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電車家族  作者: SAKATSU HIROTO
3/4

0003レ ギャップ

「由紀ちゃん、今日空いてる?」


仕事が終わって、そろそろ帰ろうかと思っていた矢先

唐突に聞いてきたのは小森秀哉だ。

いつでも馴れ馴れしいし、あまり好きなタイプではないが

下心はないというか、変わったヤツ。


「ん?なに?ごはんでも奢ってくれるワケ?」


「あ?わかった?流石だなぁ。」

「この間、競馬で儲かっちゃってさ。」


こいつは無類の競馬好きで

休憩スペースで何か読んでいると思えば

たいてい競馬に関する雑誌だったりする。


「儲かったって、いくら?」

「万馬券でも当てたの?」


「3万の配当に5千円突っ込んでた。」


「さんごじゅうご… 15万!?」


「由紀ちゃん一桁違うよ。」

秀哉がさらりと言う。


「え??…」

「え?え?え?え!?」

「ひゃ、ひゃくごじゅうまん~!?!?!?」


「そ、だからごはん奢るよぉ。」


「ごはん奢るって、そんなレベルの儲けじゃないでしょ。」

驚きつつも半ば呆れたように言うと

「だからさ、今日はちょっと贅沢にいこ。」

「あ、終了点呼取ったら着替えてくるけどさぁ。」

「由紀ちゃん、どこにいる?」

そう言うと制服姿の秀哉はテーブルの上の帽子を被り直し

当直のカウンターへと向かった。


先ほどまでのデレっとした表情が一変する。

「気を付け!」

「敬礼!」

カウンター越しに立つ当直の担当助役がそれに応えて一礼する。


「平日1801行路、終了です。」

「乗務中、昨日の55運行にて車内急病人発生のため対応を行いました。」

「〇〇を5分遅れ、終着◇◇には3分遅れで到着、その他異常なしです。」

「次回出勤は2日休んで、〇〇日の休日1503行路、15時25分です。」

それに対して助役が復唱し、出勤時間に間違いが無いことを互いに確認する。

各自に貸与されている業務用のスマホにチェックを入れると、

当直の端末にもそれが表示される仕組みだ。


「それでは点呼終了、お疲れさまでした。」

これで秀哉の昨日からの仕事が終了した。


「わたしはここで待ってるよ。」

そう告げると


「オッケー、おめかししてくるから、ちょっと待ってて。」

そう言いながら秀哉はロッカールームへ向かって行った。

仕事とプライベートの切り替えとそのギャップにいつも感心する。


「由紀ちゃん、また誘われたの?い~なぁ~。」

秀哉の点呼の相手をしていた当直助役から声を掛けられた。


「ま、奢ってくれるなら有り難く頂戴しないとね~。」


「ああいう人は珍しいからね。何ていうのか裏表がないというか。」

「気前が良いのを通り越してるよね。」

「だけど、結構したたかというか、仕事はしっかりこなすし。」

感心しているのか、呆れているのかといった表情で

「あんなダンナが欲しかったな…。」

当直助役の香織さんはカウンターに寄りかかりながら呟いた。


「え~っ?香織さんのご主人、素敵な方じゃないですかぁ。」


「見てくれだけよ、見てくれだけ。」

「中身が悪けりゃダメなのよ。」

謙遜なのか照れ隠しなのか、軽く首を振りながらそんなことを言う。


2ヶ月ほど前だったか、買い物へ行ったとき、

二人でいるところに偶然出くわしたことがある。

その時はちょこっとだけ挨拶して別れたけど。

旦那さんはなかなかのイケメンで、直接聞いたわけではないけれど、

大手航空会社のパイロットをしているとか。

正直、香織さんには悪いけど、

どこでこんなカッコいい人を見つけたの?って思った。


「どこで知り合ったんですか?」

単刀直入に聞いてしまったが


「きっと驚くから、それはナイショ。」

と、軽くかわされてしまった。


”ピンポン、ピンポン・・・・”

カウンターの端末からのアラーム音

誰かの出勤時刻が10分前になった合図だ。


香織さんは端末を見て

「・・・石田君か。」

そう言って、辺りを見回す。

すると、入り口のドアが開き運転士の石田が姿を現した。


「石田君、あと10分だよ。」

香織さんが声をかけると

「は~い、わかってますよぉ。」

と石田はニコニコしながらロッカールームへと消えていった。


「まったく、いつもこんななんだから・・・。」

「時間にルーズっていうのかしら。」

「もうちょっと、余裕を持って欲しいわね。」

誰に語りかけるでもなく香織さんはブツブツ言ってる。


ここは運転士や車掌が所属する乗務区

この部屋はいわゆるワンフロアになっていて

当直のカウンターを中心に、出入り口側に乗務員の休憩スペース

奥には内勤や事務を担当するスタッフのデスクが並んでいる。

いくつかある扉の向こうはロッカールームになっていて

浴室やシャワールームなんかもある。

ここから階段を昇ると、泊まり勤務用の仮眠室がいくつも並んでいて

これが男女用それぞれに分かれているといった具合。

男性用のスペースには入ったことがないけれど

話によれば女性用の倍の広さがあるらしい。

この職場も最近は女性が増えてきたから手狭に感じてる。


内勤スペースの奥へ向かうと各ホームへの通路や

それを挟むようにミーティングスペースや訓練用の部屋がある。


乗務員の出勤時刻は担当する列車の時間によって毎日違っていて。

朝早い出勤や日中帯から夜にかけての勤務

そして泊まり勤務、これがこの乗務区では運転士が40パターン

車掌は35パターンに分かれているから、1日に出勤するのは75名

泊まり勤務には翌日の仕事があって、ここでは明け番と言ってる。

この泊まり勤務は運転士と車掌で35パターンあるので

明け番の乗務員もそれだけいることになる。

トータル110名ほどの乗務員がいて

休みの人を入れると250名くらいがここに所属してる。


さらに、ここより少し規模の小さな乗務区がもう一つあるから

始発から終電まで一日あたり200名ぐらいで担当している計算。


休みのパターンが一緒の人は仕事に行けば年中顔を合わせるけど

そうでない人とはすれ違いが多いので、

顔と名前が一致しない人も結構いたりする。


「由紀ちゃん、お待たせ~。」

そう言って現れた秀哉はトレーニングウエア姿だった。


「おめかしって、それ?」


「え?これじゃダメ?」

秀哉は自分の姿を見回す。


「ダメってことはないけど、ご馳走食べるんじゃないの?」


「何着てても、味は変わんないでしょ?」

こういうところが、秀哉の持ち味かもしれない。


「で、なにご馳走してくれるの?」

「まさか、〇屋のどんぶり系とか?」

以前、高級肉料理をご馳走するとか言って

結局牛丼だったことが頭をよぎった。


「そんなワケないよ。」

「さっき予約しといたからさ。」

「行ってからのお楽しみ~。」

軽い口ぶりで明かなドヤ顔


「予約って、それでそのカッコ?」

「ま、いいわ。楽しみにしとく。」

どうせ、大したとこじゃないだろうけどね。


「あ、25分の特急に乗るよ。」


「特急??一体どこまで行く気なの?」


「え?〇〇温泉」

秀哉の想定外発言がさらに想像を上回った。

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