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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第三章 軋轢の意図

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第17話 噂話


「なあルシア嬢。前から気になっていたんだが」

「はい?」


 バルビゼ伯爵領の北の森は、背の高い木々が鬱蒼と茂っている。

 木材の生産地として有名な場所よりもさらに奥まっていて、野生動物しか見かけないため、お見舞い係の訓練に向いていた。

 さらに季節は春を終えて初夏になろうとしている。外で動くのに適した季節だ。


「時折不思議な言葉を発しているのは、魔法か何か、か?」


 森を流れる小川から水を汲んで飲んでいたジョスランが、ルシアを振り返った。先ほどまで準備運動だと剣を振るっていたから、額には汗が光っている。

 ヒスイは、猫の姿でぐいんと伸びをしてから、後ろ足でガシガシ後頭部を掻いている。こちらは、自由に森を散策して戻ってきたところだ。


「……魔法……言われてみれば、そう聞こえるかもしれないですね」


 魔法が失われて久しいと言われているこの世界であるが、少し不思議なことが起こると「魔法」のせいだと言われる。

 いわば昔話や迷信のようなものだ。ところが『古の魔法使い』の存在が徐々に明らかになってきてからは、実在する怖いものだ、という考えが貴族を中心に広まってきている。


「魔法というよりも、そうですね……神様のお力をお借りするための、言葉です」

「神様。何の神だ?」

「なんの……ああそうか。この世界の神様は自然が(もと)になっていますものね」


 ルシアがいる世界の神々は、太陽や月、海や山である。自然の脅威を神と捉え、仮の姿である人の形――神殿にある絵画や彫刻で現されている――を信仰しているのだ。信仰は、自然の恵みに感謝するような祈り、祭りや雨乞い、水害を防ぐための儀式といった具合である。

 各地でそれぞれの土地にあった自然を祀っていて、熱心な信者となると各神殿を巡って祈りを捧げる。自然の脅威や災害を神の怒りと捉え、農作物に影響が出れば、信心が足りないと考える。

 

「この世界、てまた違う世界があるような言い方だな」


 ジョスランはルシアへ冷えた水の入った水筒を差し出しながら、眉尻を下げる。

 ルシアはそれを受け取って、じっと飲み口を見つめる。話すなら今、か。喉がカラカラに乾いている。これを飲めば、喋れるだろうか。考えながら口を少し開いた。


「わたくしは……わたくしには……」


 幼い頃から、修行に打ち込んできた。五大明王の加護があることは、常に感じている。原理は分からないが、特殊なことに違いない。

 

「あー。言わなくていい」

「ジョスラン様?」

「いつか言いたくなったら、でいい。無理やり聞きたいわけじゃない」

 

 どかりと切り株に腰を下ろして、ジョスランは額の汗を服の袖で乱暴に拭う。


「代わりに、俺の話をして良いか?」

「え」


 ふ、と笑うジョスランはおそらく、話を変えることでルシアの罪悪感を拭ってくれたのだ。察したルシアは、黙って頷きながら、ジョスランの近くの切り株へ同じように腰を下ろした。膝の上にヒスイが飛び乗ってきたので、額を撫でてやる。太い尻尾が、嬉しそうにゆらゆら揺れた。

 

「俺は冥界に愛されているから、赤い目をしている。そういう噂を聞いたことがあるだろう」

「はい。だから、人に見えぬものが見える、と」

「ああ。俺は腹の中にいた頃、一回死んだらしい」

「え」

「胎動、というのか。腹の中の赤子が動くだろう? それが全くなくなり、医者がそう判断した。ところが母は信じず、産むと言い張った。で、出てきたのが俺だ」

 

 ふー、と大きな息を吐きながら、ジョスランが空を仰ぐ。

 森の木々の隙間を、空の青が切り裂いているような景色だ。さらにそこを、野鳥の群れが横切る。ピチチチチ、という甲高い鳴き声が遠のいてから、ジョスランはまた口を開く。


「いざ、おぎゃあと出てきた俺の開いた目が赤かった時、母の心は失われてしまったんだろうな……まともに話すことすら出来なくなってしまったそうだ。産後の肥立(ひだ)ちも悪く、そのまま逝ってしまった。その時から俺は『冥界の目』と言われ、忌み嫌われている」

「ジョスラン様……」


 あまりにも壮絶な出生の話に、ルシアはなんと声をかけて良いか分からず戸惑うばかりだ。


「幸い父は騎士団長で、高潔な人物だ。俺を責めることはせず、厳しく育てただけだった。かくいう俺も、うるさい奴らなぞ剣の腕で黙らせれば良いと思って、修行してきた。兄も、よく手合わせしてくれた」

「王弟殿下と、第一師団長――今は副団長でしたか、のお兄様ですね」

「そうだ。騎士団入団の際はさすがに迷惑をかけられぬと思って、傍系のメレス子爵家に入った」

「そう、だったのですね」


 王弟は公爵位である。ジョスランはその家から出たのだから、並大抵の決意ではなかったはずだ、とルシアは想像した。


「気楽で良い。俺に公爵家は合わん……騎士もな」

「騎士も?」


 ルシアが驚いて発した声に、ジョスランはクククと肩を揺らした。


「外から見たら華やかに見えるかもしれんがな。こう言ってはなんだが、平和な時代の騎士団ほど嫌な集団はない。この国で、騎士は準男爵なのも良くない。大したマナーも知らぬくせに貴族然として、鼻っ柱ばかり高くて、強くもないくせにふんぞりかえる。鼻持ちならない奴らばかりだ」

「ふふ。ふふふ。ずいぶん嫌なことがあったんですね」

「……まあな。一晩にひとつ話しても、余裕で一年以上かかるだろうな」

「まあ!」


 ルシアから笑顔が溢れたところで、ジョスランは立ち上がった。


「その騎士たちから、王宮で気になる噂話を聞いた」

「気になる、噂?」

「ああ。何やら怪しい占い師に入れ上げてる騎士が増えているとか」

「怪しい、占い師?」

「人の憂いを無くすための助言や、未来を占うのだそうだ」

 

 ルシアもまた立ち上がった。


「ジョスラン様。それは、まさしく」

「ルシアに似ているだろう? 市井(しせい)の、お見舞い係。気にならないか」

「……さっさと修行して、王都に戻った方が良いかもしれませんね。閣下のお耳にも入っていると思いませんか、ジョスラン様」

「はは、全く同意見だ。ところで、様だの敬語だのも、この際やめないか。俺たちは相棒だろう。対等だ」


 確かに、気を遣って「戦いに備えて下さい」だの「あちらへ向かいませんか」だの、正直面倒だと思っていたルシアは、すぐに同意する。

 

「ありがたいわ……ジョスラン」

「ジョーでいいぞ、ルシア。ではまず、俺の剣の間合いを把握してくれ。その中に入らなければ、俺はいかようにでも動ける」

「分かったわ」


 愛剣を構えるジョスランに向かって、ルシアは式札を構えて見せる。


「ヒスイのことは、お気になさらず。わたくしの呪力さえあれば、いかようにでもなる……()けまくも(かしこ)天地(あめつち)の神よ……」

「やあ!」


 たちまち猫から獣人となったヒスイに、ルシアは眉尻を下げる。


「それにしても、ヒスイはずいぶん可愛い姿になったのね」

「へへ。主のところに来るために、いっぱい力使った。そのうち、()()()()

「それならよかったわ」


 ヒュン、と愛剣を一振りしてから、ジョスランは首を傾げた。


「元に、戻る……?」


 目の前には、ニコニコと屈託なく笑う、無邪気な猫獣人の少年が立っているだけだった。

 

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