彼女は機械人間
あれからどれくらい時間が経ったのだろう。砂浜で出会った彼女に攫われてから、長い時間体を揺らされている。顔に被された布で視界を遮断され、耳にした音や声でしか把握出来ないが、随分前に耳にした風に揺れた木々の音から、今は周囲から言葉が行き交っている。言語は僕と同じようで、聞き取れた言葉の意味は理解出来るし、その言葉も日常で普通に交わされる世間話のようなものばかりであった。察するに、人が多い場所、すなわち村か町にいるのだろう。
僕は少し安心した。自分が理解出来るもので溢れている場所があった事と、その場に自分がいる事に。ともあれ不安もある。顔に布を被されているという事は、僕が見てはいけない、もしくは僕を見られてはいけないのだろう。
「もう少しの辛抱だから……」
僕を担いでいる彼女が、僕にだけ聞こえるように小さく呟いた。言わなくても辛抱するよ。怪しさしかない彼女だが、僕の命の恩人にかわりはないのだから。
その後、僕は死んだように体の力を抜かして彼女の体に身を委ねていると、扉が開く音がした。何処かの部屋に入ったようだ。僕は椅子に座らせられると、ようやく被らされていた布を取ってくれた。
暗闇から急に光を浴びた所為で、目が痛くなってすぐに目を閉じてしまった。手を顔の前に置いて、ゆっくりと光に慣らしていくと、ようやく視界が晴れてきた。手をどかして周囲を見渡してみると、真っ白な壁に囲まれた病室のような部屋であった。
「時間が掛かってごめんね? あそこから私の家まで結構距離があったからさ」
「あ、いえ。むしろ僕の方こそ迷惑を―――あー!!!」
「どうしたの!?」
「いや見てないです!」
「何が!?」
「僕は見てないです! 見たとしても、不可抗力です! 追い出さないでください!」
「だから何が!?」
ほんの少し、本当にほんの少しだけ、彼女が服を脱いでいる姿を見てしまった……。女性が着替えている所を見るなんて、不可抗力であったとしても重罪だ。
「ね、ねぇ? 本当にどうしちゃったの?」
「だ、だから……その、服を……脱いでたじゃ、ないですか」
「うん」
「その、偶然にも……その光景が目に、入ってしまって……」
「うん」
「はい……」
「……え? それだけ?」
「それだけって、それ程の事ですよ―――って、何で服を脱いでるんですか!?」
「そりゃ、自分の部屋だし」
「裸族だったか……いや、だとしても! 男がいるのに肌をさらけだすのは、危機感が無いかと……」
「ふ~ん」
彼女は僕から離れると、引き続き服を脱ぎ始めた。別に彼女の裸を見たいわけじゃなかったが、彼女が着けていたマスクを外そうとしていたので、素顔がどんなものかを確認する為に、視界の端で彼女の姿を捉えた。好奇心からだ。決して下心からじゃない。
彼女がマスクを外すと、マスクに隠れていた長い黒髪がバサリと広がり、素顔が露わになった。大人の女性だ。綺麗で、十代の女子のような可愛さではない美しさがある。
ハーフなのだろうか? 瞳の色が綺麗な青色で、光り輝いている……いや、実際に光ってるのか? いや、マジか。瞳が、光ってる……!
「ん? な~んだ、全然見てるじゃん私の事」
「……目、というか……瞳が光ってる……」
「え? あ~、そっか。そういえば君は光ってないよね? やっぱり見た目は似てても、細かいところで違うね」
一つの違和感に気付くと、気付けなかった別の違和感まで分かるようになった。耳がヘッドホンのようになっていて、体の間接部分が球体になっている。肌もよく見ると白過ぎる、プラスチックみたいな感じだ。
人間のように見えて、人間じゃない。
「あなたは、一体何者なんですか……?」
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はロゼ! ウォーカーのロゼ! このノストラムの世界で二人といない変わり者さ!」
「ロゼ……あなたは、アンドロイドなんですか?」
「アンドロイド? ああ、人間の世界ではそう言われるのか。下手に説明すると分かりづらいだろうし、そうだね。私はアンドロイド。君の名前は? 人間さん」
「……ミツキ」
「ミツキ、か。良かった、人間にも名前があって! ミツキ、よろしくね!」
ロゼは困惑している僕の手を取ると、半ば無理矢理握手を交わした。
「それで、どうしてミツキはノストラムの世界に? どうやって来たの?」
「えっと……その前に、服着てくれませんか? やっぱり、気になっちゃって……」
「ミツキの下半身の変化と関係があるの?」
「……あります」
「分かった。機能がおかしくなっても、私じゃ直せないしね」
僕の下半身の変化が、どうしてこうなったのかを知らない……はず。例えアンドロイドの体だとはいえ、思春期の僕からすれば反応してしまう。男として産まれたからには、どうしようもできない問題だ。
ロゼさんが服を着てから、僕は自分の身に起こった事を知る限り話した。元いた世界で意識を失い、目を開けたらこの異世界にいた事。僕が言える事はたったそれだけで、僕自身も自分の身に起こった事が謎に包まれている事を話した。
僕の話を聞き終えると、ロゼさんは腕を組みながら、真剣な表情で何かを考え始めた。アンドロイドって事だから、てっきり無表情になって頭の中にあるメモリから答えを導き出すのかと思ったけれど、僕のような人間と同じ考え方なんだ。安心するような、ガッカリしたような。
「……ミツキは、元いた世界で意識を失った。魂、つまり私でいうコアが抜け落ちたような感覚がしたんだね?」
「はい。体はそのままで、魂だけが何処かに消えていくような……」
「……まず確実に言える事は、ミツキがここへ来れたのは異例だという事だね。これが普通の事なら、今頃ノストラムの世界には人間の種族が集まる町か村があるはずだもの」
「察してはいたのですが、やっぱり僕以外に人間はいないんですね」
「いない……というより、ここには来れないはずなのよ。私達が人間という種族を知っているのも、スカイプラーっていう別世界に転移出来る種族が広めた知識なの。スカイプラーが言うには、人間は感情や好奇心が旺盛で、それに見合わない力と技術力を持っていると。このノストラムに転移する事はおろか、観測する事すら出来ない」
「随分、低い評価みたいですね……」
「でも、ミツキはこのノストラムに転移してきた。人間でありながら、不可能を可能にしたのよ」
「それが、何か問題でも?」
「大問題よ。ミツキ、君は例外なの。例外っていうのは、どんなに高度な技術力と知識を持っていても、把握出来ない危険なものなの。そんな例外であるミツキをスカイプラーはもちろん、他の種族も放ってはおかないでしょうね。検証、あるいは実験……最悪、解体」
「解体!? 嫌ですよバラバラになるなんて!?」
「だよね。う~ん、でもいつまでもここに隠しておけないし、かといって解決法が浮かぶわけでも……あー、駄目だ! 何も思い浮かばない! まぁ、今日の所は大丈夫よ。少し休んだら?」
お気遣いに感謝したいところだが、今の話を聞いて信用しづらくなったな。本当にロゼさんの近くにいたままでいいのだろうか? もちろん自分の身の安全もそうだが、僕を匿っている事を他のアンドロイドに知られたら、ロゼさんの身が危ない。話を聞く限り、ロゼさんのように皆が皆、僕を受け入れてくれるようには思えない。
「……信用出来ない?」
ロゼさんが申し訳なさそうな表情で僕を見つめる。そんな表情をされたら、何も言えない。
「……いえ、大丈夫です。お言葉に甘えて、少し休む事にします」
「……ありがとう」
僕は部屋の隅に座り込み、膝を抱えながら目を閉じた。目を開けたら、今までの光景が夢である事を願って。そんな甘い考えが叶わない事を分かっていながら。




