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王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜  作者: 卯崎瑛珠
第二章 海辺の後悔

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第13話 見栄


「ルシア嬢、まさかこいつも連れて行く気か?」


 島から再び舟で沿岸へと戻ってきたルシアは、先ほどよりも酷く船酔いしていて、ジョスランの問いへはまともに答えられなかった。


「うぶ、はい」

「悪いが、この国での獣人の扱いは……あまり良くないぞ」


 ジョスランがヒスイを見ながら言うと、

「獣人?」

 とヒスイが首を傾げる。


「そういう、耳や尻尾の生えている人間のことだ」

「へー、そうなのか。んじゃこれならどうだ?」


 ジョスランの言葉で、ヒスイはあっさり耳と尻尾を消してみせた。

 すっかり人間となったヒスイを目の当たりにして、ジョスランは困惑を隠さない。


「は?」

「ふふん。十二天将(じゅうにてんしょう)がひとり・ヒスイは、(あるじ)呪力(じゅりょく)をもらえば、このぐらいお手のものだぞ」

「じゅうに……じゅりょく……?」


 首を捻りながら唸るジョスランを見たルシアは、吐きそうになりつつ――

「うぶ。ジョスラン様、すみませんが、詳しくは、後で」

 と断りを入れる。

 

「! 大丈夫か、ルシア嬢」

「はい、すびば、せ……」


 ジョスランは懐から小瓶を取り出すと、その中から緑の葉を一枚ルシアに差し出す。


「いいから、これを噛め」

「これは?」

「ミントだ。酔いは唾液を出せば早く治る。清涼感で吐き気も治まる」

「ありがたく存じます」


 ルシアが素直に葉を口に含んで噛むと、爽やかな味が口内に広がった。確かに、吐き気がマシになる。

 

「宿まで歩けるか?」

「……」


 ルシアは答えに詰まった。正直、歩けそうにない。かといって、馬車などの乗り物は勘弁して欲しい。だが昼過ぎから行った探索は、舟での移動に時間を取られたため、既に夕方になろうとしている。

 なるべく急いで宿へ戻らなければ、あっという間に日が暮れてしまう。

 

(あるじ)、オイラが背負って歩くぞ」


 ヒスイが親指で自身の胸を指差す。男としては小柄だが、ルシアを背負うぐらいは出来そうではある。

 ジョスランは反対するだろうと思ったルシアが振り返ると、あっさり「そうしよう」と頷かれた。


「えっ……」

「こやつは、ルシア嬢の()()なのだろう?」

「はあ」


 従属と従僕は意味が違うが、今のルシアに訂正する気力はない。それに貴族としては、従僕扱いの方が分かりやすい。実際、ジョスランもあっさり受け入れた。

 

「なら問題ない。この辺りは夜の治安に懸念がある。俺が護衛しながら歩こう。暗くなる前に宿へ入らねば面倒だ」

「治安?」


 ルシアが首を傾げると、ジョスランは眉尻を下げた。


「港近くというのは、男ども相手の商売がたくさんあるのだ。簡単に言うと、酒や賭け事、女を提供する店などだな」

「なるほど」


 ジョスランが近衛騎士になる前、『剣狂』と呼ばれるようになったきっかけは、王国南部に異常発生したビッグホーン(牛の魔獣)の大群をほぼ一人で倒した戦果からだ。ジョスランの父である王弟は()騎士団長であり、息子であるジョスランが贔屓(ひいき)や噂話を嫌って身分を隠していたとはいえ、騎士として様々な土地へ遠征に出向いていたのなら、王国内のことに詳しいのも頷ける。


「念のため言っておくが、俺は一切利用したことはないぞ」

「まあ、そうでしょうね」


 あっさり頷いたルシアに対し、ジョスランが嬉しそうに口角を上げる。

 

「信じてくれるのか」

「いやだって、お立場的にそういう訳にはいかないでしょう。揉め事の原因になるかもですし、いつ何が後継問題になるやら」


 ルシアとしては真っ当な理由を述べたつもりが、ジョスランの機嫌がみるみる悪くなったので、首を傾げるしかない。


「あの、何か失礼なことを?」

「いや。いい。行くぞ、猫。さっさとしろ」


 八つ当たりされたに違いないヒスイは、意に介さずニコニコと笑っている。(いぶか)しげな表情のジョスランが、不機嫌なまま 

「なんだ」

 と尋ねると、ヒスイは「ふんふん」と鼻息を鳴らした。

 

「いやあ、主に強い味方がいて、良かったなあって」

「俺の強さが分かるのか?」

「うん。多分オイラの本気、出さないと勝てない」

「本気出しても勝てないぞ」

「うーん?」


 それから宿に戻るまで、延々と繰り返される『どちらが強いか』という言い合いを聞きながら、ルシアは酔いから来る目眩をなんとかやり過ごした。


(まるで子どもの喧嘩ね……でも、おかげで気が紛れる)

 

 これから起こることを考えれば、自身が前世の記憶を持つことも含めて、ジョスランへ『陰陽師』についての説明を行う必要があるかもしれない――悩みながら、宿へ戻った。


   ○●


 翌朝、朝食後を見計らって再びコルトー伯爵邸を訪れたルシアとジョスランは、昨日と同じ応接室でコルトー伯と会っていた。水干姿は目立ちすぎるからと、ジョスランの予備のシャツとトラウザを着たヒスイ――さすがに大きいので、袖も裾もくるくると捲っている――は、廊下に控えている。


 念のため、再度夫人へ会いたいと申し出てみたが、あっさりと首を横に振られてしまった。コルトー伯はまともに取り合わなず、

「今はいないと言っただろう」

 の一点張りである。


 致し方ないといったフリをしたルシアが、申し出た。

 

「となれば、これ以上の『お見舞い』は難しいですね」

「なぜだ」

「奥様から確信を得るまで、お話はできません」

「だから今はいない。説明をしろ」

 

 この通り先ほどから堂々巡りであるので、ルシアは大きく息を吸い込み、それから絞り出すようにして告げた。


「ならば、致し方ありません。このままでは、お嬢様は死にます。強引にならざるを得ません」

「なんだと?」

 

 ルシアの強い言葉に、コルトー伯はたちまち剣呑な雰囲気に包まれる。


「いくら宰相閣下の庇護があるとはいえ、いい加減なことを。ただでは済まさないぞ」

「嘘だと仰るなら、お嬢様の様子を、一緒に見に行きましょう」

「そんなことをしても、無駄だ。部屋に閉じこもって、無視されるだけだからな」

「なるほど。最初から違和感がありましたが……お嬢様の命もまた、なくなったほうが良いとお考えなわけですね。全ては家のため? プライドのため? その両方でしょうか」

「なに⁉︎」


 カッとなってソファから立ち上がったコルトー伯を、ルシアは

「見栄と外聞だけでは、人は生きられませんよ」

 と()め上げた。


 するとコルトー伯は、紳士の面の皮をいよいよ脱ぎ捨てたようだ。拳を握り締め、ルシアへ見せつけるように振りかぶった。


「貴様、女の分際で」


(やはりメイドの証言は正しかった。短気で、すぐに暴力を振るう)


 拳を見せつけ、恐怖で従わせる――ルシアは、そのような手段には屈しない。

 

 飾ってある乙女の銅像にちらりと目を向け、一部分が変色しているのはやはり――と思考を巡らせている間に、ジョスランが立ち上がってルシアを庇い、低い声を発した。


「女だから、なんだというのだ? 言っておくが、女に手をあげる男はクズだぞ」

「っ」

「このままでは、マノン嬢は死ぬ。本当にいいんだな?」

「貴様っ」


 コルトー伯は、無謀にもジョスランにまで凄み始めた。

 ルシアは、怒りで我を忘れてしまう前にと、これまで見聞きしてきた情報を頭の中で整理しながら立ち上がる。


蛇神(へびがみ)レト伝説の本を、お嬢様は読んでいらした」


 突然の話題に、コルトー伯は気勢を削がれキョトンとした。

 

「蛇……神……?」

「ご存知ないですか? まあ顔すら見に行ってなかったのなら、そうでしょうね。レトとは、雌雄(しゆう)同体の神のことです」

「しゆう?」

「言い伝えによると、その神に祈れば、()()()()()()()

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