だ。従士は、近づくことすらないだろう。

 代わりに、クロヴィスが首肯(しゅこう)した。

 

「従士であれば、声変わり前の少年でもおかしくありませんね。衣装はこちらでご用意いたしましょう」

「お願いいたします、クロヴィス様」

「いえ……その、ルシア様の方が身分が高いのですから、そのようにお振舞いください。できればクロとお呼びいただければ嬉しく思います」

 

 メネンデスは子爵家だったか、とルシアは記憶を辿る。とはいえ騎士団長は名誉勲章をいくつも持っており、ジョスランのように伯爵位と同等として扱われる。


「身分ではなく、親しみを込めてクロと呼ばせてくださいませ」

「ありがたく。現地には、私も赴きます」


 ルシアがなぜだろう、という顔でクロヴィスを見やると、

「この目で直接、ゴタイという者を見たいのです。邪魔はいたしませんので、どうか同行させてください」

 と懇願された。


 ルシアはそれに、素直に頷くことにする。何らかの事情があることを察したからだ。元騎士ならば、足手まといになることもないだろう。

 

「……わかりました」


 それぞれ用意をして三日後の夕方、王都の片隅で落ち合うことになった。


   ○●


 

 御前会議とは、国王を筆頭に王国の各大臣が集まる、ふた月に一度の会議のことである。

 宰相の下に財務・法務・行政・外務大臣、それから騎士団長と王室府家令長官(家令と略される)がいる。

 

 政治は宰相下の各大臣の裁量に一任されているが、領主たる貴族から上がってくる報告の金額や影響範囲によって、国王への上奏がある仕組みだ。

 そのため、御前会議で議論・決裁されるのは、天災による支援や王族の婚姻、税率の大幅な改訂や制度の変更などが主だった。


「財務大臣ドナ・アギヨン伯爵から提出された、騎士団予算の大幅削減案だが。フラビオ、意見を聞かせよ」


 会議を始めた国王の眉根が、これ以上ないぐらいに寄っているのを横目にしながら、宰相のフラビオは一つ大きな咳払いをした。

 騎士団長のガエルが真向かいに腰掛けていて――円卓であるが、国王の両脇から順に腰掛けていくと序列的にどうしてもそうなる――視線だけで殺される勢いだなと、吐きそうになる溜息を誤魔化すためだ。


「陛下。隣国との外交は安定しており、先の戦争から二十年経ちました。かねてからの懸念であった、西の国境にある鉱山の利益分配協定が機能し、この先も新たな争い事が起きる可能性は低いでしょう。東は、海の向こうの大国との海洋貿易で、お互いの利がある関係が維持できております。外憂に備える予算を減らしても」

「異議あり!」

 

 ガエルが腹の底から叫んだので、会議室の空気がビリビリ震えた。


「……陛下の御前である。最後まで聞け」


 普段温厚な態度であるフラビオが、滅多に出さない冷たい声を出すと、ガエルはぐぬぬと唸りつつ口を閉じた。一方で財務大臣のドナがピクピク口角を震わせているのを目の端に捉え、フラビオはまた溜息を吐きたくなる。腹芸のできない狸ほど不要なものはないが、指名したのは前任の財務大臣だ。一体いくら積まれて隠居したのだろうか、とフラビオの肺の奥底からは、冷たい溜息が無限に生まれる。


「宰相の立場から意見を言わせてもらうならば、と付け加えましょう。外憂に備える予算を減らしても、特段影響は少ないように思われます。ただし、問題は騎士たちの心持ちが維持できるかどうか。人間、金が減ればやる気はなくなるものです。いくら平和な世の中とはいえ、小競り合いがあるかもしれません。魔獣の発生も継続している。街道の治安維持にも戦力が必要なのは変わらない。その辺り、アギヨン卿のお考えをお聞かせ願いたい」

「んっ、……」


 いきなり話を振られた財務大臣は、油断していたようだ。言葉を詰まらせ、キョロキョロと周囲に目を走らせている。

 

 フラビオはあくまで『署名しようかな』と王宮内に匂わせたに過ぎない。補佐官のクロヴィスが信じたぐらいであるから、迫真の演技であったと自負している。

 それだけでふんぞり返っていたアギヨンの浅はかさに、フラビオは決して単独での上奏ではないだろうと睨んでいた。(そそのか)したのは誰か、(あぶ)り出す必要がある。

 アギヨンはもそもそと椅子の上で上半身を揺すると、ようやく口を開いた。


「えー、おっほん。あー、そもそも王国騎士とは、騎士たる矜持(きょうじ)を持ってしかるべきである。であるからしてえ、えー、金云々言い出すような者は、放っておけば良い!」


 ――お前が言うか、である。


「……と言っているが、いかがか騎士団長」

「話にならん。人にはこれまでの生活がある。ましてや王国秩序を支えてきた者たちに、言っていいことではない。断固反対する」


 ガエルの反論に、財務大臣は忌々しげな顔を作った。

 

「騎士を特別に保護することによって、王国財政が傾くのは本末転倒であるぞ」

「護る人間なくして、王国民が安全に暮らせるわけがない!」


 言い争う騎士団長と財務大臣へ全員が注目している中、フラビオは周囲に目を走らせてから、仲裁を試みる。


「……これは、もう少し内容を吟味する必要があるようですなあ」


 そんなフラビオののんびりした声に、財務大臣がくってかかった。

 

「っ宰相閣下は、賛成していたのではなかったのか⁉︎」

「ん? 儂は王国民にとってより良い案に賛成する」

「うぐ」

「陛下。こちらの案は次回への持ち越しといたしましょう」


 フラビオの言葉に、国王はホッと肩の力を抜いた。


「うむ。裁可を下すにはまだ早いと見た。よくよく話し合うように。さて、次は我が()の婚姻についてだが……」


(時間稼ぎはしたぞ。ルシア、ジョスラン)


 フラビオは、今度こそ「ふう」と深い溜息を吐いた。


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