第11話 邂逅
昼過ぎのコルトーの港町は、船の荷下ろしや荷積をする男たちの仕事が終わった頃らしく、ダラダラと道端で雑談している姿が目についた。
ルシアとジョスランはそれらを眺めつつ、歩いて散策してみることにする。
町の男たちはジョスランが近づくと、帯剣や徽章を見るなり「騎士が何の用だ」と言わんばかりに視線を逸らす。ルシアに至っては「女は船に近づくんじゃねえぞ」などと凄まれる始末。
あまりにも成果がなく、ふたりして道端で途方に暮れていると――
「にゃ〜」
突然、一匹の猫が現れた。
真っ白な毛に、ところどころ黒い毛で縞模様が入っている白トラ猫で、目の色はエメラルドグリーンだ。
ルシアが思わず
「まあ、可愛い」
と言うと、人懐こい様子で太い尻尾を左右にゆっくり振りながら、ルシアの周囲をぐるぐると歩いてみせた。
ジョスランは、腕を組み眉根を寄せて戸惑う。
「おい、なんだこいつは」
「もしかして。ついてこい?」
「にゃ〜」
目を細めて返事をした猫は、ふたりの周りをたたっと走ってから、誘導するように前へ歩を進めたのち、振り返った。
「道案内、してくれるみたいですよ」
「……はあ。仕方がない。気分転換に散歩するか」
ジョスランは、そうして自分を納得させたようだ。
○●
波打ち際を、二人と一匹は、並んで歩いていた。
穏やかな陽気のもと、寄せては返す波が、白い砂の上に黒い軌跡を描く。
「ルシア嬢。メイドの話からすると、コルトー家の問題は根深そうだったな……マノン嬢は、蛇の魔物にでも取り憑かれてるのか?」
ふたりは出発前に、ルシアが目をつけていたメイドを呼び止め、話を聞いていた。正直に話してもらえるかどうか不安だったが、当主の横暴に耐えきれずもう辞めるつもりだからと、色々なことを話してくれた。
「今判断するのは早計です。もう少し調べましょう」
冷静なルシアに対し、歩を進めながらジョスランは唸るようにこぼす。
「なあ。この件、コルトー伯爵夫人も関係しているのか?」
「おそらく」
ルシアは淡々とジョスランの隣を歩きながら、太陽光をキラキラと反射させ飛沫を立てる、遠くの白波を見つめている。
今日は乗馬のためにであるが、ブーツを履いていてよかった、と不安定な砂の上を歩きながらルシアが思っていると、ジョスランの一人語りが始まった。
「コルトー伯は頑なに『夫人は留守』だと言い張っていたが、俺の目には確かに夫人が見えている。ということはつまり……」
同じ不安定な足元のはずであるのに、ジョスランは上体が全くぶれていない。さすがだなと妙なところに感心する。
「俺の今までの経験上、あれは、この世のものではない。ルシア嬢は、どう考えている?」
「……戻ったら、きっと全てが明らかになると思います」
「その前に、あの本に書かれていた場所を確かめたい、ということか」
「ええ」
「もう少し事前に意図や作戦を共有してくれても、いいんじゃないか?」
ザーンと一際大きな波が、足元近くまで打ち寄せてきた。
「……」
ルシアは、ジョスランの不満には無言だけを返す。
『相棒』にはなったばかり。距離も実力も測りかねているし、何より――
「じゃないと、さっさとぶっ倒して帰るだけになるぞ」
物騒な脅しを吐くほどの、熱血漢であることが分かったからだ。口数少なく見た目も冷たい雰囲気なので、きっと中身もだろうと思い込んでいたルシアは、これでも必死で認識の修正を図っている。
「ジョスラン様。ああいうのは、倒したからといって終わりません。根本を祓わねば」
「はらう? ああ、侯爵の時のようなものか?」
「ええと……はい」
「ということは、あれは『呪い』なのだな」
「おそらく」
ざ、とジョスランが不意に足を止めた。
「なるほどな」
ルシアは何事かと周囲に目線を配り、とある小舟に気がついた。二人のだいぶ先、波打ち際に乗り上げるようにして置かれている。人が二人も乗られれば良いくらいの大きさの、古いものだ。
「あれか」
「ええ。あれが例の小舟だと思います」
「にゃあん」
ふたりの言葉を証明するかのように、一足先に白トラ猫が舟に乗り、こちらを見ながら鳴いている。
「……呼んでますね」
「ルシア嬢は、猫とも会話ができるのか?」
「なんとなく、そう言ってるのかもってだけです」
「俺にはさっぱり分からんが」
文句を言いつつも舟に向かうジョスランに、ルシアは眉尻を下げる。
「どうしますか」
「仕方なかろう。俺が行かねば、大変なことになるだろうしな」
「え?」
ジョスランは、苦い何かを飲み込むかのように言った。
「いや。さすがに舟は漕いだことがない。下手でも笑うなよ」
「笑いません」
「約束だぞ」
子供みたいなことを言う、とルシアの口先から息が漏れた。
「笑うなって言ったばかりだぞ」
「まだ乗ってません」
「にゃあん!」
舟の舳先で、猫が一際大きく鳴いた。
「はあ。待ちくたびれてるみたいだ。行くか」
「あら。猫の言葉、分かってるじゃないですか」
「……」
ジョスランは舟の縁へ足をかけ飛び乗ると、最後部からルシアへ手を差し出した。
「その服装で正解だったな。大きく跨げ」
「ほんとですね。これ、制服にしようかしら……あ、そっか、袴!」
袴であればブーツを合わせてもおかしくはなく、小振袖の袂に道具を入れることもできる。ドレスのように作れば貴族にも受け入れられやすいだろう。
「ハカマ?」
舟底に足を揃えスウォートに座ると、ルシアは大きく頷いた。
「はい、ジョスラン様。わたくし王都に戻ったら、本当に制服を仕立てようと思います」
「いいな。俺のも頼む」
ジョスランはルシアが乗ったのを確かめると、一旦舟から飛び降り舟の最後部を押す。舟底が砂から離れ水に浮いたところでさっと飛び乗り、櫓を持った。
舟は初めてと言ったものの、慣れた所作にルシアは目を瞬かせる。
「ジョスラン様のも?」
「一目で『お見舞い係』と分かる方がいいだろう」
ルシアは武官束帯姿のジョスランを想像し、似合うと思ってしまった。長身に分厚い体躯で帯剣したらまさしくそれは――
「騎士から武士、ですわね」
「ブシ?」
「独り言です」
ぎい、とジョスランが櫓で波を漕ぎ始めると、猫が船首に両足をついて、「ニャーニャー」と鳴く。
「分かった、あの島だな?」
「ええ」
猫の目線の先に、小島が浮かんでいた。




