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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第二章 海辺の後悔

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第14話 本心


「娘が息子になる!? 訳の分からんことを!」


 声を荒らげるコルトー伯へ、ルシアは冷静に言葉を返す。


「そのままの意味ですが。閣下を見れば、一目瞭然ですよね。この家で、女は価値を持たない。たとえ殴られようが殺されようが、どうでもいい存在だというのが分かりました。なんと浅はかで愚かなことを」


 コルトー伯は、ルシアの言葉で再び激昂(げきこう)した。


「無礼にも程がある!」

「落ち着いてください」


 ルシアはわざと伯爵を煽った上で、(なだ)めるため声を掛ける。これもまた陰陽師の行う、『(しゅ)』の一種だ。心の乱れに、つけ込む。


「閣下。事実でないなら、否定してください」

「事実な訳がなかろう!」

「そうですか。では言い方を変えます。この辺りは、女性を船に乗せるのは非常識であるというお土地柄。女は男を支えるために在る」

「……そうだ。貿易にしろ漁にしろ、力のある男の仕事に決まっている」

「それを、お嬢様の前でも度々言っていた」


 ルシアは、興奮のあまりふうふうと鼻息を鳴らすコルトー伯を尻目に、応接室の扉口へと近づいていく。

 メイドの口から、聞いているだけで胸の痛くなるような『女性蔑視発言』『暴行』をしていた人物と言われれば、高位貴族であれど敬う気など失せている。


「一人娘に対して『女はいらん』と豪語し、目の前で奥様を責め、殴った。男を産めなかったお前は役立たずだ、でしたっけ」

「ふん。跡取りを産まない妻は、務めを果たしていない!」

「だから、殺しても良いと?」


 コルトー伯は、心底ルシアを見下した態度で、吐き出す。


「小娘! 侮辱罪で捕まえてやるぞ!」

「……お嬢様も、死なせる気ですか」

「なに?」


 ルシアは扉を開け、廊下へ向かって叫んだ。


「ヒスイ!」

「ほーい」


 元気に返事をしたヒスイは、マノンを横抱きにして連れてきた。マノンは顔面蒼白で、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。

 

「何を勝手なことを!」

「お忘れですか。我々はお見舞い係です。()()()のが仕事です」

「胡散臭い奴らめ」

「宰相閣下の先触れを受け取って、どうせ大した仕事はしないはずだと、単にご機嫌取りで我々の訪問を受け入れたに過ぎない。でしょう? ところが、事態は深刻です」

「ふざけるな」


 ルシアは構わずジョスランへ顔を向ける。

 

「ジョスラン様。戦いに備えてください」

「……!」

「最悪は、力技になります」

「わかった」


 ジョスランが素直に帯剣の柄へ手を伸ばすのを、伯爵は憤怒の表情で見つめている。

 その間、ヒスイはテキパキとマノンを応接ソファに寝かせた。

 

「おい、一体なんだというのだ!」

「どちらか選んでください」

「あ⁉︎」

「お嬢様の命か、この家か」

「そんなもの、この家に決まっているだろう!」

「この子は、死んでも良いんですね?」


 うぐ、とコルトー伯は一瞬言葉に詰まったが、いくらも経たないうちにギリリとルシアを睨み、

「伯爵家と子どもなら、伯爵家の方が大事だろう! 子どもは、また産ませれば良いんだ!」

 と言い捨てた。


「……お聞きになりましたか、奥様。オン・マリシエイ・ソワカ」

「はい」


 ルシアの真言でふんわりと姿を現したのは、コルトー伯爵夫人、メルイーズだった。


  ○●


「ひ!」


 驚愕の表情で後退(あとずさ)りしたコルトー伯を尻目に、メルイーズは唇を噛み締め今にも泣きそうな表情で、ソファに寝かされたマノンを見下ろしている。

 

 キャラメルブラウンの髪の毛を後頭部で一つに結び、アフタヌーンドレスというには質素すぎるワンピースに身を包んだ伯爵夫人は、

「ああ、マノン……ごめんなさい……」

 と透明の涙を流し始めた。


「なぜだ! なぜ……いや、生きているはずがない! さては、偽者だな!?」


 メルイーズを殺したという言質(げんち)とも取れるが、ルシアはあえて聞き流す。

 

「いいえ、ご本人ですよ閣下。一応伝えておきますが、宰相閣下はメルイーズ様の手紙を読んで、わたくしたちを派遣なさいました。暴力が過激になっていったのなら、最期に託された遺書のようなものだったに違いありません」


 藁にもすがる思い。それはメルイーズの遺言だったのではとルシアは思った。だから宰相は、王都から出たことのなかったルシアへ、長旅にも関わらず依頼したのではないかと推察している。


「な、んだと?」

「貴方様は、先触れを受け取ったに過ぎない。でなければ最初に『話はどこまで聞いているのか』などと確認する必要はないはずです」


 子どもの命より家の方が大事だと豪語するような人間の家を、あの宰相が「同じ親として心配」などと言うわけがない。相変わらず人を試さずにはいられないお人だ、とルシアは小さくため息を吐く。


「貴様……さっきからいい加減なことを! 全員出ていけ!」


 さて次はどうしようかとルシアが考えを巡らせる前に、ジョスランが

「チッ、斬るか」

 と唸った。


「ジョスラン様。お気持ちはわかりますが、曲がりなりにも伯爵でいらっしゃる」

「名誉騎士なら、殺人犯を斬って捨てたところで」

「私刑はダメです。こんな蛆虫相手に、称号を汚さないでください」

「っ」


 するとマノンの様子を見ていたヒスイが「オイラの守りの腕輪、もう限界だ」と警告する。


「……メルイーズ様」

「覚悟は、できております」


 キッパリと言い切ったメルイーズの表情には、迷いがない。ルシアはすかさず口の中で何かを唱えつつ、ジョスランの鞘に、印を作った右手の人差し指と中指を軽く滑らせた。


「では、ジョスラン様。メルイーズ様の髪をこの剣で切り落としてください」

「わかった」

「おい、貴様ら! 一体何を!」


 顔を真っ赤にして近寄ろうとする伯爵を、ヒスイが遮る。

 

「どけ! 従僕の分際で無礼な!」

 

 ジョスランは、顔を真っ赤にしてヒスイに迫るコルトー伯を尻目に、素早くメルイーズの髪を肩上で切り落とした。

 ルシアはすかさずその髪束を手でつかみ取ると、マノンの眼前へ掲げながら、歌うように告げる。


「蛇神レトよ、新たな供物はこれへ。我らの()()を正したい。どうか戻られよ」


 ――すると、突如として生ぬるい風が、応接室に吹き荒れ始めた。


「な、な、なん⁉︎」

 

 ルシアは動揺するコルトー伯を一瞥すると、髪束を握りしめたままの右手で『九字切り』を行う。


「怒りを鎮めたまえ。淀みを清めたまえ。臨兵闘者皆陣烈在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 やがて発生した風が、マノンの体の上で渦巻きを作った。ルシアが持っている髪を巻き上げるので、素直に手放すと――髪はぐるぐると竜巻を描きながら蛇の姿に成っていく。

 ルシアの目には、マノンの全身に巻き付いていた蛇神が、メルイーズの髪へその身を移していくのが見えている。


『我が名は、レト。このか弱き者が、我に祈った。それを過ちと言うならば問う。()()()()()()()()()()()()()()()()


 蛇神の呪縛から解放されたマノンが、ゆっくりと上体を起こし、ゴクリと喉を鳴らしてから言葉を発した。

 

「……わたくしが、男でないから、お母様は……」

「マノン! 喋れるではないか!」


 目を見開いたコルトー伯に、ヒスイが屈託なく

「蛇神様が離れたからだよー。見えないの?」

 と答えると、ギリギリと歯軋(はぎし)りしている。

 

 ルシアは、メルイーズに尋ねた。

 

「あの銅像のあの部分。色が変わっているのは、汗か何かで変色したのでは?」


 さめざめと泣きながら、メルイーズが頷く。

 

「はい。わたくしはよくあの銅像で脅されていました。掴んでは振りかぶられて、時には本当に殴られました。ある日、いつも通り殴られると、頭から大量の血が出て、そのまま」

「な! なにを言っているのだ!」


 コルトー伯が慌てるのを無視し、ルシアはマノンを見やった。


「マノンさん。自分の命を守るためには、お母様の言う通り祈るしかなかったかもしれませんが、今は神様の御前です。本心を話して?」

「神様に、本心……」

「ええ。正直でなければなりません」


 十二歳の伯爵令嬢は、潤んだ目をパチパチと瞬いてから、蛇神へ向かってキッパリとした口調で告げた。

 

「……普通に暮らしたい。私は、私のままで」

 

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