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電車家族  作者: SAKATSU HIROTO
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0004レ 温泉

0004レ 温泉


「お、温泉って…。」

一瞬絶句してしまった。


「一体何しに行くわけ?」


「やだなぁ、温泉行ったらお風呂へ入るに決まってんでしょ?」

秀哉は何がおかしいのかという顔をして言う。


「それはそうでしょうけど。」

「ごはん食べに行くのに温泉なの?」


「そうだよ。」

「あ、由紀ちゃん知らないんだぁ。」


「なにが?」


「新しく出来たトコ」

そう言われてもピンとは来なかったけど

傍で聞いていた先輩車掌の森本さんが

「あっ、そこなら先週行ってきたわよ。」

と話に加わってきた。


「え?ホントですか?」


「なになに?二人で行こうってワケ?」

「やるなぁ。」

何に感心しているのか知らないけど

これは明らかな勘違い。


「そんなんじゃないですよぉ。」

「え~っ!?やめてくださ~い。」


秀哉と私の声が重なる。


「あはは、悪い悪い。」

「でも、あそこは良いよ。手ぶらでもOKだし。」

「食事も美味しかったなぁ~。」


「へぇ~、そうなんですね。」

「ようするに日帰り温泉的な?」


「まぁ、そんな感じかな?」


そんな会話を遮るかのように秀哉が

「由紀ちゃん。」

「そろそろ出ないと乗れなくなるよ。」


「っていうかさぁ、何にも支度してないんだけど。」


「森本さんが手ぶらでもOKって言ってたじゃない。」


「そういうんじゃなくて。」

「急に言われても、女子には色々必要なのよ。」


「着替えとか?」


「それもそうだけど色々あんの!」

「そもそも、ごはん奢ってくれる話しが何で温泉になるの?」

「全く理解不能ね。」

捲し立てるように言うと


「だってさぁ、由紀ちゃんに喜んでもらいたくてぇ…。」

実に情けない顔になっている秀哉。


「それは有り難いんだけどね。」

「あのね、あまりにも唐突過ぎるのよ。」

「わかる?」

もはや子供を諭すかのようになってる。


ボソボソっと秀哉が呟くように

「じゃ、今日はやめる…。」

「いつだったらいい?」

と尋ねてきた。


「明日はどうなの?休みでしょ?」

「私は大丈夫よ。」


さっきまでしょげていた顔がパッと明るくなったと思うと。

「わかった、それなら明日にしよっ!」


この切り替えの早さが秀哉だ。


「あ~っ、いいなぁ、私も混ぜてくれないかなぁ。」

そう言ったのは当直の香織さんだ。

ちょうど、ギリギリに出勤してきた運転士の石田の点呼が終わったところだったが

秀哉とのやり取りを聞いていたみたい。


『あ、でもぉ…。』と口に出そうとした矢先


「え?マジですか?良いですよ。」

「どうせ行くなら大勢で楽しく行きましょう。」


「ホント!?いいの?」

想像していなかった答えに香織さんは驚きつつも喜んでる。


「あ?私と二人じゃなかったの?」

「さっき、喜んで欲しいとか言ってなかった?」

少し不機嫌そうな顔をして、からかい気味に言うと


「うん、そうだけど?」

「皆に喜んでもらえたら、さらに嬉しいもん。」

ニコニコしながら言ってる。

別に二人きりを望んでたわけじゃないけど。

なんか、ムカつくなぁ…と浮かれる秀哉をみて思った。


「あ~、今日のはキャンセルして明日の予約しとこ。」

「由紀ちゃんにはあとでメールするから香織助役にも連絡しといて。」

そう言いながら、秀哉はその場を立ち去った。

こうして、秀哉と私、そして香織さんとの

日帰り温泉行きが決まったのだが


翌日、集合場所へ行ってみると

私たちの他に3人、それも秀哉以外は全部女性というグループになっていた。

3人のうち一人は他の乗務区の運転士、あとの二人は確か駅にいるコだった。

最初の話では秀哉と私だけと思っていたけど、

もしかしたら他にも声を掛けていたのかもしれない。


ま、それはともかく

ウチの男性陣から見たら実に羨ましい光景なんだろうな。

だけど、秀哉が妬まれてるなんて話は聞いたことが無い。

誰彼構わず仲良くなってしまうのは秀哉の特技なのかもしれない。

ホント不思議なヤツ。


日帰り温泉のある駅までは特急で1時間ほど

車両は1両ごとに二人掛けのクロスシートと

4人用のボックスシートに分かれていて

プラス300円でちょっと良いシートの席も用意されている。

今日は平日なのでいくらか空いているが

週末などは始発駅からでなければまず座れない。


車内に乗り込むと二人掛けのシートがいくつか空いていたので

そのうちの一つに私と香織さんが座ることになった。

当直は24時間勤務で、大雑把に言うと終電車の時間まで担当する遅番と

始発電車の時間から担当する早番に分かれている。

香織さんは昨夜遅番だったから

日付が変わった1時半頃から6時半頃まで仮眠しているはずだったが


「昨日、あなたたちが帰ってから、オーバーランが一件あってね。」

「聞き取りやら報告やらで寝るのが遅くなっちゃったのよね~。」

「だから、お風呂入ったら爆睡しちゃうかも。」

と言って香織さんは眠そうな顔をした。


「え~?そうだったんですか。誰ですか?それ。」


「由紀ちゃん、こういう時はね、誰がよりも何が起きたかを先に聞くべきよ。」

「お父さんから聞いたことない?」


「う~ん、、聞いたことはあるような。」


「私たちには結構厳しく言ってるのに。」

「娘には甘いのね~。」


「うちの父とはどこで一緒だったんですか?」


「私が運転士の見習をしている頃。」

「乗務区の教育担当だった。」


「そうなんですか、ふ~ん。」

「私が入社した時、父は車両区にいましたから、あまり接点は無かったです。」


「あら、そうだったのね。」

「結構ビシビシと鍛えてもらったわ。」

「試験直前は泣かされたし。」


「泣かせたんですか!?香織さんを?」


「まるで、私が泣かないとか?」


「あ、そう言う意味じゃないです。」


「当時はか弱き乙女だったのよ。」

そう言って香織さんは泣き真似をした。


「でもね。」

「あなたのお父さんには本当に感謝してる。」


「父が何かしたんですか?」


「不器用な私を運転士として育ててくれたし。」

「それと…。」


「それと?」


「うちのダンナを紹介してもらった。」


「香織さんのご主人って…。」


「知ってると思うけど、飛び職やってんのよね。」


「飛び??」

飛び職と聞いて何のことか分からなかった。


「パイロットのことよ。」

「運転士になってちょうど1年くらい経った頃かしら。」

香織さんは何となく遠い目をしながら語りだそうとしていた。

その瞬間、列車に急ブレーキがかかったのが分かった。

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